短編集「指輪と許されぬ恋と、彼と私。」

即興小説から、お勧め作や、比較的評判の良かったものをサルベージ。
現在のところ、加筆訂正はせず、そのまま載せるつもりです。
また、お題、必須事項、制限時間等も併せて載せます。

指輪と許されぬ恋と、彼と私。

初めての不倫モノでした。かなり暗い話にはなってますが、お題回収も含め、思ってた通りには書けたかなと思います。

お題:贖罪の火 必須要素:えへへ 制限時間:30分 読者:23 人 文字数:1617字

「えへへ」
 と、私は誤魔化した。彼からの贈り物、それは、ダイヤの指輪だった。ちょうど私の薬指に合わせたサイズ。一体いつの間に計ったのだろうか。
 もちろん、嬉しくないわけはない。少なく見積もっても、100万円は下らないであろうことは、宝石類に特に興味のない私でも見てとれる。もちろん、これが本物のダイヤであればの話だが、彼はイミテーションが大嫌いなのは、先刻承知である。当然正真正銘のダイヤモンドリングであることは明白。
 ただ、それを受け取る前に、どうしても確認しておかなければならないことがあった。
「これって……」
 一呼吸置いた。
「奥さんと別れたっていう意味よね?」
 彼はごくりと唾を飲み込んだ。それだけで私にとっては、返事と言ってよかった。
「それは……」
「もうすぐだからって言いたいんでしょ? 調停ももうすぐ、弁護士にはもうすぐだって言われているからって……もう何年になると思ってるの?」
「次回の調停は来週だ。弁護士の話では次回で絶対に大丈夫だって……」
「だったら、それが終わってから頂戴よ。でないと受け取れない」
「今度こそ……」
「今度とお化けに会ったことがないって、死んだ父が言ってたわ」
「そうか……」
 彼はそう言って肩を落とした。私は、そっと指輪ケースを彼の元に戻す。麻地のテーブルクロスの上を滑って、閉じられたケースは彼の手元に置かれた。

 新宿都心のど真ん中にそびえ立つ超高層ビルの高層階にあるホテルのレストランから見下ろす夜景はとても綺麗だった。バブル景気が再来したかとでもいうような豪華な飾りに囲まれた、特等席。きっと、彼が奥様にプロポーズした時もこの席だったに違いない。結婚3年目の離婚交渉。絶対にうまくいくはずがないと私は知っている。向こうもかなりの資産家の一人娘だと聞いている。金に糸目はつけないだろう。しかも、たった3年で、離婚となれば、家名にも傷がつく。ましてや、不倫相手がその会社の社員とあらば、絶対に認めるわけにはいかないはずだ。
 それを分かっていて、私は彼と付き合い始めた。最初は奥様の愚痴を聞く係。やがて、心の隙間を埋め、肉体的な欲求を埋める役目。私はそれでもいいと思っていた。
 ところが、その先を求めてきたのは彼の方だった。自身の立場もわきまえず、私にプロポーズをしようと、何度も、何度も。これが3度目だったろうか。
「今日も泊まっていくだろう?」
 私は軽く頷いてから、窓の外を見る。私はもっと打算的な女だったら、どんなにか楽だったろうか。別に内縁でも構わない、もらえるものならいくらでももらうというような強欲な女であれば、彼ももっと楽だったろうに。金で買えるような女だったら。
 むしろ、『お前は遊びだったんだ』と放り投げてくれれば良かったのにとも思う。

 いつもように、スーペリアの部屋の扉に鍵をかざす彼。扉が開いてから、後を追うように部屋に入る。すでにこのホテルの従業員にはバレバレなはずなのに、未だに儀式のように私はそうする。ホテルの従業員だけではない、社員のほとんどは私たちのことを知っている。知らないのは社長の彼だけなのだ。皆に知られているなど、少しも思っていない。いえ、もしかすると、知っていて、知らないフリをしているだけなのかも知れない。

 いつもの様に彼が先にシャワーを浴びに、バスルームに入る。わたしは彼の上着からライターを取り出して、クローゼットに掛け、自分のそれも、横に並べて扉を閉じる。それから、いつもより大きめのバッグから、一本のボンベを取り出した。キャップを逆さにして押し込めると、中からガスが勢いよく吹き出す。ガス抜き様のキャップだ。こうしておけば、中のガスが全て出るまで止まらない。
 あとは、ベッドの上で彼が出てくるのを待つだけ。出てきた瞬間に彼のライターに着火するだけ。

 贖罪の炎が私たちを包み込む瞬間を私は待った。


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