2014年10月18日土曜日

「Nコン!」第14コーラス目「勝負!」

 新歓の日、待てど暮らせど、結局新入部員は10名には達しないまま、結局その日は解散となった。
 真湖と乃愛琉(のえる)は帰宅の途につくべく、生徒玄関から出た。翔は用事があると言って先に帰っていた。
「明日はもいっかいクラスのみんなに声かけてみよう」
 このままだと、暫定合唱部のままになってしまう。もしくは再度廃部ということにもなりかねない。
「そうね。でも、小林くんと美馬くんが入ってくれたのはラッキーだったね」
「そうだね。明日は小林くんと美馬くんにも手伝ってもらおう?」
「そうね……あと3人かぁ」
 最初が良かっただけに、あと3人というところで止まってしまったのがとても悔しかった。あのまま10名に達してくれていれば、と思わないでもない。
「あ、あれ?」
 乃愛琉がふと前を見て止まった。
「ん?」
 真湖が乃愛琉に目線を合わせると、どこかで見たことのある姿が。教師としては比較的若い、なんともうだつの上がらない風体の男性だった。ただ、作業着のような物を着ているので、教師ではないのだろうか。
「ああ、君たちは……あの時の」
 その男性は被っていた帽子を脱いで、二人に笑顔を向けた。なんともぎこちない笑顔ではあったが。
「あ、あの時の用務員さん!?」
 それは、入学式の翌日、上級生の3人から絡まれた時に助けてくれた用務員だった。
「あ、あの時は大変お世話になりました! 乃愛琉行こう……」
 真湖は深々とお辞儀をしてから、慌てて乃愛琉の手を引っ張って行こうとした。あの上級生の件は、あまり触れられたくはなかったからだ。
「あ、あの……」
 びっくりしたように、用務員の男性は二人に手を差し伸べたが、止めた。
「合唱部員だったんだね、君たち。あの、その……頑張ってね!」
 大声でそれだけ二人に言うと、そのまま二人が走り去るのを見守った。
「ちょ、どうしたの、真湖ちゃん?」
 校門を過ぎた辺りで乃愛琉が真湖を止めた。
「だって、あの時の3年生の話思い出されると困るもん」
「でも、なんか、言いたかったみたいだよ、あの公務員さん。それに、合唱部って……どうして知ってるんだろう?」
「あの時、合唱部の話したからじゃないかな?」
「でも、頑張ってって」
 そう言われると、不思議な感じもする。あの時の話では、あの3人から合唱部をつくるなと言われた話はしたように思うけれど、自分たちが合唱部員だという話ではなかったように思える。
「んー、そうだねー、なんか変な感じ」
 とは言っても、今更戻る訳にもいかず、二人はとぼとぼそのまま歩き始めた。

「よ。どした、元気ないな?」
 途中、阿修羅が追いついてきた。ユニフォームをドロドロにしたままだった。
「わぁ、あっしゅ、汚い! 大丈夫よ、元気よ。いきなり背後から声かけないで、びっくりするから」
 それでも、気にせずに阿修羅はそのままついてきた。
「あれ?翔のやつは?」
「エンリコくんなら、用事があるって、先に帰ったよ」
「ふーん。で、どうよ? 新入部員? 何人かは入ってきたか?
 やはりそこが気になるらしい。
「今日だけで7人入りました。ありがとうございます」
「お、すげーじゃん、じゃああと3人か。すぐ集まんじゃね?」
「あっしゅんとこはどう?」
「うち? うち、15人入ってきたわ。これでレギュラー争い激しくなるわー」
 なんとも楽しげに言った。合唱部の倍以上の入部員だった。部活動の花形だから当然と言えば、言えるのだが、やはり妬ける。
「せいぜい頑張ってくださいな」
「お、そんな言い方ないんじゃない? 秋に手伝ってやんねーぞ」
「え? 手伝ってはくれるの?」
「このまま10人集まんなくって暫定のまんまだったらさ、人数あわせで各クラスから割り当てくるかも知れないじゃん。そうなったら、手伝ってやるよ」
「いーえ、結構です、自力で集めますから、絶対10人以上にしてるやるんだから!」
 勢いでそうは言ったものの、ジト目で阿修羅を振り向き、
「10人集まっても、あっしゅには、Nコンには出てもらうからねー」
「なんだよ、その、都合のいい話は」
 と、阿修羅は苦笑いをした。
「まあ、いいや。じゃあ、校長との勝負に勝ったら、俺と勝負だな」
「なによ、勝負って?」
「まあ、まずは合唱部がだな、新入部員無事10人揃ったとしてな」
「揃うから!」
「まだ揃ってねーだろ、揃ってから言え」
 真湖もぐうの音も出なかった。
「調べたんだが、俺がNコンに出るには二つの条件がある。一つは俺がこの夏にレギュラーをとれること。それから、新人戦で地方大会で負けること。さすがに今年の夏までにレギュラーは無理だろうけど、夏大会が終われば、1年、2年にレギュラーが回ってくる。俺は、2年生を差し置いてでも、レギュラーになる。そして、新人戦では全道に行く。全道に行ったら、Nコンには出られない」
「へ?」
 意味の分かっていない真湖に構わず、阿修羅は続けた。
「逆に、真湖たちは、Nコンは最低全道に出ること。俺は、新人戦地方選に出るから、Nコンの地方大会は出られない。もちろん、レギュラーになればの話だけどな」
「ああ、なるほど」
 乃愛琉は意味が分かった様子。
「え、どゆ意味?」
「つまり、まずはあっしゅくんは、レギュラーをとることが勝負の最初。わたしたちは、全道に出ること。で、わたしたちが全道に出たとしても、あっしゅくんが全道に出たら、わたしたちと一緒には行けない。逆に、地方選で負けたら、一緒に全道に出るってこと。でしょ?」
 阿修羅は頷いた。
「ふーん。いいわよ、勝負してやる」
 しかし、乃愛琉は知っていた、この勝負、かなり阿修羅には分が悪い。第一に1年生で新人戦でレギュラーを取るのがどれだけ大変なことか。リトルリーグでは突出して活躍していた阿修羅だが、それでもかなり難しいだろう。しかも、西光中学の野球部は過去にも全道に出るほどの強豪ではなかったはず。二重に高いハードルなのだ。
 なんだかんだ言っても阿修羅は真湖のことが心配なんだろうなとは乃愛琉の心にしまっておくことにした。
「ほう。じゃ、負けんなよ。ってか、とりあえず、1年生10人揃えろよな」
「負けないもん!」
「じゃ、俺、あとダッシュして帰るから。じゃな」
 と言うが早いか、阿修羅は駆け足で真湖達から走り去った。途中の曲がり角でいつもと反対の方に走って行く。明らかにこのことを真湖に伝えるために後を追ってきたのだろう。練習を抜け出してきたのか、それとも一度家に帰ってからまた戻ってきたのか。どちらにしても、本当に阿修羅って可愛いと乃愛琉は思った。
「何あいつ、何しに来たのよ。そんなの明日クラスで言えばいいのに」
 そんなことは人前では言えないっていうのが真湖には分からないのだろう。真湖は一人でぶーたれていた。
「でもいいな、真湖とあっしゅくんて」
 ぼそりと乃愛琉が呟くと、
「え? なにが? なにが?」
 まるっきり乃愛琉の言っていることが理解不能な真湖だった。

 翌日の放課後、合唱部員は音楽室に集まっていた。
「んー」
 栗花落(つゆり)がうなり声を上げた。
「今日中? そんなこと言ってなかったじゃん」
 栗花落がこう漏らすのは、つい先ほどまで音楽室にいた校長のことだった。向かいの校長室からふらりと現れたかと思うと、
「どうだネ? 新入生の部員は集まったかネ? 今日中に部員の名前一覧に書いて教頭の所に提出していってネ?」
 とだけ言ったかと思うと、返事も待たずにまた校長室に戻ってしまったのだ。
「いやー、どうしろっていうんだ、マジ」
「もう10人揃ったって勝手に思ったのかもね」
 現も参ったという顔をした。
「誰か、入部する人見つけた?」
 ふと、現(うつつ)が部員に目を向けると、部員同士がお互いに顔を合わせるだけで、誰も手を挙げる者はいなかった。真湖達もクラスの全員に個別に聞いて回ったのだが、すでに部活を決めたという者と、絶対に部活はやらないという者しか残ってはいなかったのだ。
「すみません、いませんでした」
 誰も何も言えないところ、真湖だけがそう返した。そもそもの言い出しっぺとしての責任として。
「そうよね」
 現も色々当たってはくれたのだろう。真湖の言葉に頷くだけだった。
 音楽室に重い空気が漂った。
 その時。扉をノックする音がした。
「はい?」
 また校長が来たのかと、全員が扉に注目した。しかし、扉は開かないまま再度ノックの音が。
「誰?」
 扉に一番近かった栗花落が扉を開けた。そこには、1年生と思わしき女子生徒と、大人の女性が立っていた。
「あの、こちら、合唱部の部室でよろしかったですか?」
 女子生徒に付き添った女性がそう聞いた。
「あの、娘がどうしても合唱部に入りたいって申すものですから」
 母親は大変恐縮そうに何度も何度も頭を下げた。
 中学生にもなって、親同伴で入部希望? と、部員全員の疑問が重なった。
「あ、もしかして、特別……」
 現が途中まで言いかけて止めた。
「はい、娘は特別支援学級なんですが、昔から音楽だけが好きで。みなさんの昨日の校歌を聴いて、どうしても合唱部に入りたいって聞かなくて」
 当の女子生徒は、何も言わずに母親の懐に入って、いやいやの仕草をするだけだった。
 現は、少し戸惑ったような顔をしたが、考え直したかのように、
「もちろん歓迎しますよ。どうぞ、どうぞ。こんにちは。わたしは部長の現です。あなた、お名前は?」
 現にそう問われて、女子生徒は一旦母親の方に顔を埋めてから、少し振り返り、
「き……しょ……さ……くら」
 と答えた。
「きしょさくらさんっていうのかな?」
「吉祥寺櫻(きっちょうじ さくら)っていいます。さくらは旧字の櫻」
 母親が代わりに述べた。
「ちょ、瞳空(みく)」
 栗花落が現を引っ張った。
「おい、まさか、入部させるつもりじゃないだろうな」
 母親には聞こえないように囁き声で言った。
「仕方ないでしょ。1人は1人なんだから」
「だからって、名前ひとつまともに言えないようなの入れて、足出まといになるの見えてるじゃないか」
 二人がごそごそやっていると、
「あの、お邪魔でしたら、お気になさらないで。娘のわがままですから」
 母親が遠慮して、櫻を連れて音楽室を出ようとした時、
「櫻ちゃんっていうの? あたし、煌輝(きらめき)真湖。よろしくね。一緒に合唱しましょ?」
 いつの間にか櫻の前に真湖がいた。母親が引っ張って教室を出て行こうとした櫻が止まった。
「ま…こ…?」
「そう、真湖だよ。嬉しいな、櫻ちゃんみたいな可愛い子と一緒に歌えるなんて」
 真湖は心からそう思った。何故だか分からないが、自分にとって大切な友達に出会えた気がしたのだ。
「ま…こ…ちゃん?」
「そうだよ、真湖だよ。櫻ちゃん」
「おうた、うたっても……いいの?」
「もちろん。だって、合唱部は歌を歌うとこだもん」
「わたし、乃愛琉。合歓(ねむ)乃愛琉。真湖ちゃんの友達。そして、櫻ちゃんの友達だよ。よろしくね」
「の…える。うん。よろしくね!」
「ボク、エンリコ翔。翔って呼んで」
「お、俺、小林一馬。よろな」
「わたし、外園」
 次々と合唱部の皆が櫻に自己紹介を始めた。
「ちょ、ちょっと、みんな一気に紹介したって、覚えられないでしょ」
 現が慌てて、みんなを止めようとした。ところが。
「しょう」
「かずま」
「ほかぞの……せんぱ……」
 と、櫻は次々と紹介していった部員達の名前を復唱し始めた。
「すご」
 それを聞いていた神宮が驚きの声を上げた。
「まこ、あのね。校歌歌おう?」
 全員の名前を復唱したかと思うと、櫻はいきなりそんなことを真湖に言った。
「うん。いいよ。みんなで歌う?」
「まこと歌う」
 櫻は即答した。
「えー、あたしもまだ覚えたばっかりだしなー」
 と、真湖が躊躇っていると、いきなり櫻が歌い出した。
「!」
 それは、さきほどまでのたどたどしい口調で話をしていた本人と同一人物かと疑うほどの流暢な声だった。しかも、優しく、奏でるような発声が正確なメロディラインにのせて発せられていた。
 慌てて真湖もそれに続く。
 入学したての1年生ならば、この校歌を聴いたのは入学式と昨日の新入歓迎会だけの2回だけしかないはず。それを完璧なほどに複製する能力。櫻にはそんな特殊能力が備えついているのだろうか。だとしたら、それはその他の人間としての能力を削って生まれたものなのかも知れない。
 二人のコーラスが終わると、合唱部員全員が拍手した。もちろん真湖もだ。
「櫻ちゃん、すごい」
「ま、こちゃんも」
 二人は手を取り合った。
「ま、こ、ちゃん、お願い、あるの」
 櫻が歌い終わった途端にそう真湖に言った。
「なに? お願いって?」
「友達……も、がっしょうしたい……て」
「え?そうなの?もちろん、櫻ちゃんの友達なら、一緒に入ろうよ」
 櫻のその言葉に、母親が慌てて、
「あの、その子は……その、大丈夫かしら……親御さんもご存知ないみたいで、うちみたいには」
 おろおろした。自分の子は仕方ないにしても、他人の子供まではと思ったのだろう。
「お母さん、大丈夫ですよ。親御さんに説明が必要なら、わたしが説明に行きますから。本人がやりたいっていうなら、やらせてあげた方がいいと思うんです」
 と、説得にかかった。
「そ、そうですか? じゃ、じゃあ……」
 そう言うと、音楽室の扉をまたさらに開いた。すると、そこにまた別の女子生徒が黙って立っていた。
「まなちゃん、おいで」
 櫻の母がそう言うと、櫻の隣に立った。
「御前崎(おまえざき)さんって仰るんですけど。櫻とは小学生の時から一緒だったので、仲は良いんですけど。合唱は……どうか……?」
 自分の子でさえ、お邪魔ではないかと遠慮するくらいだから、友達とは言え、よその子までもとなるとさすがに自分からは言えなかったのだろう。
「大丈夫です。うちの合唱部は来る者拒まずですから」
『拒めずだろ』というツッコミを栗花落は心にしまった。
「いいんですか?」
「はい。こんにちは、御前崎さん、したのお名前は?」
 御前崎は、現の言葉に返事しなかった。じっと現の目を見るだけ。
「まなちゃん」
 代わりに櫻が答える。
「そっかー、まなちゃんか。よろしくね」
 隣で栗花落が頭を抱えていた。いくら部員が足りないからと言って、こういうのはないんじゃないか。そう大声で言いたかったが、それも、現の気持ちを考えると言えない。確かに背に腹は換えられない。にしてもだ。
「おまたせー!」
 とかなんとかやってるところに、元気な声で入り口から如月がやってきた。
「新入生入部希望者連れてきたよ!」
 音楽室内の空気を読むことなく、如月はまた別の新入生を連れて来た。
「お、他にも希望者いたの?」
 如月は、前に立つ櫻と御前崎を見て、そう言った。しかし、その子達がどんな子なのかまで当然知らないわけで。
「おー、じゃ、これで10人目だよー! ほら、入って、入って」
 そう言って、扉に隠れていた生徒を引きずり出した。それは、また女子生徒だった。
「!!!!!」
 それを見て、驚いたのは、真湖と乃愛琉だった。

「灯?」
「灯ちゃん?」

「Nコン!」第13コーラス目「新歓!」

 いよいよ新入生歓迎会の日がやってきた。午前中は授業をやり、午後からの授業の代わりに新入生歓迎会が行われる。そのため、部活動に関係ない2、3年生はすでに下校している。
 にも関わらず、真湖達が音楽室に向かう途中、校内にはかなりの数の2、3年生の姿が見うけられた。
「ずいぶん、2、3年生残ってますね」
 音楽室に入るなり、真湖がそう感想を述べた。
「うちの学校、結構部活動盛んな方だからね。その分、新入生獲得競争も熾烈なのよ」
 現<<うつつ>>がそう説明する。
「そうなんですか、知らなかった……」
 いざそう言われるとなんだか緊張してきた真湖だった。
「真湖ちゃん、大丈夫。あんなに練習したんだし」
 乃愛琉<<のえる>>がそんな真湖を励ました。確かに、先週から始まった練習では、現からかなりしごかれ、真湖も乃愛琉も精根尽き果てた感はあった。
「これだけ練習したんだから、絶対成果あるよね?」
 うんうん、と、乃愛琉が真湖を宥める。そこに、
「みなさん、準備はいいですかネ?」
 と、校長が音楽室に入ってきた。
「わ、校長!」
「校長だ」
「校長先生だ」
 音楽室がわっとざわめいた。
「今日は勝負の日だネ。みんな頑張ってネ。校長としては無理だけど、個人的に応援してるネ。そして、OBとしてもネ」
「校長先生、ありがとうございます。頑張ります」
 現はしっかりと頭を下げて校長にお礼をした。倣うようにして、部員が全員頭を下げた。
「じゃ、舞台の袖でしっかり見させてもらうからネ、みんなの成果をネ」
 校長は手をひらひらさせて、また音楽室の扉から出て行き、向かいの校長室に引っ込んだ。
「え、校長先生って、合唱部のOBだったんですか?」
 そのことは聞かされていなかったらしい、如月と外園が現に聞いた。
「うん、今の教頭と一緒に合唱部だったんだって。あ、ごめん、言ってなかったっけ」
「え、いえ。大丈夫です。じゃあ、それで校長先生、味方になってくれたんですね。それで校歌か。何か思い入れあるのかもですね」
「でも、他の先生方の手前、何もないのに創部ってわけにもいかなかったんで、今回こういう条件がついてきたんだけどね。思い入れがあったから、校歌指定だったんだと思うし」
「新入生10人獲得って言ったら、大変ですもんね」
「ん、まあね」
「味方って言っても、結構高いハードルつきつけられちゃいましたね」
 如月はさらりとそんなことを言い放った。
「で、でも、現先輩なら、できるかも……って、思ってくれたんじゃないかな」
 そんな如月の言葉を外園がフォローした。
「そう言ってくれると、少し気持ちは楽になるよ、ありがとう外園」
 現がそう言うと、外園は少し紅くなって、如月の後ろに隠れるようにした。
 そんなやりとりを見て、今更ながらに、大変な状況だということに気がついた真湖。さらに緊張が高まる。
「まあ、何にもしないで神頼みも良くないし、やれることはやってみよう」
 現は、両手で頬をぱんぱんと叩いた。
「そうだね」
 栗花落<<つゆり>>がそれに同意する。
「じゃ、行こうか」
「はい」
 揃って現に返事が返る。一週間に満たない即席合唱部としては、綺麗なハモりになっていた。

 各部が続々と体育館に入ってくる。1年生で部活をすでに決めている生徒は少ないと見える。ほとんどは先輩たちばかり。向かいに並ぶのは運動部だった。皆、ユニフォームや胴着を来ているので、大体どの部なのかは分かる。野球部に阿修羅の姿が見えたのは真湖にすれば、気持ち的には幸いだった。ふと、阿修羅の目線がこっちを向いた。真湖が小さく手を振ると、阿修羅も相づち程度に頷いた。
「野球部たくさんいるね。あれで2、3年生だけなんだ?」
 その気配に気がついたのか、乃愛琉がそっと真湖に言った。
「そうだね。あんなんでレギュラーとかとれるのかな」
 それでも、隣の一団はサッカー部なのだろう。若干ながらに部員数が勝っているようにも見える。
 そう言えば、教室を出る際に、阿修羅に声を掛けられたのだった。
『校長との勝負、負けんなよ』
 その時のお返しのつもりで、真湖は口パクで、
「あっしゅも負けんなよー」
 と、阿修羅に送ったが、向こうは何だか分からずに、怪訝そうな表情で真湖を見ているだけだった。
「1年生の入場です」
 教頭の合図で、体育館の扉が開いた。体育館に待ちかまえる上級生達は一同に拍手で迎えた。こちらサイドにいる真湖からすると、まるで獲物を狙う狩人の一団の中に自分がいるようで、何とも心地が悪かった。
 一斉に拍手で迎えられ、一年生達は不安げな顔で入場してくる。何が起こったのか分からずキョロキョロする者もいる。中にはまっすぐ前しか向いていない者も若干はいたが、ほとんどは、何事かと言わんばかりであった。
「あ、うちのクラス」
 乃愛琉が目ざとく真湖に教えた。英美<<はなぶさ>>先生を先頭に3組の生徒が入場してきた。見た顔ばかりだ。中には真湖と乃愛琉に気がついて、『なんで、あの子たちあっちにいるの?』とか仲間うちで話をしているのだろう、こちらを指さして話をしている生徒達もいる。灯<<あかり>>も真湖たちに気がついた様子だったが、あくまでもいつも通りの無表情を貫いていた。
「あー、なんか緊張してきた」
 見知った顔を見るとさらに緊張の度合いが高まる。さすがに乃愛琉も緊張を隠せない。
「あ、あれって?」
 真湖は最後に入場してきた一団に目を向けた。
「特別支援学級じゃない? 入学式の時もわたしたちの後ろにいたよ」
「あ、そうなんだ」
 中央小学校にも、支援学級はあったが、各学年ではなく、いくつかの学年がまとめてだったこともあって、行事にクラス単位で参加することは滅多になかったので、真湖も気がつかなかった。車いすの生徒が数名と、明らかに自分たちとは違う生徒がいたが、他はほとんど普通の生徒にしか見えなかった。
「全然気がつかなかったな」
「だって、真湖ちゃん、前しか見てないんだもの」
 乃愛琉が茶化した。
「ボクも緊張してきた。みんな、あそこに上るのかな?」
 翔がそう言って壇上を指さした。最初の部が壇上に上がっていた。最初は運動部の方かららしい。50音順なのだろうか、剣道部が最初だった。その後にサッカー部が控えているのが見える。それに、柔道部、水泳部と続く。
「当然そうでしょ。上にあがんないとみんなに見せられないし」
 と言いつつも、真湖も壇上にあがることを考えただけで緊張した。学校の壇上に上がるのは、卒業式を除けば、小学校の学習発表会以来だけれど、あの場合は観客がPTAだったので、生徒の前でというのは何か感じが違う。しかも、同級生を前にしてだから余計勝手が違うのかも知れない。卒業式に至ってはただ証書を受け取るだけだったので、緊張のしようもなかった。
 なにより、今回は合唱部創部がかかってる大一番なのだ、何がなくても緊張するのは仕方ない。真湖はそう自分に言い聞かせた。
 順々に運動部が紹介を終え、最後に野球部になった。壇上に上がる前に、阿修羅が一瞬だけこちらを見た気がした。2、3年生に混じって立つ阿修羅は上級生に負けず劣らず大きかった。卒業の頃にはクラスでも一番後ろだった。けれど、小学校入学当時は、真湖と同じ背丈だったのに。
 部長の山咲が挨拶した。マイクを使わず人一倍大きい声で挨拶する。体育館全体に広がる声量。確かにこれはすごいものがある。それに合わせて、時折、部員の「オッス」という声が響く。皆良い声をしている。
「この中の何人かでも合唱部入ってくれればいいのにね」
 真湖は、乃愛琉に言っているのか、それとも独り言なのかよく分からないくらいの小さい声で呟いた。山咲も手伝ってはくれると言っても、Nコン前だけだというし、野球部と兼部というのも大変な話ではある。
「阿修羅も入ってくれそうにないしなぁ」
「他に10人集めればいいんだから、ね、がんばろ」
「だね」
 野球部が終わると、文化部が続く。最初は演劇部だった。もちろん演劇部は舞台慣れしていて、颯爽と部員たちは舞台にあがった。事前に台本は決まっていて、練習も重ねたのだろう、それぞれの役割分担もきっちり決まっていて、一つの舞台を見ているかのようだった。真湖は馬鹿のように口をぽっかり開けてそれを眺めていた。
「はい、行くわよ」
 演劇部の紹介が終わる頃、生徒会らしき人達が現に何か声を掛けた。それに合わせるように、現が合唱部の皆を呼んだ。舞台上を邪魔しないようにゆっくりと舞台袖に向かう。真湖は途中一回だけ深呼吸した。
 やがて演劇部の紹介が終わり、演劇部が下手に降りると、いよいよ合唱部の出番だ。
 現は先頭に立って階段を上がる。一番上の段に上ると、一旦振り返って全員の顔を見渡す。それから、うん、と頷いてから舞台に出た。続いて2年生の女子、真湖たち3人、そして男子が順に出る。
 照明がまぶしかった。スポットライトではないので、光量はさほどではない。多分、自分の置かれた立場がそう感じさせたのだろう。その光にも慣れると、真湖の視界に体育館を埋める1年生の姿が浮かんできた。否が応でも緊張は高まる。
 その時、後ろからぐいっと変な感触が。
「!?」
「緊張してるなー?」
 その声は如月だった。如月が、真湖と乃愛琉のおしりをぎゅっとつまんだのだ。
「せ、先輩!」
 二人は揃って振り返る。
「緊張してたら、いい声でないよー。ほら、グランド走っていた時のこと思い出せー」
「わ、分かりました!」
 確かに、二人ともに体中緊張していたのだろう。緊張が一番声に良くないことは何度も現から言われていたのに。それでも、いざとなるとこうなるものなのか。
「二人とも、ちっちゃいおしりでかわいいのー。ほら、諒子ちゃんも」
 如月は隣の外園にも同じようにする。
「ちょっと、友夏ちゃん、わたしは大丈夫だってば」
 そんな二人を見て、真湖と乃愛琉はお互いを見合わせて笑った。ふと緊張の糸がほぐれた瞬間だった。
「次は合唱部……仮合唱部のみなさんです」
 教頭が言い直した。
 紹介された現は、マイクを持って紹介コメントを始めた。
「合唱部は、去年一旦廃部になりましたが、今年有志数名で再び創部を目指して活動を開始しました。まだ11名の小所帯ですが、これからみなさんと共に、楽しい合唱部にしていきたいと思ってます。よろしくお願いします。
 これから、この学校の校歌を歌います。みなさんもこの先イベントごとに歌うことになると思いますので、よくお聞きください」
 現がスタンドにマイクを置くと、スピーカーからもう何度も聞き慣れた伴奏が流れる。

「終わったー!」
 音楽室に戻った途端に栗花落が叫んだ。
「終わったんじゃないでしょ? 始まったの。勝負はこれからだもん」
 新入生歓迎会は無事に終わった。即席合唱部の割には校歌も上手く歌えた。しかし、どんなに上手く歌えても新入生が入ってこないことには何の意味もない。
 最前列の神宮の姿もしっかり新入生(特に女子)には焼き付いたことだろう。これに騙される女子生徒がどれくらいいるだろうか。
「でも、結構こっち見てる人いましたよ。全く興味ないって人も結構いたけど」
 射原悠斗<<いはら ゆうと>>がフォロー気味に言った。双子の悠耶<<ゆうや>>もそれに頷く。
「結果はもう間もなく見えてくると思うけど」
 歓迎会の後は、部活の下見となっていて、興味のある部に新入生が回ることになっている。この後新入生がこの音楽室の扉を叩くことがなければ、敗北が確定することになる。また、数名が来たところで、校長の条件である、新入生10人を越えなければ、同じことだ。
「あ、そう言えば、校長先生の言っていた新入生10人って、あたしたちのこと入るんですかね?」
 真湖が手をぽむと叩いて現に聞いた。入れば、あと7人になる。
「バカね、入らないに決まってるでしょ。世の中そんなに甘くはないわよ」
 現はけんもほろろにそう言った。
「そっかー。じゃあ、乃愛琉とエンリコくんを後にしておけばよかったー」
 後悔先に立たずと、真湖は凹んだ。
「合歓さんと、エンリコくんがいなかったら、わたしが断ってたわよ」
 さらに現が追い打ちをかける。
「ぶちょー」
 真湖がぶーっと顔をふくらませた。
「大丈夫、安心して、絶対10人は来るから。……うん、きっとね」
 現は自分に言い聞かせるかのようにそう言った。
「あたし、客寄せしてきま……」
 いてもたってもいられない真湖は、そう言って、立ち上がろうとした。
 その時扉をノックする音がした。
「あのー。いいですかー?」
 1年生らしき女子が2、3人、扉の間から顔を出した。
「もちろん! 入って、入って」
 最初に飛び出したのは如月だった。3人の1年生を掠うかのように音楽室内に引き寄せた。それに続いて、他の部員達も扉に寄る。皆、顔はにこやかだが、内心穏やかではなかった。
「入部希望?」
 現が優しく迎える。いきなり女子3人とは幸先が良い。神宮作戦当たったか。
「はい。わたしたち、3人共、北小出身なんですけど、昔から歌うの好きで。合唱部があったら入りたいねって言ってて。でも、合唱部廃部になったの聞いてて、残念だなって。でも、あの全校放送聞いて、部活できたら、一緒に入ろうねって言ってたんです」
「は? 全校放送って、あたしの?」
 真湖が慌てて自分を指さした。
「あ、あれ、あなただったの? 煌輝さんだっけ?」
「そうそう、あれ、あたし」
「そっかー。まさか今日1年生が歌ってるなんて思ってなくって。そんなんだったら、もっと前に声かけておくんだったなー」
「いやいや、今でも全然遅くないから。ようこそ、合唱部へ!」
「うん、よろしくね。わたし、1組の小島洋子って言います」
「同じく1組の佐々木緑です」
「2組の伊藤玲です」
「わたしは部長の現です、ようこそ新生合唱部へ」
 現は部長らしく挨拶した。
「すんませーん。1年2組の中島次郎って言います。入部いいですか?」
「同じく2組の田中猛でーす。よろしくお願いしますー」
 続々と入ってくる1年生。迎える部員達は乱舞した。あっという間に5人。目標の半分があっさりと埋まったのだ。
「煌輝さんいる?」
 続いて顔を出したのは、真湖と乃愛琉が見知った顔だった。
「はい?」
「あー、俺、俺。入部いい?」
「えっとー」
 同じクラスの男子だった。名前は確か……
「小林くんだったよね? 入って入って」
 乃愛琉が賢く小林を呼んだ。
「美馬も一緒なんだ。ほら、一緒に入れよ」
「美馬くんも一緒に入ってくれるの? 嬉しい、ありがとう」
 小林は小林一馬と言った。初日の校内放送事件以来、真湖の取り巻きしていた男子生徒の一人だった。美馬は美馬義人といい、小林といつもクラスでもつるむことが多かった。
「小林くんたちが合唱部に興味あるとはねー」
 あの日クラスのみんなに声をかけた時には特に反応しなかった二人だった。今思えば、『応援だけはしてやる』は小林の言だったように思う。
「煌輝さん、今日格好よかったぜ。俺も舞台に立ってみたいなって思ったよ」
「ホント? ありがとう。一緒に頑張ろうね」
 真湖は大きな笑顔で応えた。
「合歓さんも、良かったよ」
 美馬は若干うつむきがちにそう言った。
「そう? ありがとう。これからよろしくね」
 音楽室は、久しぶりに活気を取り戻したかのようだった。それからもしばらく部員達はわいわいと盛り上がり、自己紹介やら、今日の校歌の感想やらを言い合ったりした。

 しかし、新入生の合唱部員が目標の10名にあと3人となったところで、ぱたりと音楽室の扉を叩く者がいなくなった。

2014年10月15日水曜日

「Nコン!」第12コーラス目「校歌!」

 石見沢市立西光中学の校歌は、今は亡き著名作曲家によるものだった。
 地元出身のその作曲家は、この周辺地方が炭坑町として活況を呈し始めた頃に活躍した。とある炭坑主がパトロンとしてこの地元出身の若き才能を目覚めさせたのだ。この学校が開校した昭和22年は、戦後まもなくのことで、徴兵から戻ったばかりの彼に白羽の矢が当たったのである。
 自身、北海道開拓使として入植してきた父を見てきた彼は、その精神を歌詞に込めた。また、戦地に赴いたときの望郷の思いを反映させようとしたのだという。そして、それは、日本の復興、まもなく始まる高度経済成長期に向けたメッセージでもあったのだろう。

 練習の休憩中にふと、現<<うつつ>>が自分が入部した時に先輩から教わった、校歌にまつわる話を真湖たちに簡単に説明した。横では2年生達も興味深そうに聞いていた。去年は正式な部活動ではなかったため、そんな話を先輩から聞く機会はなかったのだろう。
「昭和22年って、何年前?」
「さぁ? 確か、校門のとこに開校67周年って書いてなかった?」
 真湖の疑問に乃愛琉<<のえる>>がすぐに答える。彼らににとっては、昭和という響きは歴史の教科書の一部でしかない。
「そうね、確か67周年って書いてあったわね」
 現が同意する。
「うちはおじいちゃんおばあちゃんからずっとここだったって」
「そっか、乃愛琉んとこって、ずっと石見沢なんだもんね」
「あれ?真湖ちゃんとこもずっと石見沢じゃなかったっけ?」
「あたしはもちろん石見沢生まれだけど、おとうさんもおかあさんも、元々栗川町だったらしいよ。あんまよく分かんないけど、おじいちゃん達の代にこっちに来たって。だから、うちのお父さんもお母さんもこの学校の出身じゃないんだ」
 札幌から転校してきた翔はもちろんのこと、祖父の代でこの町にやってきた真湖には、石見尺の歴史はあまり馴染みのないものだった。父が成人してから石見沢に来たと言っていたような気がするが、あまり詳しくは聞いたことがない。今度機会があったら聞いてみようと思った。
「あとは、あっしゅと灯んとこもそうだよね」
 阿修羅も灯も代々続く農家の子だった。ただ、阿修羅の父が何年か前に亡くなっているため、今は廃業してしまったのだが。
「うちもずっと石見沢だよ」
 双子の射原兄弟が続けた。射原商店は石見沢駅前の老舗商店だというのは、誰もが知っている。今ではセイコーマートの冠がついているが、未だに射原商店と呼ぶ市民も多い。
 如月と外園も同じく頷いて自分たちもずっと地元民だと言った。
「札幌だと、開校100周年って学校も結構あったよ」
「そりゃ、札幌とは歴史の長さが違うからね」
「そんなに違う?」
「だって、札幌って、函館に次いで歴史が長いんでしょ? 小学校修学旅行の時に100年記念塔見に行ったわよ。あれだって、うちのお父さんが生まれた歳にできたんだってよ。そしたら、都合140年位になるじゃない?」
 現がそう言うと。
「いや、100年記念塔は、北海道開拓の100年記念であって、札幌のってわけじゃないよ。それに、石見沢だって、結構歴史あるよ」
 と、遠慮がちに栗花落<<つゆり>>が口を挟んだ。
「うち、元々兵庫らしいんだけど、石見沢に入植したの明治12年頃だっていうから、西暦にして1879年。札幌とはそんなに違わない。今はないけど、二笠までいく幌内鉄道ができたのも1882年だって」
「蒼斗、詳しいのね」
「うん、うち、栗花落家の直系なんで、兵庫県から来た時の家系図とかみんな残ってるんだ。うちのひいじいちゃんがそういうの調べるの好きでさ、何度も兵庫に通ってたらしい。なんでも、元々武家の出だったんだってさ」
「へぇ、意外」
 現がいつもより一オクターブ高い声で感嘆した。何が意外なのかはよく分からないけれど。栗花落が詳しいことがなのか、武家の出身の直系であることがなのか。
「まあ、本州に比べればほんの一瞬だけどね、石見沢の歴史って言っても」
 栗花落はなんとなくニヒルな言い方で締め括った。
 けれど、そういう話を聞くと、その話を聞いていた部員にとっては、校歌に籠められた、フロンティア精神の片鱗みたいなものを感じることができたように思える。短いとは言え、100年以上の歴史は中学生には重い。
「じゃあ、練習再開しましょうか」
 現の一声で練習が再開された。

 乃愛琉にとっての『意外』は神宮だった。見た目はキザだし、なんとも空気を読まないキャラクターはあまり好きにはなれなかったが、確かに現の言う通り歌だけは上手かった。明らかに他の部員より声量はある上、体全体から響かせたかのような深い音色を出す。しかも、音程もしっかりとしていて安定感がある。これを意外と言わず何と言うのか。現が我慢してでも呼んできたという意味がようやく分かった。
 けれど、現も彼のことは好きではないらしい。カレシである栗花落の目の前でコナをかけるような無神経なところや、誰彼構わず女の子と見れば声を掛けるようなタイプは乃愛琉にとっては最も苦手とする男子像だった。
 しかし、一度彼が歌い始めると、なんとも不思議な感覚に陥る。なんだろう、この感じは。乃愛琉はできるだけ歌に集中することにして、あまりそのことを考えないようにしようと努めた。
「あの神宮先輩って、ホント歌うまいね。意外」
 単純な真湖はただ、そうやって驚いた。

 西光中学の校歌は混声二部と混声三部のアレンジがある。普段合唱部では、混声三部に分けるのだが、人数割をすると、翔がソプラノ域にいれたとしても、女子がそれぞれのパートに4人となり、声量のことを考えると、今回の新歓では校内全体合唱用の混声二部にすることにした。何より、昨日までの練習で、1年生3人共に、女子パートしか教えていないこともある。今から真湖をアルトにシフトすることも考えたが、せっかく女子パートで教えたので、途中で混乱することも考えられるので、現はそれを避けた。
「混声二部なんだ? ちょっと物足りないね」
 事情を知らない神宮が余計な口を挟んだが、気にしないことにした。
「まあまあ、上出来じゃない? 初日にしては」
 栗花落も神宮のことは無視して、そう現に耳打ちした。
「まあ、元々去年一緒にやった仲間だしね」
 それになんだかんだ言っても、1年生の3人には数日かけてみっちりやった成果は出てはいた。
「だけど、二部だからであって、三部に分けたらどうだろ」
 現は満足はしていなかった。今回の目的はただ歌うのではなく、新歓において、新入生を勧誘するのが目的なのだ。現はしばらく考えて、意を決したように、
「神宮くん。あのさ、一番前出て歌ってくれないかな?」
「え? ボク? いっつも一番後ろじゃない?」
 現が指名すると、神宮は不思議な顔をした。男子の中で一番の長身であり、一番張りのある声が出るので、セオリーで言うと、一番後ろが適している。しかし……
「あのさー、神宮くんのが一番前の方が、その……目立つじゃない……で、その方が新入生も、入部しようかなぁ……とか思うかなぁ……とか思って……さ」
 現は何だかイヤイヤ、そんな言い方をしたが、それに神宮の目が瞬いた。
「そっか、ボクみたいなスターが前に出た方が勧誘になりやすいってことだね。了解、じゃあ、前で歌うよ」
 こういう時だけ理解の早い神宮だった。現のため息に栗花落が肩を叩いた。
 颯爽と前に出る神宮に、あ、この人そういう自意識はあるんだ、と乃愛琉は変な感想をもった。そんな神宮をよく知っているのであろう、如月もくすりと笑った。

 夕方までかけて練習は続いた。真湖も乃愛琉も、初めての長丁場でクタクタになっていた。途中何度も休憩を挟んだのは慣れていないこの二人がグロッキーになることを避けてのことだったら、さすがに夕方になると二人共に死に体だった。
「じゃあ、今日はおしまい! みんなお疲れ様」
「お疲れ様でしたー!」
 とは言え、他の先輩方も久しぶりの練習ということもあり、かなりバテ気味であることは確かだった。
 ただ一人、神宮だけがケロりとしているのが不思議だった。
「明日って、みんな予定どうなってるかな?」
 現が明日もやる気満々という表情で問いかける。真湖はドキリとした。
「明日は、店の手伝いで。駅前商店街のキャンペーンに参加してるんですよー」
「すみませーん、明日は塾入れちゃっててー」
「明日は親戚遊びに来ることに」
 2年生、3年生は全滅だった。現が1年生3人に目を向けると、
「引越の後片付けがまだ残ってて」
 翔も、申し訳なさそうに断った。
「じゃあ、仕方ないわね。月曜日の放課後ね」
 真湖はちょっとほっとした。現がこんなに練習の虫だとは思ってなかった。
「でも、1年生は自主的に練習しておいてよ。最低50回は自分のパート歌っておいてよ」
 しかし、現もその辺は抜かりはなかった。
「はーい」
 真湖と乃愛琉は渋々返事する。

 下校途中、真湖、乃愛琉、翔が帰宅の途についている時、後ろから如月が真湖と乃愛琉の後ろから抱きついてきた。
「おっつかれー。みんな、そっち方面?」
「き、如月先輩。びっくりした」
「そうです。わたしたち、中央小なんで」
「へー、そうなんだ。じゃあ、一緒に帰ろう?」
「あれ?如月先輩も中央小でしたっけ?」
 同じ学校だった記憶はない。
「わたしは西小よ。ずっと栗花落先輩の後輩ー。これから塾でさー。こっちに塾あんの」
「これから、塾って、タフだなー」
 翔が感心した。さすがの翔でもかなり疲れていた。
「こっちって、駅前のあの大きい建物のですか?」
 真湖にはその塾の心当たりがあった。
「そそ、栄信塾ってやつね」
「あ、そこ、あたしの友達も行ってます。紺上灯<<こんじょう あかり>>って言います」
「こんじょう…こんじょう。おお、今年の一年トップだねぇ。噂は聞いてるよ」
「灯、塾でも一番なんだ、すごいな」
「ちなみに、2年でトップ、このわたしー」
「え。すごいですね!」
「えへへー。まあ、大したことないけどねー。ねーねー、ところでさー、わたしたちって気が合いそうだね。最初会った時から、そんな感じしたんだよね」
「そうですか! あたしもそんな気がしてました!」
「これからもよろしくね!」
「こちらこそ!」
 真湖と如月はキャイキャイ言って、盛り上がった。確かに横から見てても同類のにおいはする。とは言え、学年トップの如月と、低空飛行の真湖では天地ほどの違いはあるが、と乃愛琉は心の中でつっこんだ。
「先輩方もみんないい人で、合唱部うまくいきそうで、嬉しいです!」
「そうねー」
 如月は一瞬空を見上げた。
「そう言えば、あの神宮って、先輩、歌上手いですね」
 そこに、乃愛琉は感心したように言った。
「ああ、神宮……先輩ね。上手だねー。なんか、両親も音楽関係の仕事してるとかで、うちの学校でも有名人だよ。……まあ、いろんな意味で」
 如月は奥歯に物が挟まるような言い方でまた目を逸らした。
「誤解されやすいタイプだから、神宮先輩って」
 真湖も乃愛琉も、なんと返答したらいいのかと躊躇っている間に、
「あ、でも、先輩、誰にでも甘いこと言うから、気をつけた方がいいよ。ホント。なんて言うか、軽いっていうのかな」
 乃愛琉は明らかに見た目通りなんですがとは言えず、
「如月先輩、お詳しいんですね」
 と言うのが関の山。
「あー、わたし、つきあってたことあるんだ、去年。Nコン終わったあと、ほんのちょっとだけだけど」
 意外な告白。今日は意外続きだなと真湖は驚いた。
「あー、今は違うけどね。今はつきあってる人いないんじゃないかなー。あはは」
 如月は両手をブンブン振った。1年生3人の空気を読んで、なんとか誤魔化そうという雰囲気が見え見えだった。
「あ、先輩と言えば、全然違う話ですけど、如月先輩って、『芳田先輩』って知ってます? 『芳田瑞穂先輩』」
「よしだ?」
 乃愛琉の渡した船に乗った如月はあごに人差し指を当てて考えこんだ。
「合唱部だった人?」
「はい、そうです。でも、如月先輩が入学する前に卒業しちゃったみたいなんですけど」
「OGもよく遊びに来てたから、何人かは知ってるけど、よしだ先輩っていう人は知らないなぁ」
「そうですか。すみません」
「ううん。あ、あたしこっちだから、じゃ、また来週ね」
 交差点にさしかかる前に、如月はダッッシュして、信号ギリギリに横断歩道に駆けて行った。
「なんか、賑やかな人だね」
 翔が感想を漏らした。

「乃愛琉、どうして芳田先輩のことを?」
 翔と分かれてから、真湖が聞いた。
「ん、ちょっとね。もしかしたら、知ってるかなって」
「でも、合唱部のアルバム見たら、載ってなかったのって、如月先輩もまだ入学する前だったじゃない?」
「うん、分かってる。知ってるとしたら、現先輩しかいないって。でも、現先輩に直接聞くのって、ちゃんと調べてからの方がいいかなって」
 それに、あのタイミングで聞けば、あの質問内容について如月先輩もいつまでもは覚えていないと思ったからだった。
「まあ、そうか。そうね」
「でも、如月先輩も知らないってことは、違ったのかもよ? 本当に、芳田先輩だったのかな?」
「うん、確かに、そう聞いたもの」
 真湖があの時確かにリーダーから感じ取ったのは、その名前だった。
「まあ、あのことはいいんじゃない? あれから、あの先輩たちも現れないし」
「うん、まあ、そうなんだけど。怖い目にあったのは、真湖ちゃんだし」
「あたしは大丈夫だよ。また今度きたら、キン○マ蹴ってやるんだから!」
「真湖ちゃん、ちょっと!」
 乃愛琉は慌てて、周りを見た。が、ちょうど誰も往来にはいなかったので、安心して苦笑いした。
 二人はいつもの曲がり角でバイバイして別れた。

 新歓まであと4日。

「Nコン!」第11コーラス目「部員!」

 入学式から怒濤の5日間が過ぎ、初めての土曜日。真湖は布団の中で深いまどろみの中にいた。
「まーこちゃーん!」
 夢か現か曖昧な境界線の中で、真湖の名前を呼ぶ声がしたような気がした。何とか返事をしようとするのだけれど、眠気には勝てなかった。元々朝の弱い真湖。昨日の夜にしっかりと土曜日は昼まで寝るんだ! と心に決め、目覚ましのベルもスイッチを切り、準備万端だった。閉じた瞼から窓の外の光を何となくは感じているような気はした。多分朝なのだろう。でも、まだ昼ではないなと勝手に予想。そう、今日は昼まで寝ると決めたのだから、初心貫徹、寝ると決めたら寝るのだ!
「まーこちゃーん!」
 ああ、この呼び方は、きっと、乃愛琉<<のえる>>だな。とは心の中で思いながらも、惰眠を貪る欲求には勝てなかった。だって、あの現<<うつつ>>先輩のシゴキを耐え、5日間を乗り越えたんだから。まだ腹筋がジジンする。きっと筋肉痛よね。足も何だかダルい気もするし。だから、今日は静養するんだから。そう、これは明日のため、Nコン出場のためなんだから。などなど、とにかく寝ていることを正当化する理由をあれこれ描いた。
 と、ドアのノックする音がして、乃愛琉の甘い声に変わって、母の厳しい声が響いた。
「まこー! 乃愛琉ちゃん、さっきから呼んでるでしょ! 早く起きなさい!」
「んー。もうちょっと寝かせてって、乃愛琉に言ってー」
 布団にくるまったまま真湖は答えた。乃愛琉も乃愛琉よね、何も土曜日のこんな早い時間に呼びに来なくてもいいのに。と、今度は乃愛琉に逆恨みだった。
「学校行くんでしょ? 乃愛琉ちゃん、制服着て来てわよ」
「え?」
 真湖は、血の気の引く音を聞いた。
「あ、あれ?中学って、土曜日、学校あるんだっけ?」
 がばっと、布団から起き上がって、ドアの向こうの母に聞いた。
「知らないわよ。あんた、学校で時間割もらってきてないの?」
 慌てて、真湖はベッドの上から勉強机に覆い被さるように飛びついた。学校に持って行っている鞄が載っていた。鞄からわさわさと学校のプリント取り出す。
「時間割、時間割」
 バサバサとプリントを投げながら、時間割を探す。あった。月曜日から……金曜日までの時間割しかない。次は、来週の月曜日の予定だ。月曜日は、朝からレクリエーションで……。
「あれ?」
 何度読んでも、今日は授業はない。別のプリントを見ても、土曜日日曜日は休みとはっきり書いてある。
「おかーさーん、今日って土曜日だよねー?」
「土曜日よ。とにかく、乃愛琉ちゃん、玄関先に待たせるのも悪いから、あがってもらうわよ」
「あー、うん。あ、うん」
 低血圧の頭に一気に血が上ったせいで、ぐわんぐわんしている脳髄のまま返事する。そのまま、しばらくぼーっとする真湖。
「おじゃましまーす」
 と、玄関先で乃愛琉の声がする。階段を上る音がなんとなくして、とんとんと、優しいノック。さっきの母のとは全然違う。
「まこちゃん、起きた?」
 なんとなく、控えめな乃愛琉の声。
「あー、うん。起きた。入っていいよ」
 明らかに寝起きの声で真湖が返答すると、乃愛琉がドアを開けて部屋に入ってきた。確かに制服を着ている。対して、ベッドから机に半分寄っかかったままの真湖はパジャマのまま。頭は寝癖で大変なことになっている。
「あれー?乃愛琉、なんで制服着てんの?」
「え?だって、学校行くなら、一応、制服着た方がいいんじゃない? 一応、ジャージは持ってるけど。ジャージのままの方が良かったかな?」
 ジャージの入っていると思われる大きめのポーチを指さしながら乃愛琉は遠慮がちに言った。
「え、だって、今日、学校休みだよね?」
 真湖は、手に取った時間割を乃愛琉に差し出した。
「え、うん、学校は休みだよ」
「じゃ、なんで、制服着てんの? なんで学校行くの?」
 惰眠を邪魔された恨み節も込みで。
「え? だって、合唱部の練習でしょ?」
「え?」
 真湖の目がまん丸に見開いた。


「すみませーん!遅くなりました!」
 真湖と乃愛琉が音楽室に飛び込んで来た時、そこには、現だけではなく、5、6人の姿があった。もちろん、エンリコ翔も先に来てにいた。
「おーそーい!」
 現の喝が入る。
「ご、ごめんなさい。あの、ちょっといろいろありまして…」
 いろいろというのは、つまり、真湖がすっかり今日の練習を忘れていたという話なのだが。確かに、別れ際には、翌日の練習の話はなかった。けれど、練習途中に、真湖が翔平のウケウリで「合唱部は毎日練習」みたいなことを言ったので、現が買った喧嘩のように、土曜日の練習を決めたのだ。それを、真湖に何度も念押ししたつもりでいたのが、真湖の頭の中には残ってはいなかった。
 乃愛琉が苦笑いでそんな真湖に連れ添った。
「あ、あれ? みんな…さん、どうしたんですか?」
 揃った顔に、真湖が改めて聞く。中には、見た顔が揃っている。
「そろそろ全体練習も始めなきゃだしね。昨日夜になってから招集かけたから、全員は揃ってないけど、まあ、主力選手は揃ったってことかしらね」
 そう言われて、改めて、揃った面子に目を向けると、現のカレシである、栗花落蒼斗<<つゆり ひろと>>、入学式の翌日に真湖が声を掛けに行った、2年生の如月友夏<<きさらぎ ともか>>、射原 悠斗・悠耶<<いはら ゆうと・ゆうや>>の双子の姿を確認した。如月の横に立つメガネの女子生徒は、外園諒子<<ほかぞの りょうこ>>なのだろう。如月と外園は仲がいいと、現からのイメージが思い出される。あと、翔と栗花落の他に男子生徒が一人。真湖は見たことはないような気がした。
「あなたたちの練習もとりあえずは及第点ってところだし、せっかく土曜日に練習するなら、全体練習にいい機会かなと思ってさ」
 実のところ、現は1年生4人の練習結果には満足はしてはいなかった。けれど、残り時間も僅かであるところから、真湖の「毎日練習」に触発されて、急遽昨日の夜招集をかけたという顛末だった。1年生の練習結果が彼女たちのせいなのか、それより自分の指導のせいなのかが自分でも分からないのがなんともモヤモヤしているということを栗花落に相談したところ、
「じゃあ、みんな巻き込んじゃえばいいじゃん」
 という、彼の言葉が最後の背中押しになったことも確かだった。
「うわぁ、なんか、部活って感じになってきましたね!」
 そんな気持ちも露知らず、真湖は一人はしゃいでいた。
「だね。頑張ろうね!」
 そんな真湖を温かく見守ろうとする翔。
「あんたねぇ……」
 呆れかける現に、
「まあまあ」
 と、宥める栗花落。
「じゃあ、まあ、練習始める前に、自己紹介といきますか。わたしと蒼斗はどっちも知ってるから、2年生からいきましょうか」
 そんなやりとりもここ数日で慣れっこになってしまった現はすぐに切り替えて、みんなに声をかけた。
「じゃあ、わたしから」
 と最初に立候補したのは、あの元気な感じの2年生。乃愛琉が、真湖に似てる感触を持った人だった。
「わたしは、如月友夏<<きさらぎ ともか>>。パートはアルト。好きな合唱曲は『fight』。歌うの大好き。去年は真っ先に立候補して、Nコン出場しました。今年もそのつもりだったんだけど、真湖ちゃんからお誘いいただいたんで、是非合唱部ができればいいなと思いました。まる」
 如月は最後にVサインを決めた。元々目立ちたがり屋なのだろか、ジェスチャーとかも交えて大仰に自己紹介を終えた姿を見て、乃愛琉は自分の初見を改めた。真湖とはまた違う快活さ。ある意味空回りしやすそうに思えた。
「じゃあ、次、諒子ちゃんね」
 そう言って、如月は隣の眼鏡の女子の背中を押した。
「あ、あの、外園諒子<<ほかぞの りょうこ>>です。よろしくお願いします。……あ、あの、パートはアルトです」
「諒子ちゃんは、わたしと小学校からずっと一緒なのよね。よろしくね」
 と、手短に済ませた外園に如月が補足した。快活な如月と内気な外園の組み合わせは、真湖と乃愛琉の関係を彷彿とさせていたが、一方的に走り回る真湖に比べて、外園をグイグイ引っ張っていこうとする如月は若干強引さも感じられた。
「じゃあ、次、俺たち?」
 双子が口を揃えて言った。セコマの二人だった。
「いつもお世話になっております、石見沢駅前、セイコーマート、射原商店でおなじみ、射原悠斗<<いはら ゆうと>>と」
「悠耶<<ゆうや>>です。パートは共にアルト。好きな合唱曲はってと…」
「『エール』かな」
「俺は『虹』かな」
 ばっちりのタイミングで自己紹介する二人。それでも、好きな合唱曲が異なるところあたり、それぞれの個性も垣間見える。
「あと、2年生の男子、もう一人いるんだけど、今日は家の手伝いで来られないって。保家寿<<ほや さとし>>くんね。パートはテナー」
 現が不在者の紹介をする。保家と言えば、勧誘に行った際に、実家の農業を手伝う時は参加できないと言っていたなと乃愛琉は思い出した。
「あとは、っと、3年生。わたしと蒼斗の他にもう一人。どうぞ」
 現が、真湖と乃愛琉が見たことのない男子生徒に手を出して、自己紹介を促した。
「神宮知毅<<じんぐう ともき>>。パートはバス。合唱は去年も助っ人として参加したんだけど、今年も手伝ってやらないわけでもない。現くんの頼みとあれば、もちろんね」
 そう言って、神宮は現にウインクを送った。それに栗花落があからさまに舌打ちした。現は見ないふりをしているのかそれとも気がつかないのか、
「じゃ、3年生は以上ね」
 と、上級生の自己紹介を締めた。
「ね、あの神宮って先輩、なんかキザだね……」
 珍しく、乃愛琉が真湖に耳打ちした。
「キザって……?」
 キザの意味がよく分からない真湖だったが、真湖の中でのイメージとしては、どちらかというと、道化っぽいイメージだったので、キザとはそういう意味なのかと思った。
「じゃあ、1年生ね。言い出しっぺの煌輝さんからいく?」
「はーい!」
 寝癖がまだ若干残ったポニーテールを揺らしながら、真湖が手を挙げた。
「煌輝真湖<<きらめき まこ>>です、よろしくお願いします。パートはよくわかんないですけど、多分ソプラノかな。歌を歌うのは大好きです。好きな合唱曲は『大地讃頌』です。Nコン優勝目指して頑張りたいと思います!よろしくお願いします!」
 Nコン優勝のところで、若干苦笑のようなものが聞こえた気もしたが、真湖は気にしなかった。
 間を置かずに乃愛琉も続ける。
「わたしは合歓<<ねむ>>乃愛琉です。真湖ちゃんとは小学生からずっと一緒の幼なじみです。小さい頃からピアノをやってることもあって、音楽は大好きです。パートはアルトらしいです。好きな合唱曲は『世界がひとつになるまで』です」
「忍たま」
 と、茶化すような、吹き出す男子の声が聞こえた。
「よろしくお願いします」
 乃愛琉は一瞬戸惑ったが、間を置いて挨拶を終えた。
「じゃ、次、ボクね」
 間髪入れずに翔が口をだす。
「塩利己 翔<<えんりこ しょう>>です。よろしく。パートは、ボーイソプラノって言うんだそうです」
 おお、という小さいどよめきのようなものが起こった。
「まだ声変わりしてないんです。声変わりしたら、多分テナーかな。んで、好きな合唱曲は『流浪の民』です」
「渋」
 また、茶化し声がする。
「神宮くん、しっ」
 現が制止する。さっきからのは全て神宮の声らしいことは分かった。
「札幌から転校してきたので、石見沢のことはよく分かりませんが、よろしくお願いします」
 翔は気にする様子もなく、自己紹介を終えた。
「んじゃ、まあ、まずはこの10人と、と、あと保谷くん入れて11人で合唱部始動ってことで、みんなよろしくね」
「よろしくお願いします」
 合唱よろしく、皆の声が揃った。

「ねーねー。エンリコくんって、ハーフなの?」
 練習開始前、休憩時間に如月が翔に声を掛けてきた。
「そうですよ」
 翔はいつも通りに微笑みながらそれに答える。
「へー。何人なの?お父さん? お母さん?」
「パパーがイタリア人。ママーは日本人ですよ」
「へー。イタリア人なんだー。それで、エンリコっていうの? すごい、インターナショナルって感じねー」
 と、翔と如月が盛り上がっている時、神宮が乃愛琉のところにやって来た。ちょうどその時、乃愛琉は真湖の寝癖を直すために、真湖を座らせて、髪を梳いてポニーテールをし直しているところだった。
「合歓さんって言うんだ?」
「はい? そうですけど」
 乃愛琉は微笑みで返した後、すぐに真湖に向かった。できるだけ先輩に対して失礼にならない程度の応対だった。第一印象が最悪だったのと、さっきの茶化しが乃愛琉にそうさせた。
「合歓さんって、かわいいね。あ、煌輝さんもだけど」
 なんともとってつけたような感想に、乃愛琉も真湖も何と言っていいものか分からず。二人が黙っていると、所在なげに神宮が付け加えた。
「君たちが最初に言い出したんだって? 合唱部作るの?」
 入学式の時の全校放送のことを知らないのだろうか。昨日今日初めて聞いたような言い方だった。
「はあ、真湖ちゃんが……ですけど」
「君たちがどうしてもっていうなら、ボクも協力するからね。いつでも言ってくれたま…」
「はいはい、練習始めるわよー。全員グランド5周ね!」
 神宮の言葉を遮るかのように現がみんなに声を掛けた。はーい、という返事と共に、ぞろぞろと音楽室を出て行く。
「あいつね、あんまり相手にしなくていいからね。誰にでも声掛けるんだわ」
 教室を出ようとした真湖と乃愛琉の後ろから現がそっと耳うちした。
「でも、ああいう奴だけど、歌だけは上手いんだわ。あんまり声はかけたくはなかったんだけど、まあ、この際だから、背に腹は代えられないし、仕方ないわね」
 たった11人で始まった合唱部。そんな中にも不安要素を入れなければならない事情を乃愛琉は感じ取った。
「お疲れ様です」
 現は、乃愛琉の慰労の言葉に、二人の肩をぽんぽんと叩いて応えてみせた。
 なんとも前途多難な旅立ちだが、とにかく確実な一歩は踏み出せていると、実感をした乃愛琉だった。

2014年10月5日日曜日

「Nコン!」第10コーラス目「始動!」

読むための所要時間:約5分

 翌日の放課後から1年生3名の特訓が本格的に始まった。真湖たちが集って音楽室に入ると、すでにジャージに着替えた現がいた。
「夕べ腹式呼吸の練習はちゃんとやった?」
 開口一番、現<<うつつ>>は昨日の復習の確認をする。
「やりましたー。もう腹筋が痛いですー」
 まだ制服のままの3人は声を揃える。
「すぐに慣れるわよ。それに、その程度で根をあげるようじゃ、全国大会どころか、地区大会だって出られないわよ」
「根はあげません!」
 真湖が即答で返す。それを見て、現も思わず笑みが浮かぶ。ここ数日で真湖の性格がだいぶんと分かってきたのだろう。
「じゃあ、さっさとジャージに着替えて。まずは、グランド5周走るからね」
 両手を腰に当てた現が仁王立ちでそう言った。
「え?走るんですか?」
「当然よ。合唱はね、体力が勝負なんですからね! グランド10周終わったら、腹筋100回……といいたいところだけど、今日は初めてだから、できるだけでいいわ。最低10回くらいはできるわよね?」
「腹筋100回ですかー?」
 思わぬ練習メニューに、真湖たちは目を回した。文化系の部活だと思っていた合唱部が、いきなり初日からグランド5周から始まるメニューを差し出されたのである。
「合唱部を文化部だと思ってもらったら、困るわ。歴とした運動部なんですからね!」
 これは、現が入部した時に最初に先輩から教わったことだった。当時はちょうど翔平たちOBが築き上げた伝統がまだ残っていた頃で、部員たちは真剣に全国 大会を目指して練習に励んでいた頃だった。それが、翔平たちが卒業した後に、練習の厳しさから一人辞め、二人辞め、そして新入部員も集まらず、廃部に至っ たのだ。辞めていった部員たちは、今の真湖たちと同じように、まさか合唱部の練習がそんなにも厳しくあるものと思わなかったのだろう。何より、翌年春に亡 くなった三越先生のいなくなった穴は大きかったのである。
 そんな回想をしながら、現は真湖たち女子を音楽準備室に呼び、そこで着替えをさせた。残る翔はそのまま音楽室で着替えを始めた。

「ところで、あの、野球部の子って、仲いいのね?」
 真湖たちが着替えしているところに、突然現が聞いた。
「あっしゅですか?」
 真湖の手がぴたりと止まったのを現は見逃さなかった。
「剣藤くんって言ったっけ?あっしゅって呼ばれてるの? 煌輝さんとは?」
 現は曖昧な聞き方をしてきた。現の意図を計りきれなくて真湖が言葉にするのを躊躇った。乃愛琉が代わりに答えた。
「幼なじみです。わたしたち、小1からずっと一緒のクラスで。煌輝さんのお隣さんなんです、あっしゅくん」
「へぇそうなんだ。中央小だっけ?」
「はい、そうです」
「じゃあ、近所なんだね。いいなぁ。わたし、元北小だから、通うの遠くてね」
 乃愛琉と現のやりとりを黙って聞いていて、真湖は少し安堵した。現の質問に対して変な勘ぐりをしてしまったのだと、自分に思いこませようとしていた。女 子としては恋愛に奥手気味の真湖だが、入学以来、翔の「好き好き攻撃」のおかげで、かえって阿修羅のことが気になり始めていた矢先だったからだ。
「栗花落<<つゆり>>先輩も北小なんですか?」
 すかさず乃愛琉が現のカレシを名指しした。恋愛ネタは乃愛琉のごちそうである。乃愛琉が話題を変えてくれたので、真湖はほっとした。
「蒼斗<<ひろと>>は西小だったみたいよ」
「じゃあ、いつからカレシなんですか?」
「んと、去年のクリスマス後だったかな」
「どちらから告白したんですか?」
「どっちだったかなぁ。よく覚えてないなぁ」
「じゃあ、相思相愛だったってことですね! いいなぁ!」
 ずけずけと聞く乃愛琉とあっけらかんと答える現に、真湖は心中タジタジだった。
「ほら、もう良いでしょ、制服そこ置いて。行くわよ」
 さすがの現も頬を染めて、ちょっと大声になった。実のところ、現と栗花落の付き合い始めたきっかけというのは、曖昧で「よく覚えてない」というのも嘘で はなかった。なんとなくどちらからともなく、そんな感じになったというのが正直なところで。相思相愛と言われるとかなりくすぐったい感覚を覚えた。
「はーい」
 恋バナを聞けて満足げの乃愛琉と、逆に恋バナから解放された真湖が声を揃えた。
「エンリコくん、着替え終わった?」
 音楽室から、「とっくに着替え終わってますよ」との翔の返事があると、現は扉を開き、3人で音楽室戻った。
「さて、行きますか!」
 現は照れ隠しとも取れる空元気っぽい、大きな声を上げた。意外にかわいいところがあるんだなと、乃愛琉は内心思った。初対面の印象は冷たいというか、 「クールビューティ」のイメージだったが、つきあってみると、案外中身はサバサバしていて、後輩の面倒見が良い。栗花落が何故カレシなのかが、少し分かっ たような気がした。このカップルは現でもっている、そう思うのだった。
「ね、何話してたの?」
 音楽室を出ると、翔がこっそりと真湖に聞いてきた。
「べ、別に。大した話してないよ」
「え。だって、結構かかってたじゃん。ボク、ずいぶん待ったんだよ」
「ふ、普通に、世間話してただけだよー」
「ふーん。そうなんだ」
 翔は、頭の後ろに両手を回して、いかにも納得してませんという顔つきをしたが、まーいいかと呟いてそれ以上は追求はしなかった。
 真湖にとっては、さっきの話を要約するほどの経験値を持っていなかったので、それ以上問われても返答に困るだけだった。あっさりと諦めてくれる翔がありがたかった。
(あっしゅだったら、しつこいくらいに聞いてくるんだろうなぁ…)
 思わず阿修羅と比較してしまう。そんな妄想を、真湖は頭をブンブンと振って忘れようとした。そんな姿を目の端でちょっとだけ不思議そうに見る翔だった。

「そう言えば、あなたたち、好きな歌とかある?いわゆる合唱曲じゃなくって。歌謡曲でも、ボカロ曲でも、アニソンでもいいけど」
 玄関で靴を履き替えた後、グランドの手前で準備体操をしながら、現が思いがけないことを聞いてきた。真湖たちも、合わせて体をほぐしながら聞いていた。
「好きな…曲ですか?」
 合唱曲ではなく、との条件付きだと、すぐには出なかったが、
「IKB48の曲なら、大体好きですけど」
 と、乃愛琉が少し控えめに言うと、
「IKB48なら、わたしも知ってるー」
 真湖も合わせた。
「IKB48って、何?」
 ところが、翔が目を点にさせながら、そう聞いた。
「IKB48知らないの? 今や国民的アイドルの頂点と言われてるんだよ?」
「ああ、ごめん、ボク、テレビとか見ないんだよね」
 翔は頭を搔きながら苦笑いした。
 今ドキ、ゲーム機も持っていない、音楽プレーヤも持ってない小学生はほとんど稀だった。しかも、翔は田舎出身ではなく、ここよりずっと都会の札幌から来 たのだから、さらにテレビも観ないとなると、家にいる間何をして遊んでいるのかと、3人はさらに不思議に思った。けれど、翔の屈託のない笑顔を見ると、そ こはつっこんでいいところなのかどうか、3人共に躊躇った。
「あ、ああ…そうなんだぁ……」
 と、現が相づちを打つのが関の山。
「あ、じゃあ、この曲は知ってる?」
 乃愛琉は、IKB48のある曲を口ずさんだ。それは、昔ヨーロッパで流行った曲のカバーだと言われている曲で、一昨年のレコード大賞でも、IKB48が 受賞曲として歌った曲だった。翔の父親がイタリアの人だと聞いていたのと、テレビは観ていなくても、街角やスーパーでもよくかかっていたこともあるので、 もしかしたら思い、選曲してみた。
「あ、なんか聞いたことあるかも」
 翔が反応したのを聞いて、乃愛琉はさらに歌うのを続けた。サビの部分に入ると翔も何となく口ずさみ始めた。
「よし、じゃあ、その曲でいこう!」
 現が指を鳴らした。
「この曲がどうしたんですか?」
 真湖がこれからグランドを走ろうというのに、どういうつながりがあるんだろうと訝しんだ。
「その曲を歌いながら走るのよ」
「え?」
 当然のように答える現に、3人は驚きの声を上げた。
「好きな歌を歌いながら走るのは、楽しいわよ!」
 これも三越先生の受け売りだった。もちろん高齢だった三越先生が生徒と一緒に走ることはなかったが、どうせ走るなら楽しい方が良いだろうと、昔から続け てきた指導方法だったらしい。現も最初は周りに珍しがられるのがイヤだったが、周りも慣れてくると、誰も気にしなくなっていた。確かに何もしないでただ走 るよりかは楽だった。
「じゃ、行きましょう。合歓<<ねむ>>さんが歌い出しお願い。で、みんなで一緒に歌いながら走るわよ。サンハイ!」
 4人は、現を先頭に走り出した。現のペースはかなり遅いものだった。言われた通り、乃愛琉はさっきの曲を歌い出し、真湖と翔が続いたが、先頭を走る現にさえ聞こえないくらいの小さな声だった。
「聞こえない! もっと大きく!」
 現は振り返って、乃愛琉に向かって叫んだ。さすがに経験者だけあって、声が響く。グランドで練習中の他の部員達の数名がこちらを振り返った。
「あ、はい…」
 そうは言われても、やはり、周りの目が気になる乃愛琉。なかなか大きな声が出ない。
(まあ、仕方ないか。わたしも最初はこんなんだったしな)
 とは、思いつつ、一応先輩、いや、臨時ではあるにしても部長なのだから、きちんと部員達には指導しなければならない。
「はい、もっと大きく!」
 自らも歌いながら走る。そして、言われれば言われるほどに、乃愛琉の声は小さくなっていった。
 その時、
「YA YA YA YA! 恋の波打ちぎわに~!」
 翔がいきなり大声を上げて歌い出した。思わず現も振り返るくらいだった。時折、英語なのかイタリア語なのかよく分からない歌詞も交えて。確かに曲は合ってるが、もしかしたらカバー曲の元曲なのかも知れない。
「Hey Hey Hey Hey!」
 それに続くように、真湖が大声を張り上げた。ちょとハチャメチャにも聞こえるアイドル曲が、二人のデュエット曲かのように、グランドいっぱいに広がった。
 乃愛琉がびっくりした顔で翔と真湖を見た。そして、笑顔でそれに続いて一緒に歌い始めた。負けじと現も続く。声量では3人個々には現には全く敵わないが、3人寄ればなんとかで、彼らの声はグランドの端から端まで響き渡った。

「何やってんだ、あれ?」
 外野で球拾いしていた阿修羅が何事かと、合唱部4人がグランドを走っているのを眺めていた。
「ああ、懐かしいな。現、あれ始めたんだ」
 同じく外野で柔軟体操をしていた主将の山咲が阿修羅に声をかけた。
「1年の頃、合唱部毎日ああやって走ってたんだ。名物だったぜ。なんでも、ああやって走って、声量をつけるんだとさ」
「はぁ、そうなんすか」
 阿修羅からみると、ただはしゃいで走っているようにしか見えなかったが。
「ほら、球きたぞ」
「はい!」
 山咲に言われて阿修羅は慌てて飛んできたボールに向かって走った。

「ね? 楽しかったでしょ?」
 5周を走り終え、現が3人に聞いた。さすがに運動部とは違ってスローペースではあったが、すでに3人の息は切れ上がっていた。
「いや、たしかに……思ったほどは苦しくはなかったですけど……なんか、恥ずかしかったです」
 最初に答えたのは、真湖だった。元々活発な方の真湖は体育の比較的得意な方で、この程度のペースであれば、ついていけないこともなかった。
「あれもね、実は、舞台の上であがらないようにって意味もあるみたいよ」
 三井先生直々ではないが、先輩の一人から聞かされたことである。確かに、毎日この練習をしていると、ある意味、羞恥心が緩和されるという感じはした。
「これ、毎日やるからね」
「マジですか」
 翔ががっくりと肩を落とした。走ることに疲れたというより、この先、どれだけの流行曲を覚えなければならないのかと、ちょっと違う方向でのがっかりさだったのだが。

 それから、揃って音楽室に戻り、腹筋数回を経て、校歌の練習を始める。昨日渡された曲データはすでに3人ともに聞いていて、さらりとだが、合わせること はできた。もちろん全員が女子パート。翔がソプラノだったのは意外であったが、現が思った通り、練習指導はしやすかった。
 そして、現が感心したのは、経験がほとんどない真湖と乃愛琉がなかなか筋のあることだった。元々歌の巧い乃愛琉は幼い頃からピアノを習っていたこともあ り、音感はほぼパーフェクトだった。真湖も、性格的に声を出すことにあまり躊躇がない。うまく指導すれば、二人ともかなりいいところまでいきそうだと、現 は手応えを感じていた。しっかりとした練習さえすれば、2年後には、今の自分を遙かに超える実力を出すこともありえないことではない。いや、むしろ、そう でなければ、Nコン全国なんて夢のまた夢なのだ。
 一方、翔の方はお世辞にも上手とは言えないものの、ハーフとして親から受け継いだものなのか、多少日本人離れした声を持っていた。体の中で音を反響させることができている。これをうまく上達させるといい声が出そうだ、という感触があった。

「はい、今日はこれでおしまい!」
 現のかけ声に合わせるかのように、3人はその場にへたり込んだ。
「おつかれさまでしたー」
 現の指導が巧いのか、3人共に声を枯らすようなことはなかったが、グランド5周に、腹筋運動、初めての校歌練習と、緊張もあったのか、3者3様に疲労を感じていた。ただ、イヤな感じの疲れではなかった。今晩はぐっすり眠れそうだな、と真湖は思った。

(でも、あまりゆっくりもしてられない)
 そんな3人を見ながら、新入生の勧誘会まであと5日に迫っているのだと、現は焦りを感じながらも、この先の合唱部の可能性に期待を持った練習初日であった。