短編集「ミスタープーケスの悲劇」

即興小説では、ネタ的にボツにしたものもあります。
「ミスタープーケスの悲劇」はその一つです。
かなりブラックネタなのと、お題回収できそうにないので、ここに掲載してみます。


「ミスタープーケスの悲劇」


 ミスター・プーケス、国一番の正直者。国のみんなに好かれてる。
 ミスター・プーケス、国一番の働き者。鶏より先に起きて、月が寝るまでベッドに入らない。
 ミスター・プーケス、国一番のお人好し。頼まれたことは断れない。

 ミンド王国は南太平洋に浮かぶ小さな島国で人口5000人ほどが住んでいる。国王はいるが、政治はもっぱら選挙で選ばれる元老院で行われている、歴とした民主主義国家である。元老院は十二使徒と呼ばれる12人の議員によって成り立つ。
 漁師であるトーゴ・プーケスは国一番の正直者として有名で、嘘はつかず、無欲で人との諍いはなく、しかも朝から晩まで働く勤労家でもあった。
 この年、元老院議長でもある最長老が引退を決めた。その後釜として、ミスター・プーケスに白羽の矢が立った。最長老の直々の指名とあり、ミスター・プーケスは立候補を決めた。
 ミンド王国では、選挙はお祭りと同じ意味だ。選挙が行われる1週間前からお城の前では出店が並び、賑わいを見せる。集まった人達を前に、候補者は選挙演説を行うのが常である。国民は先を争って彼の演説に耳を傾けた。
 ミスター・プーケスは選挙公約に一つ斬新なアイディアを加えた。
『国民のみなさんの意見を取り入れる為の目安箱を用意します』
 ミスター・プーケスは最多数票を集めて当選し、早速選挙公約である目安箱をお城の前に設置した。

 セネター・プーケス、国一番の人気者。公平な選挙で当選した。
 セネター・プーケス、国一番の聞き上手。お城の前に目安箱。
 セネター・プーケス、国一番の誠実家。毎日投書を読んでいる。

 プーケス議員は、目安箱に集められた投書に毎日目を通した。その中からすぐにできそうなアイディを拾っては議会に提案した。最初に彼が採用したのは市場の改革だった。お城の前には市場が軒を貫いているが、おのおのがそれぞれに好きに仕入れしては販売しているため、価格も安定しなかったり、場所争いで喧嘩が絶えなかった。投書では、卸と小売りを分けてはどうかとの提案だった。プーケス議員はその案を元に元々漁師だった経験を生かして、自分のアイディアを加えて、卸売市場の設立を提案した。議会はすぐにそれを採択し、翌月にはプーケス議員が監視役として卸売市場が開場した。卸売が使っていた場所が空き、新たに新規で小売りする者も参加し、市場はさらに活況を呈した。
 今度は、流通に力を入れてはどうかとの投書を元に、他の島との行き来をする運搬船を他国から買い、プーケス議員が社長になって、国営会社を設立し、定期航路を開通した。新たな商品が市場に並びさらに市場は活気が出た。また、島で獲れた魚介類を他国に売ることで外貨も稼げるようになった。ミンド王国は南太平洋の諸島の中で一番豊かな国になった。
 この実績を買われ、プーケス議員は経済大臣に任命され、プーケス議員は国一番のお金持ちになったが、その分寝る暇もなくなった。

 ミニスター・プーケス、国一番の利口者。国をとても豊かにした。
 ミニスター・プーケス、国一番の献身者。身を粉にして働いた。
 ミニスター・プーケス、国一番のお金持ち。毎日沢山稼いでる。

 ある日、海賊に困っているとの投書が舞い込んだ。ミンド王国は海に囲まれているため、昔から海賊には苦しめられてきたが、大抵は小物が多く、左程の問題ではなかったのだが、特に最近ミンド王国が豊かになったとの噂を聞きつけて、鼻の利いた海賊どもがこの海域をうろつき始めたとの通報だった。プーケス大臣は早速国中から力自慢を集め、網元から大型の中古船を調達して海軍を整備し、自ら指揮をとって海賊退治を行った。と、同時に裁判所を設立して、海軍が連行してきた海賊達に公平な裁判の場を与え、その罪には罰を与えた。
 この功績のおかげでプーケス大臣の評判はさらに上がり、ついにプーケス大臣を大統領に推す声が挙がった。元老院は協議の結果、法律を改正して国家運営を大統領制にすることに決めた。公平な大統領選挙が行われ、圧倒的多数でプーケス氏が当選した。即日プーケス大臣は大統領になった。

 プレジデント・プーケス、国一番の剛直者。海賊みんな追っ払った。
 プレジデント・プーケス、正義の味方。悪いやつらをやっつけた。
 プレジデント・プーケス、裁判官。罪人には公正な罰を。

 プーケス大統領は多忙な毎日を過ごした。日が昇る前に朝市を訪れてから、海軍の演習を見学し、適正な指導を与えてから裁判所を訪れ決裁の判を押し、運搬船の航路計画を確認してから荷下ろしの現場を確認する。夜はミンド王国の活況ぶりを見学したいという外国からの来賓のもてなしをしてから、深夜に目安箱の投書を読むという毎日だった。八面六臂の活躍なのだ。プーケス大統領が全ての仕事をしてしまうものだから、元老院の12人の議員はすっかり仕事がなくなって、毎日が老後のような生活になってしまっていた。
 この頃から国中では官僚による汚職がはびこり始めた。市場を閉め出された商人が旨い話を求めて役人に賄賂を渡したり、海賊が袖の下を使って早めに釈放してもらったり。最近では投書の大半が汚職に関するものばかりになった。プーケス大統領は汚職を減らすため、さらに多忙を極めることとなった。
 しかし、汚職は減るどころか増える一方で、国民の不満は高まった。仕方ないので、プーケス大統領は官僚から全ての職権を剥奪し、役人は全て窓口業務のみとし、すべての決裁はプーケス大統領が行うことにした。プーケス大統領は寝る暇がなくなった。
 プーケス大統領が倒れたのはそれから間もなく。単なる過労ではあったが、医者から1週間の絶対安静を命じられた。国の機能は完全にストップした。

 それはほんの些細なことから始まった。事の始まりは市中の喧嘩で、肩が触れただのそんな程度の話だった。しかし、それが飛び火して地元の網元達と市場の商人達の喧嘩に発展した。しかし、それを止める者は誰も居なかった。役人は全ての判断を禁止されていたから、ただ喧嘩を観ているだけ。止めようともしないし、止める権限もなかった。大統領の不在は大きかった。やがてそれは大統領への不満になり、ついに暴徒が集団で暴れ始めた。普段から締め付けられていた海賊達もそれに乗じて街中を破壊し始めた。
 大統領不在の城の中には元老院の12人の議員しかいなかった。すっかり腑抜けになってしまった元老院は、自分達の名前ではなく、大統領令として戒厳令を発令し、海軍に命令して城下町の鎮圧を命じた。久しぶりの出動となった海軍兵達は近頃海賊相手が少なくなったため、溜まっていた鬱憤を晴らすかのように、暴徒達に襲いかかった。そして、ついには、沢山の死者を出すことになった。その中には全くの無実の者も多かった。
 『大統領をクビにしろ!』
 『大統領は死刑だ!』
 その結果、国民の多くが参加するデモとなり、ついに海軍でも抑えきれなくなり、むしろ海軍兵もそのデモに参加する始末だった。元老院は自分達のやったこととは言えず、過労で倒れた病床の大統領をデモ隊に差し出した。

 罪人プーケス、国一番の権力者。全部の権利を持っていた。
 罪人プーケス、この国の独裁者。国民を沢山殺した。
 罪人プーケス、国民みんなに裁かれた。

 罪人プーケス、公平な裁判でぶち殺された。

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