2013年7月27日土曜日

「竹取の」第11夜<十一月>

(扉絵:ららんさん)
(作曲:てけさん)

「ドイツ式のコウモリ?」
 わたしは首を傾げて亮くんに訊いた。
「いや、その言葉には大して意味はないんだけどな」
「ないんかいー」
 ちいちゃんは夫婦漫才よろしく亮くんにツっこんだ。
「いや、ないわけじゃないんだけどな。コウモリっていうのはさ、見た目鳥類なんだけど、本当は哺乳類なんだ。イソップの寓話にもあるだろう?」
「卑怯なコウモリだっけー?誰にも信用されなくなるっていうあれよね?」
「そう。でも実はコウモリが卑怯だということを言いたいんじゃないんだ。あの寓話の本来のストーリーはイタチに捕まった時に自分はネズミだと言い、ネズミが敵だというまた別のイタチに捕まった時に、自分はコウモリだと言って逃がしてもらうんだ。つまり、嘘も方便というか、状況に合わせて変化することで生き抜くみたいな教訓を含んでいるんだ。つまり、そいつらが敵対しているのであれば、それぞれの状況に合わせて対処すべきってこと」
 さすがに亮くんは博識だな、なんて感心して聞いていると、ちいちゃんがさらにツっこんだ
「でー?ドイツ式っていうのは?」
「それは特に意味はない。付けたら格好いいかと思って。そ、それより、早く出よう。あんまり遅くもなれないだろうし」
 亮くんは持ってきたグラスからお茶を一気のみして、テーブルに置いた。
「ちょっと待ってー、わたし着替えてくるー」
「別に制服のままでもいいじゃないか」
「そういう訳にもいかないのよ、女の子はー。あれだったら、先に行っててもいいのよ?」
「いや、別々に行動して何かあったらイヤだから待ってるよ。早くしてくれ」
 ちいちゃんは居間を出て自室に引っ込んだ。
「なんか、大変だったみたいだな、竹泉。父さん大丈夫なのか?」
「う、うん。本人はケロっとしてる。今日退院するっていうから、きっとうちに来たらいるわよ。……それより、わたしのこと信じてくれるの?」
 わたしは思い切って聞いてみた。
「ん?その月面人のことか?」
 亮くんは意外そうな顔をした。
「うん」
「それが本当に存在するかどうかは俺が直接見れば分かることで。ただ……」
 と言って、亮くんは一呼吸おいてから、
「ちいならともかく、竹泉はそういうことを冗談でも言うタイプじゃないだろ?」
「ちいちゃんならって……、ちいちゃんだって、そんなこと言わないわよ?」
「いや、俺は何度かやられてるからな……」
 亮くんは少し赤い顔して鼻の頭を掻いた。
「宇宙人が来ただの、地底人が来ただの。何度騙されたことか。あの女、狼少年だからな。竹泉も気をつけた方がいいぞ」
 ちいちゃんの中二病発言といい、亮くんの狼少年扱いといい、二人の意外な側面を聞いたような気がした。まるで兄妹みたいで楽しくもあった。とは言っても、わたしには兄弟姉妹がいないから分からないけれど。
「ちいの言うことなら絶対信じないけど、竹泉が言ったなら俺は信じるぞ」
 軽く付け足すかのように、亮くんはぼそっと呟いた。わたしは改めてそう言われるとすごく照れた。ちいちゃんに同じことを言われるのとは全然意味合いが違って聞こえちゃった。
「あ、あ、ありがとう」
 わたしは焦ってそう返事することしかできなかった。それからしばらくわたしたちはお互いに落ち着かない感じで、どちらからともなく目線を逸らして、しばらく沈黙が続いた。
「おまたせー」
 着替えが終わったちいちゃんが居間に戻ってきた。フリフリスカートのワンピース。
「よし、行くぞ」
 待ってましたとでも言うように亮くんは立ち上がり、玄関に向かった。
「よーし! 行こう行こう!」
 ちいちゃんもそれに合わせて元気に手を挙げた。わたしはそんな元気な二人についてちいちゃんの家を出た。ちいちゃんの家を出ると、いつものように亮くんが少し前を歩き、その後をわたしとちいちゃんが着いていくように歩いていった。
「ね、ちいちゃん? 亮くんがちいちゃんのこと狼少年だって言ってたわよ」
「なにそれ? もしかして、宇宙人とか地底人の話? あれって、小学生あがる前の話だよー。わたしもすっかり忘れてたのにね。もう、亮ちゃんったら、いつまで根に持つつもりかしら?」
 どうやら、さっき台所でそんな話になったのではないかと思われるような話の流れだった。
「でも、いまだに信じてるのよ。だから余計に怒んのよー。そういうんだから中二病だっていうの。さっきも瑠璃ちゃんの話したら、嬉々とした目つきしてたくせにさー」
 わたしはなんだかおかしくなって笑ってしまった。
「ホント可笑しいよねー」
 ちいちゃんも一緒に笑った。
「おーい、早くしろよ!」
 向こうで亮くんの叫ぶ声がした。
「はーい!」
 わたしたちは二人揃って、それに返事した。

 家に着くと私は先に入って、パパの様子を伺うことにした。
「ただいま」
 私が居間に入ると、パパはソファーに寝そべっていた。
「おかえり」
「パパ大丈夫? 」
「ああ、検査の結果も大丈夫だった。もう心配することないよ。ただ、念のため今日はゆっくりしておけって言われてね。ママは一度さっき帰ってきたけど、また仕事に出たよ」
「よかった。じゃあ、もう安心ね。あのね、友達連れてきたんだけど、入れていい?わたしの部屋で……一緒に勉強しようって約束しちゃって」
 わたしは、思わず嘘をついた。
「もちろん、入ってもらいなさい。そうか、そろそろ試験も近いのかい?」
「ううん、この前の英検のおさらいしようって」
「そうか、そうか」
 英検に行ったメンバーではあるから、そう外れてもいないと思うし。
「じゃあ、わたしの部屋にあがってもらうね」
 わたしはそう言って、一度玄関に出て二人を迎え入れた。
「入って。パパは居間で横になってるから、今の内」
 わたしはそっと二人に囁いた。
「お邪魔しまーす」
 二人は一応廊下から挨拶した。居間からはパパの声が聞こえてきた。
「じゃあ、あがって」
 三人揃って二階に上がる。そう言えば、亮くんを部屋に入れるのは初めてだった。
「あ、ごめん、ちょっとここで待っててくれる? 部屋片付けてくるから。す、すぐに片付けるから」
 わたしはそう言って二人を待たせて、先に部屋に入ろうとした。
「ちょっと待って。一応念のためだけど、その…アメなんとかがいるかどうかだけ見た方がいいんじゃないかな?」
 亮くんがそれを制止した。
「そ、そう……ね……」
 言われてみれば、その通り。だけど、亮くんに見られたら困るものがそのままになってたりしたら、イヤだなぁ…と困ってしまった。
「じゃあ、瑠璃ちゃんとわたしで先に部屋入るから、亮ちゃんあっち向いていてー。もしいたら、声かけるから」
 ちいちゃんが助け船を出してくれた。
「わーったよ」
 亮くんは少し不満げな顔をしたけれど、一応ちいちゃんの言うことは聞いた。
「じゃ、じゃあ……」
 わたしはドアノブを握る手に力を込めた。はたして。
「あ……」
 そこはいつものわたしの部屋だった。薄暗くなってきた外が窓からくっきりと見えた。
「いないねー」
 ちいちゃんも一緒に部屋に入ってそう言った。
「多分、まだこの時間だといないんじゃないかと思うぜ」
 廊下から亮くんの声がした。
「ちょ、ちょっと待ってね、亮くん」
 わたしは、部屋の中を一回りして、問題のありそうなものをチェックした。とは言っても、そもそもそんなに物が沢山ある部屋じゃないから、パジャマとかをタンスにしまったり、ベッドの掛け布団をかけ直したりする程度。
「おーい、アメアメちゃーん。いないのー?」
 その間ちいちゃんは、部屋の窓から顔を突き出したり、部屋の隅に向かって月面人を呼んでいた。
「亮くん、いいわよ。入って」
 ちょっとした物を片付けてから廊下の亮くんに声を掛けた。
「お邪魔します。お、意外とシンプルだな」
 ちいちゃんの部屋と比べてっていう意味だろうか。確かに素っ気ない部屋ではあるのだけれど。
「で? そいつは、ここから入ってきたのか?」
 亮くんはすぐに窓向かって行き、わたしにそう訊いた。確かに外はもう薄暗いけど、月が見えるか見えないかくらいの薄暮だった。
「う、うん。最初の日はそこにいたの。そのベランダ。次にちいちゃんと入ったときには、ここにいたの」
 と言って、部屋のど真ん中を指さした。
「そっか…。まだ月が見えないな。でも、もう少しってとこかな」
 亮くんはそう独りごちて窓の外を眺めていた。
「もう少し待ってみようか」
「それには及ばないよ」
 亮くんが待とうと言い出した時、どこからかあの声がした。
「ボクをお探しかい?」
「お、お出ましか」
 亮くんは確かに嬉々とした目をして、部屋の中を見回した。
「今日はまた賑やかなことで。お友達かい? 瑠璃ちゃん?」
 ベッドの上に、ぼやんとした白い影が現れたかと思うと、それはあの不思議な生物体に変化した。
「おっと……」
 不意打ちをもらったかのように亮くんは少し驚いた表情をした。けれど、目は輝いていた。
「う、うん。ちいちゃんはこの前会ったわよね。こちらは、ちいちゃんの従兄妹で段逆亮くん」
「へぇ、茅衣子ちゃんのイトコねぇ。よろしく」
「よ、よぉ」
 亮くんは興味深げにアメツチの姿を眺めた。
「でも、他の人には内緒だよって言ったよね?」
 アメツチは少し低い声でわたしに向かって言った。目が怒っているのか、悲しんでいるのか、笑っているのかが分からない。
「ごめーん。わたしは言っちゃったんだー」
 ちいちゃんはすぐにそう切り返した。悪意のない笑顔で頭を掻きながら。アメツチは少し間を置いてから。
「そうか、じゃあ仕方ないなぁ……。でも、ボクの邪魔はしないでもらえる……よね?」
「邪魔はしないが、ちゃんとした説明をしてもらうためにここに来た」
 今度は亮くんが割って入ってきた。
「説明?」
「そうさ。竹泉はおとなしいからさ、何も言わずにお前の要求を飲んだんだろうけど、ちゃんとした説明もなしに人に協力を求めるのは、俺達人間の世界では常識外れっていうものでさ。協力してもらいたいなら、納得できる説明をしてやりなよ」
「ほう……そういうことだね。わかったよ。では、どこから説明を始めたらいいのかな?」
 アメツチは大きな目を細めてそう言った。亮くんとアメツチの間で緊迫した空気が流れた。
「まずは……アメツチって呼んでいいのか?俺は亮でいい」
「はい、アメツチノオオワカミコだけど、言い辛ければアメツチでも、オオワカミコでも。よろしく、亮」
「じゃあ、アメツチ。月面人だってな?それが本来の姿なのか?」
「そうだよ月面人だよ。それとこれは仮の姿。ボクたち月面人はどんな姿にでもなれるんだ」
「じゃあ、何故人間と同じ姿で現れない?」
「こんなところに人間の姿で現れたら、単なる強盗か痴漢扱いされるじゃないか。だから、猫の姿で入ってきたんだ。これならまず怪しまれることはないだろ?」
「イヤにリアルだな…。ってか、それ、猫じゃねぇから」
「え」
 アメツチは一瞬固まった。
「これ、猫じゃないのか?」
 アメツチはわたしとちいちゃんの方を交互に眺めた。わたしたちは無言で首を振った。
「寒いな…ボク」
「ま、まあ、それはいいや、その姿で慣れたんなら、俺達も別に困らないし。それより本題。月が死にかけているからそれを助けてほしいって、竹泉に言ったんだよな?その意味をもう少し詳しく話せ。どうして月が死にかけているのか? どうしてそれを竹泉が助けることができるのか? 昨日竹泉にやらせた儀式の意味。それをちゃんと説明しろ。納得できなかったら、協力はできない」
 亮くんはそこまでを一気に言い切った。アメツチは、それを聞き終えてから、猫がよくやるような、前足を舐め、顔を拭くような仕草をした。
「いいよ。説明しよう。けど、かなり長くなるから、時間を止めようか。いいかい?」
 アメツチはそう訊いた。わたしたち三人は揃って頷いた。

(作曲:てけさん)

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