短編集「勿忘山」

即興小説から、お勧め作や、比較的評判の良かったものをサルベージ。
現在のところ、加筆訂正はせず、そのまま載せるつもりです。
また、お題、必須事項、制限時間等も併せて載せます。

短編集「勿忘山」
個人的に好きな話です。こういった、不思議だけどこの人達の繋がりの強さみたいなものが表現されているような作品が好きです。
映画で言うと、「ゴースト」とか、「異人たちとの夏」とか、そういった感じです。もちろんあたしの作品はそういった作品には及びもつきませんがね(笑
勿忘山(わすれなやま)というネーミングも気に入ってます。

お題:輝く山 制限時間:30分 読者:90 人 文字数:1425字

 あの人が亡くなったのは、地元では霊峰と呼ばれる山だった。遙か遠くから眺めても、神秘的な陰影を残す美しい山だった。学生の頃から山岳部で、日本全国の山々を登り、登頂記録は100回にも及ぶベテラン登山家だった彼は、難易度はさほど高くはないその山で遭難した。
 山の難易度自体はさほど高くはなかったけれど、春先の登山は危険がつきものだったから、と仲間の登山家は私を慰めてくれた。せっかく気を遣ってくれた仲間達のその慰めは全く私には意味のないものだったのが残念だった。
「どんな小さな山でもいから。一度でいいから一緒に登ってごらんよ。そしたら、僕の気持ちが分かるから」
 結婚する前からそう何度も言われてきたのだけれど、結局一緒に二人で登ることは一度もなかった。元来出不精の私が登山などするはずもなく。それは彼もよく分かっていたのだ。けれど、自分の愛した山々のすばらしさを私に伝えたいという気持ちだけは私もよく理解していた。
 葬式が終わって数日が経ち、49日も終わった頃、私は彼の遺品の中から、ある写真を見つけた。彼が亡くなったその山だった。写真の裏には、その山の名前として、「勿忘山(わすれなやま)」と書かれてあった。私はすぐにインターネットで「勿忘山」と検索してみたが、一切それにあたるようなサイトはみつからなかった。地図で探そうとしたけれど、地図にもそんな名前の山はなかった。おかしいなと思い、死亡報告書を見てみたが、そこにある住所は「○○県字□▽」としか記載がなく、改めて地図でその住所を調べてみても、そのような山はなかった。
「「勿忘山」?聞いたことないなぁ」
 あの人の親友で、登山家でもある男性に電話で聞いてみたが、彼も全く思い当たらないらしい。
「だって、あいつが死んだのって…あれ?なんて言ったっけ、あの山…?あの…あの山だよな」
 不思議なことに、あの人と同じく日本中の山を知り尽していると豪語していた人でも思い出せない。そんなことはありえない。
「だって、あの山…あの霊峰って呼ばれてる…なんで出ないんだ…?」
 私はいてもたってもいられなくなり、死亡報告書にある住所だけを頼りに、家を出た。お金だけは十分に用意して、あとはどうとでもなれと。
 新幹線で2時間、その後、ローカル線で3時間。その住所から一番近い駅に着いた。私はタクシーに飛び乗って、その住所を示した。タクシーの運転手は不思議な顔はしたが、文句も言わずに出発した。
 はたして、3時間もかけて、タクシーはある山の中で止まった。ここから先は車では行けないが、その住所はこの目と鼻の先だと。
 不思議なことに、そこは山どころか、丘もなにもない場所だった。
 夜の夜中に到着した私は、途方に暮れた。タクシーの運転手は、心配そうにいつ戻るのかと聞いた。私は心配しなくてもいいので、私をおろして戻ってもいいと伝え、代金を支払った。

「どうして?」
 私は、何もない、真っ暗な田舎道に一人残された。持ってきたハイキングシートをその場に引いて、電車の中で買ったお菓子を少しずつ食べ、夜を明かした。初夏とは言え、夜は寒かった。

 ふと気がつくと、まぶしい光が私を起こした。
 朝日?ではない。不思議な光があらゆる方向から私を包んだ。
 そして、目の前に、大きくそびえ立つ山が現れた。
 神々しく輝く山に、私は涙した。

「なあ?山って、素敵だろ?」

 あの人の声がしたような気がした。

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