2013年7月19日金曜日

「竹取の」第3夜<三日月>

(扉絵:ららんさん)
(作曲:てけさん)

 英検のテストが終わった後、わたしたちは玄関先で再集合した。
「何食いたい?」
 3人が揃うと亮くんがまず聞いた。さっきは朝食をとったから大丈夫と返事をしたわたしだったけど、実は試験最中お腹がなりっぱなしだった。やっぱり昼を抜いたのはマズかった。試験会場が別々で良かったと心から思っていた。
「お好み焼きー!」
 いの一番にちいちゃんが手を挙げた。
「竹泉は?」
「うん、わたしもそれでいいよ」
「わーい。じゃあ、そうしよー」
 ちいちゃんは先頭を切って市民会館を出た。朝昼抜きなら、相当お腹が減っているのだろう。ちょっと駆け足気味ともとれる感じだった。特に普段ののんびり屋さんを見てるだけに、亮くんとわたしはお互い顔を見て苦笑いしてから、ちいちゃんの後を追った。
「竹泉は本当にお好み焼きでいいのか?」
「うん、いいよ。亮くんこそ、いいの?」
「俺は好き嫌いないから。ところで、竹泉、試験どうだった?」
 少し早足でちいちゃんの後を追いながら、亮くんはそう尋ねた。
「うーん。わかんないけど、とりあえず欄は全部埋めたって感じかな。亮くんは?」
「まあ、五分五分ってところかな」
「亮くんが五分なら、わたしはダメかも」
「そんなことないよ。この前の練習本、3人の中で一番良かったじゃん」
「たった一回だけじゃない。他は亮くんダントツだったし」
「俺、本番に弱いんだよな」
 亮くんはそう言って頭を掻いた。謙遜なのは明らかに分かる。
「はーやーくー!」
 だいぶん先に行ってしまった、ちいちゃんが振り返って、大きく手を振った。
「おーい。そっちじゃないぞ!ここ、右!」
 亮くんは交差点で立ち止まって、ずっと先にいるちいちゃんに向かって叫んだ。ちいちゃんはちょっと悲鳴にも似た叫び声を上げて、こちらに駆けて戻ってきた。亮くんは、それを待つでもなく、交差点を右に曲がった。わたしはちいちゃんを待ってそこにとどまる。すぐにちいちゃんがやってきて、息を切らせながら、
「もう、亮ちゃんてばー、もっと早くに言ってくれればいいのにー」
 と、ほっぺをふくらませて文句を言った。わたしは苦笑いしたままちいちゃんに並んで亮くんの後を追った。
「亮くんって、ちいちゃんには厳しいよね」
「そーなのー。昔っから、あんな感じー。お兄さん面してさー。誕生日2ヶ月しか違わないのにさー」
 厳しいながらに、ちょっとした気遣いがあるのはわたしは気づいていたけれど、表だっては辛口なことしか言わない。脇で見てる分には漫才コンビのようで面白いのだけれど、時々あ・うんの呼吸とかもあって、妬けちゃうこともある。だって、従兄妹同士って、結婚できちゃうんだもの。
 お好み焼き屋「神野」の前で、亮くんは待っていた。地元でもおいしいと評判のお店だ。お店のオーナーが広島出身だとかで、結構本格的な広島風お好みを出している。わたしたちが着くと亮くんは扉を開けてくれて、先にわたしたちをお店に入れてくれた。
「お腹ペコペコー」
 人気のお店だけれど、さすがに昼過ぎの店内はお客さんもまばらだった。ちいちゃんは手前の開いているボックス席にどっかり座り、早速メニューをめくった。よっぽどお腹が減っているのだろう。
「わたし、広島ミックスー!」
 店員さんが注文とりに来る前にもう注文を決めてしまった。早っ。わたしはちいちゃんの隣に座り、メニューを受け取った。とは言っても、わたしたちがここに来る時は、9割方「広島ミックス」を頼むのだけれど。
「俺も、同じので」
 向かいに座った亮くんは、メニューも見ずにそう言った。
「じゃあ、わたしも…。の、飲み物はどうする?」
 亮くんは向かいでも、わたしに近い方に座ったから、真っ正面から見つめ合う感じになって、わたしはドキっとした。
「ジンジャーエールー」
「俺、コーラ」
 ようやく奥から出てきた店員さんが、水とおしぼりを持ってきた。
「ジンジャーエールと、コーラと…あと、広島ミックス3つで? あと…?」
 店員さんはわたしたちの話を聞いていたらしく、素早くメモをとってからわたしを見た。
「えっと…。ウーロン茶でお願いします」
 店員さんは、元気に注文を繰り返して奥に消えて行った。わたしはメニューを元に戻すと、みんなにお箸やお皿を回したりしていたけど、正面を向くと亮くんに目が合うので、なんとなく目を逸らしてるうちにちいちゃんの髪の毛が気になった。ちいちゃんの髪はきれいなウェーブのかかったロングヘア。昔からの天然パーマ。しかもちいちゃんは学校一の美人さん。少々日本人離れした顔は、目鼻立ちがはっきりしていて肌は色白。それでいて、あどけない少女の部分をまだ残しているところが、女子にも反感を買わないところみたい。時々ハーフと思われるんだけど、ご先祖さんの話を聞く限りでは全く純粋な日本人らしい。
 そんなこともあって、うちのクラスでは男子からは一番人気。気にしている男子が何人もいるのは公然だった。亮くんがやっかみの対象になるのは勉強ができるってことだけじゃなく、このかわいい従兄妹と仲良くしているせいもあるんだとわたしは思っている。そういえば、亮くんも大和民族とは思えない、キリリとした顔つきをしている。ふたりとも黒髪ストレートヘアで地味目のわたしとは対照的。
「ちいちゃんの髪、綺麗だよね」
 わたしはなんとなくちいちゃんの髪を撫でてみた。
「ぜんぜーん綺麗じゃないよー。朝なんて手入れ大変だし、そのまま放っておくとボーンって膨らむし。瑠璃ちゃんみたいなストレートがいい。瑠璃ちゃんの髪は艶があって綺麗だよ。三つ編みしてたころなんて、かわいかったのにー」
「へぇ、竹泉って、三つ編みにしてたんだ?」
 向かいで頬杖ついていた亮くんが珍しく髪型に興味を示した。
「中学生まで、ずっと三つ編みだったんだよー。腰まで伸ばしてね。かわいかったよー!」
 ちいちゃんは、輝くような顔でそう言った。いや、かわいいという形容詞はわたしじゃなく、ちいちゃんにこそ相応しいと思うの。
「見てみたかったな」
「いやいや、ぜんぜーん、かわいくないですから。やめてよね、亮くん」
「今度卒業アルバム見せてあげるー」
「もう! ちいちゃんまで!?」
 どうしてこの従兄妹達は、こういう時には結託するのか。
「おまたせしました! 広島ミックス3つです」
 そこにタイミングよく、店員さんがアツアツのお好み焼きを運んできてくれた。テーブルの上の鉄板にお好み焼きをのせると、ジューという音と共に、香ばしいにおいが漂った。
「わーい! いただきます!」
 早速ちいちゃんはへらを取り出して、自分のお好み焼きを切りとって口に入れた。熱そう。
「んー。おいしい!」
 亮くんも同じように鉄板からへらで食べている。おいしそうに食べるなぁ。わたしはわたしで、へらで切り分けてから一度お皿に盛ってからさらに切り分けて冷ましておく。二人がもう二口も三口の食べた頃にようやく一口目を食べ始める。
「もう冷たくなってんじゃね? 熱いうちに食べないとうまくないじゃん?」
「瑠璃ちゃんは猫舌だから仕方ないのー。いいじゃない、好き好きなんだからー」
「ごめんね、食べるの遅くて」
「瑠璃ちゃんが謝ることないよー。やけどしないように気をつけてねー」
「うん、ありがと」
 結局、二人が食べ終わった頃でも、わたしはお皿に半分くらい残った状態だった。瑠璃ちゃんはいつものことと慣れた顔をしていたけど、亮くんは少し退屈そうな顔をしていた。わたしは焦って、一所懸命に残りを片付けようとしていた。
「そういえば連休ってどうするのー? 何か予定入ってるー?」
 ジンジャーエールを飲み干してからちいちゃんがそう尋ねた。
「別に。多分、予備校通いかな。一応連休中も自習室開いてるみたいだから」
「えー、勉強するの? どっか行こうよ? 高校生最後の大型連休だよ!」
「おい、俺たち、受験生だぞ。大型連休ってったって、夏休みに比べたら短いじゃんよ」
「だって、夏休みこそは、お勉強しなきゃでしょ?」
「ちいは、夏休みは勉強するつもりなのかよ?」
「しないけどー」
 わたしは黙って二人の話を聞いていたけど、そういえば、二人の進路って、聞いたことなかったなと思って、
「ふたりは、もう受験する大学とか決めたの?」
「わたしは、大学行かないよー。花嫁修業するんだー」
「はなよめって……」
「相手はいないけどねー。うふふ…。なーんて冗談。卒業したら、うちの会社お手伝いするんだ。もう決めてるの」
「こいつん家、自営業やってんだ。食品関係の卸とか」
 自営業らしいのは知っていたけど、卒業したら家業継ぐってことまでは聞いてなかった。いつもちいちゃんの家に遊びに行くと、ご両親がいないので、共働きだっていうのは知っていた。
「じゃあ、亮くんは?」
「うちの親はサラリーマンだからな。俺は、大学行くよ。多分、東京かどこか。国立狙うよ」
「そっかー。東京かぁ」
 なんか寂しい気もした。
「竹泉は?もちろん大学行くんだろ?」
「うん。地元の短大とかかな」
 地元にも短大ならわたしの成績でも行けるところがいくつかあって、それのどこかに行ければいいと思っている。両親も特にそれでも文句はないみたいだし。
 ということは、卒業後は、みんなバラバラになっちゃうんだ。先の話なのに、ちょっと寂しい気がした。
「連休、どっか行こうよ?」
 わたしは、ちいちゃんに乗っかった。何か思い出というか、そんなのが欲しかったのかも知れない。
「マジか。竹泉までそんな事言うと思わなかったぜ」
 意外そうな顔をして、亮くんはわたしを見た。
「おおー、いいねー! 瑠璃ちゃんものってきたねー! いこーいこー」
「分かったよ。じゃあ、前半か後半どっちかだけなら、付き合ってやるよ」
 亮くんがついに折れた。
「ちょっと待ってろよ、予備校のスケジュール見てみるから」
 亮くんは鞄の中から小冊子を取りだした。予備校のパンフレットのようだった。駅前にある予備校の名前だった。全国にある有名予備校で、東大に何人、京大に何人とか外壁にたくさん張られているのをよく見かける。やっぱり、全然レベルが違うなぁ。
「それ、亮くんの通ってるとこ?」
「そそ……えっと。そうだな、後半がいいかな。4連休の大半は自習スペースのみ解放だし、前半は授業もあるから。5月に入ってからにしようか」
「それ、いつも持って歩いてるの?」
「あ? ああ、スケジュール立てに必要だからさ。授業内容とかも書いてあるし」
「じゃあさー、どこ行くー?」
「そんなに遠出はできないだろ? 近場でいいんじゃね?」
「海行きたいなー」
「海って…夏休みじゃねぇんだぞ。それに、日帰りじゃ無理じゃん」
「瑠璃ちゃんと一緒って言ったら、お泊まりでも許可下りると思うんだけどなー」
「俺が無理」
「じゃあ、亮くんも誰か男の子誘えばいいじゃーん」
「いねぇよ、そんなの」
「泊まりは、わたしがダメかも…」
 今までそんな話をしたことがないから分からないけど、パパが外泊を認めるとは思えなかった。いくらちーちゃんと一緒と言っても。
「えー、そうかなー。じゃあ、わたしが瑠璃ちゃんのご両親を説得するよー」
「泊まりはさー、また別の機会にして、他のとこにしないか?」
「やだやだやだやだ、海がいいのー!お泊まりがいいのー!」
 珍しくちいちゃんが駄々をこねた。
「分かった、分かった。検討するよ。俺も一応親には聞いてみるけど。でも、それでダメだったら諦めろよ」
「亮ちゃんとこのおばさんは問題ないよ。わたしが裏工作するから」
 裏工作って、どんなことをするつもりなんだろう。
「それより、瑠璃ちゃんのママには、わたしから言うよ?」
「ま、まあ、その…機会があれば…ね」
 わたしは、ちーちゃんの迫力に押され、背をのけぞらせた。
「今日行くもの。連休はもうすぐじゃない。今日、帰りに瑠璃ちゃん家寄っていく!」
「おいおい、ちい、そんな急に迷惑じゃないか?」
「遊びに来るのは構わないけど…ママも今日は仕事だし、パパも接待だから、二人とも帰りは遅いかもよ?」
 ちいちゃんがうちに遊びに来るのは珍しくはなかったけれど、急にそんな話になったら、二人はどういう反応をするだろうか。
「じゃあ、俺も一緒に行くよ。そしたら、帰り遅くても、俺がちいを送っていけるから」
 亮くんは、黒縁眼鏡を上げながらそう言った。なんだか話が急展開すぎて。しかも、亮くんがわたしの家に来るのは初めてなのに。わたしの胸が高鳴った。
「じゃあ、それで決まりね!」
 ちいちゃんは、鶴の一声というのだろうか、そう言って本決まりになってしまった。
 わたしが広島焼きに手こずってしまったのと、連休の話題に盛り上がってしまったため、お店はお客さんで混み始める時間になってしまった。わたしが全部食べ終わると、急いで会計を済ませて店を出た。
「一応、電話してみるね」
 多分この時間だとまだママは帰宅していないはず。もしかしたら、パパが帰ってきてるかどうかというところ。自宅の番号を選択して携帯で電話してみる。5コールくらい鳴らしてみたが、誰も出なかった。
「とりあえず、行ってみよう?」
 ちいちゃんはそう言って、先頭切って歩き始めた。
「ちいちゃん! 道逆! こっち」
 
 自宅に着いた頃には、陽がだいぶん傾いてきた頃だった。それでも確実に夏に向かっているのが分かるくらいだった。
「だいぶん、日が長くなってきたわね」
「だねー」
「瑠璃ちゃん家、ここだよー」
 ちいちゃんは、自慢げにわたしの家を指さした。
「何度曲がり角を間違えそうになった?ちい、何度も来てるんだろ、ここ?」
 亮くんもつっこみは忘れなかった。ちいちゃんはテヘヘと笑った。
「あ、パパの車……」
 自宅のカーポートには、パパの車が置かれていた。ということは接待から帰ってきたのか。あまりいいタイミングじゃないような気がした。
「へぇ、いい車乗ってるな。外車じゃないか」
「パパ、外車の販売してる人なの」
「そうなんだ?」
「かっこいいよねー、この車」
「どうぞ、入って」
 わたしは、ドキドキしながら、二人を家の中に招いた。
「あ」
 玄関には見慣れない靴があった。男性のものと思われる革靴。それに、リビングから、パパと誰か男性の声がした。
「誰だろう?」
 わたしは一抹の不安を抱えながら、家に上がった。

(作曲:てけさん)

0 件のコメント:

コメントを投稿