短編集「あたしの親友」

即興小説から、お勧め作や、比較的評判の良かったものをサルベージ。
現在のところ、加筆訂正はせず、そのまま載せるつもりです。
また、お題、必須事項、制限時間等も併せて載せます。

「あたしの親友」は、視点変換モノのテストで書いた習作です。
思った以上に女の子のグロさを表現できたかなと思ってます。
ラストあたりの表現については、賛否両論いただきました。
けれど制限時間内に書いた割にはまあまとまってはいるんじゃないかと自分では思っています。
時間と気力に余裕があれば、加筆訂正版を書いてもいいかなと思える作品でした。


「あたしの親友」

お題:僕の嫌いなピアノ 必須要素:携帯 制限時間:1時間 読者:75 人 文字数:2608字


 携帯の着信音が鳴り始めた。曲はシューベルトのピアノソナタ第16番イ短調D.845。彼からの電話だ。あたしはしばらくそのまま携帯を放置して曲を聴き続けた。ベッドに寝転がったまま、タクトを振るようにして両手を天井に向けて波を打った。
「早く出ろよ」
 ようやくあたしが電話に出ると、彼は不満そうな声をあげた。あたしは一音高い声で返事する。
「今着替えてたんだもの」
 あたしは嘘をついた。「なんとなく焦らしてみたかっただけ」なんて言ったら多分彼は怒るから。
「あ、そっか、ごめん」
 素直な彼はすぐに謝ってしまう。きっと電話の向こうは赤い顔。
「ううん。…で、なに?」
「なにって…別に、なんでもないんだけどさ。どうしてるかなって」
「さっき別れたばっかじゃん」
 つい20分前に、学校の帰り道、いつもの角でバイバイしたばかり。
「そうなんだけどさ…」
 彼は口ごもった。なんて、あたし意地悪。彼があたしにゾッコンなの知ってるから。
 あたし達は高校2年生。彼とはつい1週間前に付き合い始めたばかり。告白してきたのは、彼の方。あたしも気にはなってたんだけど、まさか彼の方から告ってくるなんて、思いも寄らなかったの。だって、彼はクラス一番の人気者。ちょっとイケメンで、歌もうまい。それでいて、剽軽で、誰にも優しくって、勉強もできる。あたしにとっては、理想的な彼氏。
「キッチョンの奴から電話あってさ、明日カラオケ行かね?って」
 キッチョンというのは、彼の親友で、軽音部でギターを弾いている男の子。明日は土曜日だから午前授業。午後からカラオケにどうかと誘われたらしい。
「いいわよ。どこ行くの?」
「駅前に新しいカラオケができたらしいんだ。オープン記念で、1時間100円だって」
 金欠学生には嬉しいお知らせ。
「いいね。じゃあ、レイちゃんも連れて行っていい?」
「え?レイも連れて行くの?」
 彼は少し躊躇した。
「ダメなの?」
「ダメ…じゃないけどさ」
 レイちゃんというのは、あたしの友達で、実は彼と昔付き合っていた子。もちろん、あたしが彼と付き合い始めたのは、レイちゃんと別れてからずっと後の話。
「じゃあ、誘うよ」
「わかった」
 レイちゃんは美人さんなんだけど、内気であんまり喋らない子。付き合っててもツマンナイからって、別れちゃったらしいんだけど。でも、あたしは一緒にいてつまらないって思ったことはない。あたしが彼から告白された時も、レイちゃんに相談したけど、
「彼はいい人だから、付き合ったらいい」
 とだけあたしに言った。彼と付き合い初めても、あたしたちは相変わらず友達だった。
「明日、カラオケ行かない?」
 彼からの電話を切った後、あたしはすぐにレイちゃんに電話した。
「うん。わかった」
 レイちゃんの返事はいつもとっても短いけれど、淀みはなかった。

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 純ちゃんに誘われて、次の日カラオケに行った。そこには、啓くんとキッチョンもいた。それは聞いてなかった。わたしはてっきり二人だと思ってたから。また純ちゃんのワンマンショーの観客役だとばかり。純ちゃんはカラオケ好きだから。
 そう言えば、啓くんも歌上手だったな。時々歌ってくれたのを思い出した。
 3人はみんな歌が上手。わたしは一生懸命に盛り上げようとしていた。何周か回ったところで、純ちゃんはわたしにマイクを回してくれた。純ちゃんは、わたしが音痴なの知ってるから、いつも二人で来るときは一人で歌うのだけれど、今日は珍しい。その方が盛り上がるじゃない、って勧めてくれた。それもそうね。
 わたしが歌うと、みんなちょと引いちゃった。だめね、もう少し練習しないと。
 純ちゃんは、わたしの歌の後に続けて歌ってくれて、場の雰囲気を盛り返してくれた。やっぱり純ちゃんはすごいな。
 そう言えば、わたしが音痴なのは、音感がないからだって、ピアノ習うように勧めてくれたのも、純ちゃんだった。でも、歌はまた別みたい。なかなかうまくならない。啓くんが無口な子が好きだからって、教えてくれたのも純ちゃん。でも、わたし、どうしても余計なこと言っちゃうのね。
 啓くんと喧嘩したときも、間に入って仲裁してくれたのも、いっつも純ちゃん。
 でも、結局わたしたちは別れちゃったけど。きっと、それはわたしが悪いの。啓くんと別れてから、しばらく啓くんとは話辛い時期があったけど、純ちゃんと付き合うようになってから、少しづつちゃんと話ができるようになった。純ちゃんはわたしの大切な友達。もちろん啓くんも。だから、わたしはとても嬉しい。

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

「ほらぁ、レイ来るとさー、場が超盛り下がるんだよなぁ」
 帰り道、僕は純子と二人で帰った。レイはキッチョンに任せた。
「そんなこと言わないのー。レイちゃん楽しそうだったじゃん」
 純子はいっつもそうやって、レイをかばう。
「だって、あの音痴ったら、ありゃしねーよ。ピアノ習い始めたっていうから、多少は治ったのかと思ったら、全然だし。しかも、僕ピアノ嫌いだっていうのに。嫌みかよって」
「音痴でも、音楽が好きなんでしょ。今日だって、誘ったら、喜んで来たもの」
「マジかよ。空気読めっていうの」
「そんな言い方しないの」
「純子人良過ぎ。どんだけレイの肩もつんだよ。それにあいつ、付き合い始めた途端に喋らなくなるしさ。今日だって、ほとんど喋んなかったじゃん。何考えてるんだかよく分からねぇんだよなぁ、あいつ」
「元カノそんな風に貶さないの」
「そっかー?」
「そして、わたしの親友を貶さないでね」
 そう言って、純子は僕の腕に自分の腕を絡めてきた。
「わかった、わかった」
 降参、降参。純子には口では敵わない。
 夕焼けが僕たちの影を長く落としていった。その影に潜むものが何かを僕はずっと気がつかずに…。

*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 そう、あたしの親友。ずっとずっと。
 そして、ずっといつまでもあたしの引き立て役。

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