2013年9月5日木曜日

「Nコン!」第1コーラス目 「合唱部!」

読むための所要時間:約8分

 『仰げば尊し』という言葉は今は昔。卒業という言葉はかりそめに。特にほぼ全生徒が同じ中学に進学する小学校では、児童の感動もいかほどか。ただ、感動するは親ばかり。ところが、ここに一人だけ感涙にむせる少女がいた。
 その名を煌輝真湖(きらめき まこ)という。苗字からしてDQNネームなのだが、これが本名なのだから仕方がない。何事にも感動しやすい性格なため、他の子達が壇上で誰かが挨拶をしているのを横目で見ながらクスクスと笑っているところに、真湖は一人ハンカチを離すことができずにいた。せっかく母親が大枚はたいてレンタルしてきた袴を着せてもらったというのに、馬子にも衣裳が台無しである。
「真湖ちゃん、大丈夫?」
 真湖の後ろに立つ合歓乃愛琉(ねむ のえる)が心配そうに声をかけた。乃愛琉は真湖の無二の親友である。普段から好奇心旺盛でどこでもチョロチョロする真湖に対して、比較的低学年の頃から落ち着いている乃愛琉は、どちらかというと保護者的な立場に近い。
「う゛ん……。大丈夫」
 とは言いながらも涙は止まらなかった。ついでに鼻水も。
「在校生からの合唱曲を送ります」
 在校生からの合唱曲での見送りは石見沢中央小の恒例だった。去年は真湖達も歌った。今年の送り曲はアンジェラ・アキの「手紙」。真湖も大好きな曲だった。前奏が始まったあたりから真湖の感動は最高潮になった。
「ぶえええぇぇん。どえるぅ…」
「はいはい」
 ハンカチを顔いっぱいに広げて泣きじゃくる真湖に乃愛琉は優しく頭を撫でてあげた。そう言えば、小学校に入学したばかりの頃もこんなことがあったような気がすると、乃愛琉は思った。どうして真湖が泣いていたのかが思い出せないのだけれど、確かに小学校の玄関前で彼女が泣いているのをあやした光景が目に浮かんだ。
「乃愛琉、変なこと思い出すね」
 泣いていたはずの真湖が赤い目を乃愛琉に向けた。乃愛琉は真湖に何も言ってはいない。ただ、その時の光景を思い出しただけだった。
「だって、あの時も真湖泣いてたじゃん。なんで泣いてたんだっけか?思い出せないのよね」
 それでも、乃愛琉は特に不思議にも思わない様子で答えた。
「なんかね、ひぃっく……、学校行きたくないって、ごねたような気がする……」
 真湖のこの不思議な感覚は、もう随分と前から乃愛琉は知っていた。最初は時々おかしなことを言うなと思った程度だったのだが、お互いに成長していくうちに、真湖が乃愛琉の心を読んでいることに気がついたのだ。もちろん他の子には内緒だし、真湖の両親も気づいていない、二人だけの秘密なのだが。
「そっかー。真湖ちゃん、昔から朝弱かったもんね」
「えへへ」
 真湖はまたハンカチで目の周りを拭いた。
 ただ、この真湖の不思議な能力は普段は発現しないもので、大抵の場合は、何かに感動した時とか、驚いたりとかで真湖の感情に起伏ができる時に、直接触れることができた人に限るということが最近分かってきた。だから、今日も卒業式というイベントに心を揺さぶられた真湖に触れた乃愛琉の心を読めたのだろうと、乃愛琉は思った。

「いやー! 感動したねー!」
 卒業式が終わり、卒業生が教室に戻る頃、真湖は大きな伸びをしながらそう叫んだ。泣いた烏がもう笑ったと、乃愛琉はくすり笑った。
「ばっかじゃねー、お前」
 と、後ろから剣藤阿修羅(けんどう あしゅら)が真湖の頭を小突いた。阿修羅は真湖の幼馴染みで家が隣同士の腐れ縁。
「あっしゅ! なにすんのよ!」
 真湖は小突いた阿修羅の手を掴まえようとして空振った。
「今時、小学校の卒業式で号泣するヤツいねーよ。ならま目立ってたぞ、お前」
 ちなみに、「なまら」というのは、北海道弁で「とても」とか「非常に」という意味の方言である。
「うっさい! 素直に感動して何が悪いのよ?小学6年間の思い出に浸ってたのよ」
「だってさ、別に学校バラバラになるわけじゃないし、6年間って言っても、お前低学年のこととかまともに覚えてないべ」
「そんなことないもん。それに、先生とはここでお別れじゃん」
「学校近くだから、なんぼでも遊びに来れるけどな」
「あっしゅには、女の子のセンチメンタルは分かんないのよ」
 真湖はあっかんべーした。
「わからなくて結構。俺は男だしなー」
 阿修羅はそう言って、丸めた卒業証書をくるくるさせて先に歩き始めた。
「おれーとかって、格好つけちゃって、もう」
 小学6年は丁度過渡期で、男子は「僕」から「俺」になんとなく変わる頃。先に「俺」と言えるようになった方が勝ちみたいな雰囲気が男子にはあった。女子からすると、昨日までの「ガキ」が背伸びしているようにしか見えないから、気に障るのである。
「ちょっと、止まらないで。後つっかえてるんだから」
 今度は紺上灯(こんじょう あかり)が真湖の背中を突いた。灯もやはり真湖と幼馴染みで近所住まいなのだが、ツン属性の灯とはあまり真湖は相性がよろしくないらしく、乃愛琉が見るにこの二人はいつもこんな感じである。かと言って、喧嘩するほど仲が悪いわけではなく、なんとなくつかず離れずいるのが不思議なのではあるのだが。
「あ、ごめん」
「小学生の卒業式でよく泣けるわね」
 灯も真湖に捨て台詞を吐いて横を通り過ぎた。
「散々言われたね」
 真湖は舌を出して苦笑いした。けれど、さほど効いた風はない。
「だって、実際目立ってたもの」
 多分、全校生徒の注目の的になっていたとまで言いかけたけれど、乃愛琉は気を遣ってそこまでは言わなかった。

 卒業式終了後、真湖たち4人はゆっくりと帰宅の途についていた。真湖と阿修羅は隣同士で、乃愛琉と灯も同じ方向なので、特に示し合わせているわけではないのに、いつもなんとなくこの4人で帰宅することが多かったのだ。小学校からの一緒の帰りはこれで終わり。
「ねえ、あっしゅは、中学入ったらやっぱり野球部入んの?」
 阿修羅は地元リトルリーグに所属していて、4番でショートを守っている。
「ああ、もちろん。真湖はなんかやんのか?」
「うん、あたしは合唱部入んの」
「合唱部?」
 阿修羅の声に合わせて乃愛琉と灯も意外そうな顔をした。
「翔平にいちゃんが中学の時合唱部だったんだ」
「へぇ、翔にいがね。意外」
 翔平というのは真湖の従兄で、同じく阿修羅もよく相手してくれた。乃愛琉と灯も面識がある。
「乃愛琉も一緒にやるよ。ねー?」
 乃愛琉には前々からそう誘っていた。二人とも唄が大好きだから。
「灯もやんない?」
「私は塾で忙しくなるから」
「なーんだ。つまんないの」
「灯、塾行くの? 中一から?」
 阿修羅が少し驚いた。
「学校だけの勉強じゃ足りないって。今の塾でもそう言われてるし」
 確かに灯は小学生のうちから塾通いしていた。一部では札幌の私立中学を狙うのではと噂されてきたが、結局は地元の中学を選んだらしい。
「石東(せきとう)狙うならね」
「灯、石東狙ってるんだ。すげーな」
 『石東』とは、石見沢東高校のことで、空知管内ではダントツの進学校である。東大、北大その他の国公立大学を志す者も多い。
「石東って、翔平にいちゃん今年卒業したとこだよ」
 と、真湖は軽々と言うが、その言葉の重みはまだ分かってない。
「翔にい、頭よかったもんな」
「じゃ、わたし、ここで。またね」
 最初に乃愛琉が自宅前で手を振った。
「したっけ。次は入学式か」
 阿修羅が卒業証書の筒を振って返事した。灯は黙って手を振るだけ。
「だね」
「乃愛琉、明日ね」
「うん、また明日」
 二人は明日中学の制服を一緒に注文しに行く約束をしていた。
 次に灯が角を曲がって別れ、最後は阿修羅と真湖だけになる。
「翔にいは札幌に行ったんだべ?」
「うん、先週」
 翔平は今年めでたく北大に合格し、つい先日札幌に旅立ったばかりである。
「すげーな、北大かぁ」
「だね」
 阿修羅と真湖からすれば、北大なるものは雲の上の存在である。
「真湖は、従妹なのに、なんで頭悪ぃんだべな?」
「うっせぇ、あっしゅに言われたくない」
 小6の成績でいうと、二人はドングリの背比べで、クラスの平均を超えることはなかった。翔平は親戚一同の中でも珍しく飛び抜けて成績が良かったから、むしろ突然変異は翔平の方だった。
「俺はできないんじゃなくって、やらないだけ」
「はい、はい。阿修羅様」
「その呼び方すんなって言ってるべ!」
 阿修羅は自分の名前が嫌い。だから、同級生には『あっしゅ』とあだ名で呼ばせるか苗字で呼ばせている。
「あ、じゃね」
 真湖は舌を出しながら玄関先に飛び込んだ。
「ああ、したっけ……。……あ、あのさ」
「ん?」
 阿修羅は少し躊躇う仕草を見せる。
「俺たち、中学生なんだな?」
 少し恥ずかしそうな言い方をする阿修羅に、真湖は特に気にしない様子で、
「そうだね。楽しみだね。じゃね!」
 手を振って家に入って行った。それを背後から眺めながら、阿修羅は深い溜息をついた。


 短い春休みを終えて、真湖達は中学校の入学式に臨む。
 真湖達が通うことになる学校は、石見沢市立西光中学(いしみざわしせいこうちゅうがく)といい、石見沢駅前に建つ中学校で、歴史も古い。全学年で353名。各学年4クラス。特別支援学級を含めると全校15クラスになる。陽光(ようこう)小、石見沢北小、石見沢西小、石見沢中央小の4つの小学校の学区が集まる中学である。但し、全校生徒が西光中学に編入されるのは真湖たちの在校していた中央小と西小だけで、他2校は学区によって別の中学に進学する生徒もいた。
「こらぁ! そこ喋らない! もう小学生じゃないんだぞ!」
 体育教師かと思われる、全身ジャージの先生が大声を張り上げた。校長の挨拶の最中である。
「なにあれ?」
「こぇぇ」
 中学最初の洗礼を受けてざわつく一年生を尻目に、上級生達は黙って校長の話を聞いていた。さすがに中学になると違うものだなと真湖は感心するばかり。新品の制服はまだ慣れないため、少し着心地が悪かったけれど、自然に背が伸びるものであると感じた。
 幸いというか、真湖たち4人はまた同じクラスだった。玄関前に張り出されたクラス編成表を見て、真湖と同じクラスだと気がついて灯はあからさまに嫌な顔をしたが、阿修羅もまた同じだと知って、また表情を変えた。その表情に気がついたのは乃愛琉だけだったが。
 そういうわけで、入学式では小学校の時と変わらず真湖の後ろは乃愛琉で、少し前に灯がいるという並びにはあまり違和感はなかった。
「1年3組担任、英美佐恵(はなぶさ みさえ)先生です」
 式が始まる前に教室で自己紹介していた先生が名前を呼ばれて一礼した。あまり冴えない感じの女の先生だなというのが真湖の第一印象だった。
「28歳独身、国語を担当します」
 教室ではそのように話していたが、28歳という年回りが、独身としてどうなのかは真湖はあまりよく分からなかった。ただ、あまりの気迫のなさに、若干先が思いやられそうな予感だけはした。
 入学式は滞りなく終わり、やっぱりなんとなく4人が固まる。
「あっしゅどうすんの?」
「野球部見学に行ってくるわ」
「じゃあ、あたしたちは合唱部見に行ってこようかなー? ね、乃愛琉?」
 乃愛琉は黙って頷いた。
「灯、どうすんの?」
 阿修羅がふと灯に振ると、灯は阿修羅と乃愛琉を見比べるようにしてから、
「帰る」
「えー。じゃあ、一緒に合唱部見に行こうよー?」
 と、真湖が無理に灯の手を引いた。
「すぐ終わるってば」
「あ。そしたら、みんなで野球部見に行ってから、合唱部見に行かない?」
 乃愛琉がうまいこと折衷案を出した。
「俺はそれでも構わねぇけど?」
 灯もそれならと頷いた。真湖だけはちょっと不満そうな顔をしたけれど、結局は全員で野球部の見学を優先することになった。
「よぉ。剣藤来たか」
「うぃっす! 先輩、お世話になります!」
 阿修羅は大声で挨拶して、深々と頭を下げた。相手の先輩のユニフォームを見ると『YAMASAKI』と書かれてある。阿修羅がしばらくその先輩と話をしている間、真湖たち3人は高台で野球部やその他の運動部の先輩達が練習している風景を眺めていた。
「ねぇ。なんで、合唱なの?」
 突然灯が真湖に訊いた。
「だから、翔平にいちゃんが……」
「じゃなくって、なんで、合唱なのって」
 語気を強めた灯の言わんとするところを掴めなくて、真湖は少し戸惑った。
「どうして、合唱部? じゃなくって、どうして合唱やりたいのかってことなんじゃないの? つまり、歌うこと?」
 乃愛琉が間をとる。灯はそれに軽く頷いて、真湖を見た。『なんでそんなことわかんないのよ、おばかさん』と目は訴えていたが、残念ながら真湖にはそれは届くことはなかった。
「あー、なるほどー。あのねー、翔平にいちゃんがここの合唱部にいた時に一度文化祭見に来たんだ。おばさんに連れられてー。その時聴いた曲がさー、超よくってさー。中学入ったら絶対これやろう! って思っててさー」
 真湖はタクトを振るフリをしてみせた。
「ふーん」
 灯は訊いておきながら、あまり興味のなさそうな顔つきをした。
「お待たせ。行こっか?」
 と、そこに阿修羅が戻ってきた。
「もういいの?」
 灯が気を遣って訊いた。
「ああ。いいんだ。もう春休みの内に話しついってっから。山咲先輩から顔だけ出せって言われてただけだったんだ。合唱部って、どこ?」
「音楽室じゃない?」
 真湖が即答。
「でもさ、文化系ってやってんのか? 運動系は大体出てるみたいだけど」
「行ってみたら、わかるっしょ」
 という真湖の答えに、
「相変わらず行き当たりばったりのヤツ」
 と阿修羅は溜息をついたが、困った顔するだけで、それ以上は言わなかった。
「じゃー、レッツゴー!」
 真湖は音頭を取るようにして先頭をきって玄関に入っていった。
「ここだー」
 しばらく校内図を見ながら迷いかけた結果、ようやく4人は音楽室を見つけた。
「静かだな。やってねーんじゃねーの?」
 明らかに室内には誰もいない雰囲気。
「あれー、おっかしいなぁ。合唱部だけは年中練習してるはずだって、翔平にいちゃんは言ってたのに」
「翔にいと話したのか?」
「うん、昨日ね。多分春休み中から練習してるはずだって」
 真湖は恐る恐る扉を開いてみた。音楽室の中には誰もいなかった。
「やっぱ、いねぇじゃん。まだ練習始まってねぇんだべ」
「どうしたい?」
 4人の背後から、老齢の教師が声を掛けてきた。入学式の時に司会進行を務めていた先生だった。
「1年生だね?」
「あ、はい。あの。合唱部って、まだ練習してないんでしょうか?」
 真湖が最初に返事をした。
「合唱部かい?」
 その教師は少し困った顔をしてから、
「合唱部は2年前に廃部になったよ」
 と、優しい口調で答えてくれた。
「え? えーーーーーーー!?」
 真湖の叫び声が、廊下の端まで響き渡った。
「廃部になったんですか?」
 その老齢の教師は、一瞬真湖の叫び声に驚いた顔をしたが、やがて落ち着いて、また元の優しい顔になった。
「ああ。なかなか部員が揃わなくなってな」
「じゃ、じゃあ、三越先生は?」
「三越先生は、合唱部が廃部になる直前にお亡くなりになったよ。それから、合唱部を指導する先生もいなくてな」
「え……」
 真湖は絶句して、声にもならなかった。
「ん? 三越先生って?」
「翔平にいちゃんがお世話になった合唱部の顧問らしいよ。わたしも今朝真湖ちゃんから聞いたんだけど」
 乃愛琉が途方に暮れている真湖に代わって阿修羅に説明した。
「ああ。三越先生がいらっしゃった時はここの合唱部が全盛の時でな。何度かコンクールに受かって札幌まで行ってたこともあったよ」
 その教師もその頃の事情はよく知っているらしく、そう説明した。
「君たちは、合唱部に入部希望なのかい?」
「あ、わたしと、真湖ちゃ……煌輝(きらめき)さんが」
「そうかい。でも、安心していいよ。合唱部は廃部になったけど、今でも毎年夏前になったら、各クラスから数名づつ集めて、仮の合唱部をつくっては、毎回コンクールに出場はしているから。多分、担任から説明があるはずだよ」
「コンクールですか?」
「ああ、NHK主催のコンクールだよ。毎年……確か夏頃に地区予選なんじゃなかったかな。先生は担当じゃないからそれほど詳しくはないんだが」
「それです!」
 真湖が急に復活した。
「NHKコンクール! Nコン!それに出場したら、いいことあるって、翔平にいちゃんが言ってた!」
「なんだ。そういうことか。じゃあ、良かったんじゃね? とりあえず、その…NHKのコンクールに出場はできるんだからさ。じゃあ、今日は帰ろうぜ」
 阿修羅は踵を返して、玄関の方に向かおうとした。灯もそれに着いていこうと……。
「違うもん! 出場するだけじゃダメなんだもん!」
 真湖はポニーテールをブンブン振り回しながら大きく首を振った。
「は?」
 真湖の迫力に阿修羅は振り返って呆気にとられた。
「Nコンで、全国に行くんだもん。翔平にいちゃんと約束したんだもん」
「全国ぅ?」
「さすがに、全国は無理だべな。三越先生の時でも、確か……全道大会出場が最高だったんじゃなかったかと思うぞ」
 詳しくはないと言っていたその老齢の教師でさえ、真湖の言葉には困惑した。
「そ、そうなんですか……?」
 真湖は困った顔をした。
「お前、調べもしないで、翔にいとそんな大層な約束したのか? 俺達野球部だって、全国に出るっつーたら、ほとんど無理だってーのによ。部活がない以上、無理じゃん?」
 真湖はがっくりとうなだれた。
「まあ、あんまりがっかりしなさんな。合唱が好きなら、さっき言ったとおり、夏にはコンクールも出られるし、校内の合唱コンクールは今年も予定されてるしな」
 あまりの真湖のがっかりさ加減に、その教師も同情をした様子だった。
「わかりました、ありがとうございます」
 灯はそう言って、その教師に礼をした。それから阿修羅と玄関に向かおうとした。けれど、阿修羅はそれに着いていこうはせず、
「ほら、真湖、行くぞ」
 と、一旦真湖の所に戻って、肩をポンと叩いて、促した。
「すんません、ありがとうございました」
 真湖がゆっくりと動き出すと、阿修羅は灯に倣って教師に礼をした。最後に乃愛琉も同じように挨拶してから4人で玄関に向かう。
「まあ、元気出せ。しょっぱなから夢破れたのは悔しいかもしんねぇけど、仕方ないじゃん」
「指導する先生がいないんじゃね」
「夏にはやれるっていうし、コンクールには出られるんだから。ね。真湖ちゃん」
 落ち込んだ風の真湖に、3人がそれぞれに声を掛ける。と、突然真湖が振り返って、さきほどさきほどの老教師に訊いた。
「せんせー! 放送室ってどこですか?」
「は? 放送室かい? この廊下をずっと行った右にあるよ?」
「ありがとうございました!」
 そう言って、真湖は走り出した。
「おい、真湖、どうすんだよ? 放送室? ……って、まさか、おい!」
 阿修羅は今一瞬頭に浮かんだ光景を思い出して焦って、真湖を追いかけ始めた。残った灯は再度教室に頭を下げて、彼ら3人の様子を伺っていた。
「ちょっと、真湖ちゃん?」
 乃愛琉は呆気にとられたけれど、真湖を追いかける阿修羅に着いて廊下を進んでいった。真湖は駆け足で放送室に向かった。言われた通り、放送室は右側にあった。
「失礼します!」
 真湖は勢いよく放送室のドアを開いた。中には数名の放送部員と思われる先輩方がいたが、皆一様に目を見開いて驚いた顔をした。
「マイクお借りしますね!」
 放送室にずかずかと入ると、真湖は見覚えのあるスイッチに手を伸ばした。小学校の放送室と同じ機器だったから、すぐに分かった。
「おい、真湖、待て!」
 続いてドアを開けた阿修羅が放送室に駆け込んだ時には、すでに遅かった。

「1年3組煌輝真湖です! 合唱部を作ります! 歌うの大好きな人集まってください! よろしくお願いいたします!」

 その声は、大音響で校内及び校庭にいる在校生と教員全員に響き渡った。

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