短編集「彼」

初恋は小説より奇なり
即興小説から、お勧め作や、比較的評判の良かったものをサルベージ。
現在のところ、加筆訂正はせず、そのまま載せるつもりです。
また、お題、必須事項、制限時間等も併せて載せます。

「彼」は、あたしの即興作品の中でもオチがクリティカルヒットした作品のようです。
自分的にもまあ、及第点かなぁと思うくらい。
これくらいのオチが毎回つけられるといいんですけど……(トオイメ


「彼」
お題:プロの少数派 必須要素:刀 制限時間:1時間 読者:55 人 文字数:2813字

 彼の話をしよう。それは俺が高校を中退した後、いくつかの職場を転々とした後、ほぼ野垂れ死に寸前の時に拾ってくれたのが彼である。職場と言っても、ほとんどが土方の仕事で、元々体力のなかった俺は、まともな仕事もできないうちに頚になっていた。そもそも、右手の指が三本欠けているのだから、スコップさえまともに握ることができないのだ。しかし、この景気の悪い日本で中卒にいい仕事がある訳もなく、しかも住所不定でその日暮らしの俺にはそれしか仕事の働き場はなかったのだ。最初は道路工事から始めて、鳶も経験したが、どちらも三ヶ月ほどで親方から数万円を入れた茶封筒を無理矢理渡されて、明日から来なくていいと言われた。その代わりと言っては、と親方から別の働き場を紹介され、それに従って北上してきた。何度かそんな事を続けている内に、最後は最低賃金で工事現場の誘導係の仕事、つまり棒振りにありつけたのだが、俺が立っている時に正面衝突の事故が起きたために、即クビになり、給料ももらえないまま追い出された。不案内な北の地で放り出され、手持ちの金を使い果たし、秋の寒空の下その公園でなすすべもなく、俺はすっかり放心した状態でベンチに座っていた。
「どした、坊主」
 そんな俺に声を掛けてくれたのが彼だ。黒いコートに身を固めた、見るからに堅気ではないその男を見て、俺は一言、
「腹減った」
 と言った。
「飯食う金もねぇのか。こい」
 それから、彼は近くの食堂に俺を誘い、たらふく飯を食わしてくれた。
「仕事ねぇのか?」
「どこから来た?」
「家、ねぇのか?」
 彼は本当に短い言葉で俺に問いかけた。俺は本当に腹ペコで、最初は何の質問にも答えられる状態ではなかったが、目の前に並べられたごちそうをすっかり平らげ、腹ごしらえが終わってから、ゆっくりと身の上話を始めた。
「親はいねぇ。家もねぇ。高校までは親戚が金出してくれてたが、学校からくんなって言われて、それからその家にも行けなくなった。だから、東京出て仕事探したけど、誰も拾っちゃくれねぇ。それで、仕事探しながらこんなとこまで来た。
 飯ごちそうになってから、こんなこと言うのもアレだけどよ、俺、払う金ねぇぜ」
 彼は、右手を振って、金は要らないというジェスチャーをした。
「右手の指どうした?」
 一通り俺の身上を話すと、彼は興味深げに俺の指を見て言った。箸を持っていた時には気がつかなかったらしい。俺は左利きだ。
「あ?ああ。子供の頃に親に切られたってよ。俺は覚えてねぇが」
「切られた?」
「俺、生まれた自分から頭悪くてよ。でも、身体障害者っていうの? そういうのにはなれねぇんだってよ。だから、指なかったら、障害なんとかってもらって生きてけるんじゃねぇかって、切っちまったらしいぜ。その親戚から聞いた」
「で、親はどうした?」
「俺の指切って、すぐに死んだ。自殺らしいけどな。詳しくは知らん。結局障害なんとかももらってねぇ」
 彼は、黙って俺の話を聞いた。こんなに俺の話を聞いてくれる人は今までいなかった。
「おっさん、なんでそんなに俺の話を聞いてくれるんだ? こんな頭の悪いガキの話聞いてもおもしろくもねぇだろ?さっきも言ったが、金はねぇぞ」
 俺が管を巻くのに、彼は全く動揺する様子もなく、
「仕事いるか?」
 と聞いてきた。
「そりゃあ、このままじゃ野垂れ死ぬだけだし、何か仕事はしないと……って、この飯をカタになんかヤバ仕事させようってんじゃねぇのか? 殺しか? 強盗か? 詐欺とかはダメだぜ、俺頭わりぃから」
 俺はすっかり怖じ気づいた。俺も相当頭は悪いが、この状況をよくよく考えてみると、見るからに堅気ではない彼が、何もないのに俺みたいな者に無料飯食わすわけもなく。土方やっていた時に、前科何犯という奴らとも一緒に仕事したことがあるが、奴らも今の俺みたいになった時にヤバい仕事引き受けたって言ってた。俺の膝がガクガク震えた。
「いや、ヤバい話ではない。殺しも強盗もしねぇ。お前、俺を何だと思ってる?」
「ヤクザじゃねぇのか?」
「違うな。俺は堅気だ」
 全くもって信用できない話だったが、彼がそう言うなら、信用せざるを得ないだろう。何せ俺には後がない。
「仕事ってなんだよ?」
「やるなら話す。やらねぇなら、話さん」
 彼はきっぱりと言い切った。
「なんだよ……俺が断れないのを知ってて、そういうのかよ? 野垂れ死に寸前で、綿をも掴みたいっていうのを分かってて言ってるんだろ?」
「別に断ってもいい。藁な。藁」
「そんなこと言われてもよぉ。やるよ、やれば、飯食わしてもらえるんだな? 本当に殺しとかじゃねぇんだな?」
「給料は出す。殺しはない」
「じゃあ、やるよ」
「よし」
 そう言うと、彼は立ち上がって、店の支払いを済ませた。
「行くぞ」
 店を出ると、店の前には黒塗りのでかい車が横付けされていた。どう見てもヤクザにしか見えない運転手が後部座席のドアを開いて彼を乗せた。
「乗れ」
 短い言葉で俺に指示する彼の言う通りに、俺はその車に乗り込んだ。
「……」
 しばらく沈黙が続いたまま、車はどこへともなく走った。俺はいつの間にか寝ていた。ここ数ヶ月の疲れと、満腹になったせいで急に睡魔が襲ってきたのだ。

「起きろ」
 俺は起きると、ソファの上で寝ていた。彼は俺の前で仁王立ちしていた。
「仕事の説明をする」
 いつの間にここに寝ていたんだ? 記憶がない。誰か俺をここまで運んで来たのだろうか。まあ、今なら普通の女より軽いかもしれない。
「これを持て」
 彼は俺にバカみたいにでかい長尺の物を差し出した。
「なんですこれ?」
「青竜刀だ。知らんか?」
「はぁ?」
 俺は、驚いてその刀を落としそうになった。
「殺しはしねぇって、言ったじゃねぇか? こんな物騒なもの、どうすんだよ? 俺は、殺しはしねぇからな。言っただろ? 勘弁してくれよ」
「ちゃんと持て」
 彼は青竜刀に再度手を出して、支えた。
「殺しはしねぇ。約束だ」
 と言って、俺の目を見た。蛇が蛙を睨むとはこのことか。
「ただ、殺しのマネをするだけだ」
「マネでも、こんな刀扱えねぇよ」
 俺はまた体が震えるのを感じた。
「すぐに慣れる。それより、お前のその目が大切だ。その上が飢えた目がいい。すぐにプロの仕事ができる目だ」
 彼は意味不明なことを言い始めた。
「俺たちは少数派だが、良い仕事をすれば皆に認めてもらえる。最初は嫌われるかも知れねぇが、プロに認められれば、すぐに仕事になる。おめぇさんなら、大丈夫だ」



 あれから、20年が過ぎた。俺はWシネマで引っ張りだこの悪役俳優になった。彼の言った通り、俺の目は悪役に相応しい目だったらしい。

 俺を死に際に拾ってくれた彼には未だに足を向けて寝ることはできない。

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