短編集「ピスタチオの王子様」

即興小説から、お勧め作や、比較的評判の良かったものをサルベージ。
また、お題、必須事項、制限時間等も併せて載せます。

今日書いた作品が未完で終わってしまったのですが、出来が好みっぽかたので、こちらで加筆して、完成させます。

ピスタチオの王子様
お題:名前も知らない口 必須要素:ピスタチオ 制限時間:30分 読者:10 人 文字数:1679字

 小林くんはいつもおとなしい。多分あたしのクラスの男子の中では一番おとなしいと思う。かといって、暗いとか陰気とかそういう雰囲気は持ち合わせていない。いつも微笑んでいて、誰からどんなことを言われてもいつもその表情は変わらない。ただ、ただ、おとなしいだけ。おとなしいからと言って、存在感がないわけではない。クラスの男子が集まると、なんとなくその中心に近いところには小林くんはいた。女子にもよく声を掛けられる。結構面倒なことを頼まれても嫌な顔をすることが滅多にないから。

「ねえ、小林くん、今日の当番代わってくれない?」
「いいよ」
 だからと言って、一方的に何かを押しつけられるようでもない。
「じゃあ、金曜日お願いね」
 と、しっかり代わりの日を相手に確認させる。

「小林くん、次の章読んで下さい」
「はい。『日露戦争における日本の……』」
 日頃はおとなしいように見えるけれど、返事も発言もハキハキしていて、むしろ他の男子から比べると格段に滑舌もいいし、発音、音量も丁度いい。下手な放送委員よりずっと巧いくらい。

 小林くんを意識し始めたのはいつからだろう。夏休み前? それとも春先からか。わたしが思いつかないくらい彼は自然にわたしの心に滲みてきた。そう、もしかすると、同じクラスになる前からわたしは彼のことを気にしていたのかも知れない。去年別のクラスだった時から。その名前もしらない口から発せられるほんの些細な言葉を聞いた時から。でも、それをどこで聞いたのかさえ思い出せない。

「佐々木さん。今日、放課後何か予定ある?」
 小林くんからそんな言葉を掛けられたのはもう秋も深まるころ。文化祭が終わった後くらいだったろうか。
「いえ、特に」
「そう? じゃあ、一緒に帰らない?」
 彼の意外な提案にわたしはどぎまぎして、すぐに返事をすることができなかった。でも、小林くんはそんなわたしの返事をじっと待っていた。始終微笑みを絶やさずに。
「ええ。いいわよ」
 それがわたしの精一杯の返事だった。
「じゃあ、また後で」
 クラスの女子が数名そんなわたしたちの会話を盗み聞きしていた。
「佐々木さん、小林くんと仲いいんだぁ?」
 と、わたしにこっそりと囁いた。あまり好意的な言い方ではなかったけれど、嫌みとまではいかないくらい。

「待った?」
 わたしが玄関先で待っていると、後ろから小林くんが声をかけてきた。
「ううん」
「ごめんね、急に。帰りちょっと途中で寄り道していっていい?」
「うん」
 わたしは小林くんの1歩後について歩き始めた。
「佐々木さんって、おとなしいよね」
 小林くんは、いつもの微笑みを絶やさないようにしてそう言った。
「そう……ですか?」
「うん、でも、存在感はあるし。ちゃんとクラスには溶け込んでいるし。いつも微笑みを絶やさないし。すごいよね」
「あ、いえ……」
 小林くんは、いつになく饒舌だった。いや、もしかしたら、クラスにいるときは猫を被っていて、本来はこれが本来の姿なのかもしれない。それに、彼が言うわたしの印象っていうのは、まるっきり、わたしが持つ、彼の印象そのものだったのが、すごく恥ずかしくて、なんて言っていいのか分からないくらいだった。
 途中の公園でわたしたちは、ベンチに座った。
「実はさ、去年から気になっててね。一度ちゃんとお話したかったんだ。
 ボク、キミの声が好きなんだよ」
「え。きょ、去年ですか?」
 わたしは若干挙動った。
「あれ?覚えていない? 去年、ボクたち、出会ったよね?」
「え?」
 確かにどこかで会ったような気はしたのだけれど、どこだったのか思い出せない。
「ピスタチオ」
「え」
 ああ、なんていうことでしょう。わたしは全てを思い出してしまった。
「素敵だったよ、あの時のカカオ姫の声」
 そう、わたしは去年『ピスタチオマンとカカオ姫』というアニメのオーディションを受けたのだ。残念ながら不合格になってしまったのだけれど。ということはあの会場に小林くんがいたのか。いや、多分いたんだろう。
「ボクも落ちちゃったんだけどね。あそこで会ってたんだよ。覚えていないかい?」
「ごめんなさい」
「ううん、謝る必要はないよ。あの時から気になってたんだ。そしたら、今年同じクラスになったでしょ。いつか声掛けようと思ってて。でも、クラスでその話したことないの見て、あんまりそういう話しないのかなって思って。
 いや、実はボクもね、クラスでは内緒にしてるんだ」
 そう、わたしも小林くんが声優の卵だったなんて知らなかった。そして、わたしもクラスのみんなには内緒。
「そ、そうなんだ……」
 意外なところで出会っていたのか。しかも、その時からずっと気にしてくれたのだ。
「お互い頑張ろうね」
「うん」
 わたしは精一杯の笑顔で答えた。

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