読むための所要時間:約6分
「相変わらず無茶苦茶だなお前」
職員室でこってりしぼられた後、4人は下校の途に着いていた。
「ばっかじゃない。なんでわたしまで怒られなきゃならないのよ」
阿修羅と灯が揃って真湖を責めた。
「ごめ~ん。なんか、急に叫びたくなって」
と、真湖は二人に謝るが、全く悪びれる様子はなかった。
「しかも、なんで俺のマネするかねぇ……」
と、阿修羅は遠い目をした。
それは、ついさっき、真湖の肩を叩いた時に思い出した光景のこと。小学5年の時に阿修羅が友達数名と放送室を占領した時のことだ。悪戯心で放送室に忍びこみ、言いたい放題やったのだった。もちろんその顛末は真湖たちも知っていて、最終的に校長先生にこっぴどく怒られたのだが。
「なんか、急にあの時のこと思い出しちゃってさー」
確かに阿修羅もその時のことを思い出していた。そして、『全校放送で流しちゃえばいいんじゃね?』なんてことを軽々しく思ったことも確かではあった。だから阿修羅もそれ以上は真湖を責める気にはなれなかった。しかし、それはあくまでも妄想であって、実際にやるようなことではなかったはず。真湖が放送室に向かって走り出した時、嫌な予感はした理由はそこだった。
「でもさ! これで、合唱部員集められそうじゃん?」
「だから、合唱部は無理だって、さっき先生に言われたばかりだべ」
担任からは、部活の新設は学生の自治ではなく、教職員の判断だと言われたのだ。
『だって、よく、部活って、5人揃えばできるとか聞きますよね?』
それでも、真湖は食い下がった。
『それは、高校生とかの話でしょ? 少なくともこの中学校では、そういう規則はありませんから』
と、やる気のなさそうな担任はけんもほろろにそう言った。
「でも、やりたい!って人が沢山集まったら、先生たちだって止められないんじゃない?」
「お前、どんだけポジティブなんだよ。入学早々あんな問題起こしておいて、そう簡単に認められるわけないじゃん」
さすがの阿修羅も呆れた。
「まあさー、とりあえず、4人は大丈夫なんだからー、あと5~6人くらい集まってくれないかなー?10人くらいいたら、さすがに先生もOK出すんじゃないかなー?」
「4人って、誰のことよ?」
灯が聞き逃さなかった。
「えー、誰って、あたしと乃愛琉と灯とあっしゅ」
指折り数えながら、真湖が当たり前のように言った。
「だから、わたしはできないって言ったっしょ!?」
「俺は野球部だっつーの」
乃愛琉が苦笑いした。
「いいじゃーん。頭数揃えるだけだからー」
「お前、頭数の意味分かってないだろ?」
「とにかく、わたしは合唱部なんて入らないからね」
頭を抱える阿修羅の横であくまでも冷淡に灯が言い放った。
「それに、掛け持ち無理だろ、ふつー」
「なんとかなるっしょー」
それでも全くめげないのが真湖流。
「ところでよ、翔にいとどんな約束したんだよ?」
阿修羅がさっき真湖が叫んでいた「約束」について尋ねた。
「うん。翔平にいちゃんが合唱部にいた時にね、全道大会まで行ったんだって。でも、全国には行けなかったって。だから、あたしが代わりに全国行くって約束したの」
「翔にいでも行けなかったの、お前でできるわけないじゃんよ」
「そんなこと、やってみなきゃ分からないじゃない?」
「お前、合唱舐めてるんじゃないか? さっきも言ったけどな、俺たちのチームだって、空知大会ではいいとこいくけど、全道になったら、全くレベルが違うんだぜ。全国なんて夢のまた夢なんだからな。大体、お前、その……NHKコンクールのこと、どんだけ知ってるんだよ」
さっきの真湖の言葉から察するに、ほとんど知らないことは承知だった。
「む……」
これにはさすがの真湖もぐうの音が出なかった。
「じゃあ、調べてく?」
ちょうど乃愛琉の家の前に着いたところで、乃愛琉が真湖にそう告げた。
「乃愛琉んとこ、パソコンあるんだっけ?」
「お兄ちゃんの使ってるのが居間にあるから。今だったらまだお兄ちゃん帰ってきてないはずだし」
「わたしは帰る。塾あるし」
灯だけ先に帰ることに。
「したっけ、明日な」
「ばいばーい」
「またね」
3人は灯を見送ってから、乃愛琉の家に入った。
「NHK……合唱……コンクールっね」
乃愛琉は器用そうにパソコンのキーボードを叩いた。
「やっぱ、あたしもパソコンほしいなぁ……」
その様子を横で見ながら真湖が指を咥えた。
「あ、あった。これね」
乃愛琉が開いたページは、ウィキペディアのページだった。正式名称『NHK全国学校音楽コンクール』。1932年から続くNHK主催のコンクールで、今年2013年で80回目を迎える伝統的な合唱コンクールである。
「80回もやってるんだ?」
「だから、そんなことも知らないで出場するとか言ってんのかよ」
「全国で1000校近くが参加ですって」
「1000校!」
「そりゃそうだべ、全国だもの」
「公式ページ見てみるね」
乃愛琉がマウスを動かして、ページを切り替えた。
「北海道地方……空知地区大会……8/18日ね。市民会館ですって」
「なんだ、夏休み中じゃん」
「あ、ここに去年の結果が出てるわ」
2012年の空知地区大会の結果一覧が記録されていた。
「金賞、緑中。うちは銀賞ね。空知地区7校のうち2位」
「銀賞って、全道行けるの?」
「ううん、空知からは1校だけしか出てないみたいだから、金賞取らないとならないんじゃないかな?」
「1校だけなの?」
「だって、全道大会、13校しか出場できないのよ」
去年の全道ブロックの出場校一覧が表示された。道内全9ブロックから13校しか出場できない。うち5校は札幌からだった。
「去年、緑中って、全道大会で何位?」
「えっと……」
真湖の相次ぐ注文に乃愛琉の手がせわしなく動く。
「奨励賞って、ほとんど参加賞じゃん。つまりゲッパ(※)ってことだべ」
阿修羅がそれみろと言わんばかりに画面に指をつきつけた。
「むー。でも、ちゃんとした部じゃなくっても、空知ではうちは2位だったんでしょ!ちゃんと頑張れば全道でだって金賞とれるかも知れないじゃん」
真湖も負けてなかった。
「でも、見て見ろ。全道大会、札幌の学校が上位占めてるじゃん。レベルが違うんだよ、レベルが」
阿修羅も何度か遠征で札幌のリトルリーグと練習試合をしたことがあったが、その度に地方と札幌のレベルの差を痛感させられていた。
「とにかく、全国なんて夢のまた夢。まあ、なんとか全道にはいけるくらいにはなるかもだけどな」
「それでも、全国目指すんだもん!」
「しっかし、諦めの悪いヤツだな」
阿修羅は呆れながらも、それ以上は強くは言わなかった。
「だって、翔平にいちゃんと約束したし」
「にしても、翔にいだったら、どんだけ大変が分かってるはずなのにな。なんで、真湖にそんな約束させたんかね?」
「それは、あたしが約束したから。全国大会行けたら、絶対すごいいいことあるって、翔平にいちゃんが言ってたの聞いて」
「なんだ、真湖が勝手に約束したってことかよ」
そうは言いながらも、もし万が一でも全国に行けるなんてことになったら、それはそれで素晴らしいことではあると、阿修羅は思った。そうなると、自分も負けていられないことになるなと自分の中にも熱が篭もってきた感じを受けた。負けず嫌いの性がむくむくと頭をもたげてきた。
「真湖ちゃん、頑張ろうね!」
乃愛琉は、ブラウザを閉じてから、そう言って真湖を励ました。
「うん!」
翌日、1年3組の教室。
「いよ!大統領!」
「入学初日から有名人だな!」
「即、職員室に呼び出しだって?」
真湖たちが教室に入るとやんややんやの大喝采を浴びる。声を掛けるのは主に男子だが。いまだ1年生の教室は小学校の雰囲気をのままを引きずっていた。
「いやー、どうも、どうもー」
真湖はおだてられたまま、頭を掻き掻き、壇上に上がった。灯は早々に自分の席に座り、知らない人のフリをした。阿修羅は、真湖が何を始めるのかと戦々恐々と壇上の横で待機。またヤバイことをしそうなら、止める算段。乃愛琉は、どうしたものかとオロオロするばかり。
「というわけでー、合唱部つくりますので、入部希望者は、あたしのとこに来て下さいね!」
「がんばれよー!」
「応援だけはしてやるからなー」
主に男子が囃し立てるだけで、入部希望者が申し出る場面はなかった。けれど、真湖はそれでも変わることなくそのまま壇上を下りた。阿修羅は拍子抜けした。
「そんなんでいいのかよ?」
「とりあえず、みんなが合唱部のこと知ってくれたらさ。少しづつでも集まってくれればいいかなーって。それにうちのクラスへの勧誘はいつでもできるしね。後回しでもいいかなって」
「今日は随分と冷静なんだな」
昨日の今日でまた何かやらかすのではと予想していた阿修羅はすっかり空振りだった。乃愛琉も二人についていくようにして自分の席に座った。
真湖の周りには主にやんちゃ系の男子が群がり、最初に職員室に呼ばれた英雄(?)として絶賛の声を浴びた。反面、大半の女子からは「あれ、バカじゃない」という冷笑を受けていた。中には明らかに男子にチヤホヤされている真湖に対する嫉妬っぽいものも含まれているようではあるなと、乃愛琉はクラスの大体のグルーピングに興味を持って見ていた。
「剣藤だっけ?」
そんな中、真湖に興味を持っている雰囲気の男子の一人が、阿修羅に近づいてきた。
「ん? そうだけど?」
阿修羅はイスの後ろ足だけに重心を掛けながら、ぶらんぶらんとだらしなく座っていた。
「あ、俺、塩利己翔(えんりこ しょう)。エンリコでも、翔でもいい」
「エンリコ? 外人? 中央小じゃないよな?」
「ハーフなんだ。イタリアとのね。ああ、札幌から越してきたんだ」
「へぇ」
ハーフにも、札幌にもあんまり興味がない様子で返事する。そう言えば、昨日入学式後の自己紹介の時間にそんな話を聞いたようにも思うが、ほとんど寝ていたので、よく覚えていない。確かにそう言われると、顔立ちも少し日本人離れしているところもあるし、目の色も若干薄いかも知れない。
「なあ、一つ聞いていいかい?」
「ああ」
「剣藤って、煌輝(きらめき)さんと付き合ってんの?」
「な! な、何バカな事言ってんだ、お前ぇ! ん、んな……んなわけないじゃん」
阿修羅は驚きすぎて、コケそうになった。後ろの席の乃愛琉は目を見開いて驚いた。中1男子でこんなにおマセな男の子がいるのかと。さすが札幌。さすがハーフ。
「おっと、気をつけてよ。そう? なんか良い感じに見えたんだけどね。違うならいいか」
「お前が、驚かすからだべ。……いいかって、何がだよ?」
「煌輝(きらめき)さんって、可愛いよね。ボク、立候補しようかなと思って」
「立候補って……? 合唱部に入るってことか?」
「うん、それも含めてね」
そう言って、翔は阿修羅に手を振って真湖の座る窓際に向かった。
「はーい、ごめんよー。通してー」
真湖に群がる男子をかき分け、翔は真湖の前に出た。
「煌輝さん、合唱部入ってもいいかな?」
真湖は目をぱちくりさせた。さっきまで群がってくる男子は、真湖の奇行には興味は示しても、合唱部のことにはとんと触れてこなかったのだ。
「もちろん! 誰でも歓迎だよ!」
真湖は立ち上がって、翔の手をとる。廊下側では、阿修羅がさっきのままの姿勢で二人の話に耳を傾けていた。同じく心配そうに見つめる乃愛琉。
「合唱部入部希望、第一号だね!」
翔は真湖に握られた手に力を込めた。
「その代わりさ……」
翔はその手をブンブン振りながら、大きな笑顔で続けた。
「俺と付き合ってよ!」
一瞬、真湖の取り巻きが沈黙した。そして、皆一同に、真湖の方を注目する。
「うん、いいよ!」
阿修羅がイスから転げ落ちた。
※「ゲッパ」:北海道弁でビリ、最下位のこと。
職員室でこってりしぼられた後、4人は下校の途に着いていた。
「ばっかじゃない。なんでわたしまで怒られなきゃならないのよ」
阿修羅と灯が揃って真湖を責めた。
「ごめ~ん。なんか、急に叫びたくなって」
と、真湖は二人に謝るが、全く悪びれる様子はなかった。
「しかも、なんで俺のマネするかねぇ……」
と、阿修羅は遠い目をした。
それは、ついさっき、真湖の肩を叩いた時に思い出した光景のこと。小学5年の時に阿修羅が友達数名と放送室を占領した時のことだ。悪戯心で放送室に忍びこみ、言いたい放題やったのだった。もちろんその顛末は真湖たちも知っていて、最終的に校長先生にこっぴどく怒られたのだが。
「なんか、急にあの時のこと思い出しちゃってさー」
確かに阿修羅もその時のことを思い出していた。そして、『全校放送で流しちゃえばいいんじゃね?』なんてことを軽々しく思ったことも確かではあった。だから阿修羅もそれ以上は真湖を責める気にはなれなかった。しかし、それはあくまでも妄想であって、実際にやるようなことではなかったはず。真湖が放送室に向かって走り出した時、嫌な予感はした理由はそこだった。
「でもさ! これで、合唱部員集められそうじゃん?」
「だから、合唱部は無理だって、さっき先生に言われたばかりだべ」
担任からは、部活の新設は学生の自治ではなく、教職員の判断だと言われたのだ。
『だって、よく、部活って、5人揃えばできるとか聞きますよね?』
それでも、真湖は食い下がった。
『それは、高校生とかの話でしょ? 少なくともこの中学校では、そういう規則はありませんから』
と、やる気のなさそうな担任はけんもほろろにそう言った。
「でも、やりたい!って人が沢山集まったら、先生たちだって止められないんじゃない?」
「お前、どんだけポジティブなんだよ。入学早々あんな問題起こしておいて、そう簡単に認められるわけないじゃん」
さすがの阿修羅も呆れた。
「まあさー、とりあえず、4人は大丈夫なんだからー、あと5~6人くらい集まってくれないかなー?10人くらいいたら、さすがに先生もOK出すんじゃないかなー?」
「4人って、誰のことよ?」
灯が聞き逃さなかった。
「えー、誰って、あたしと乃愛琉と灯とあっしゅ」
指折り数えながら、真湖が当たり前のように言った。
「だから、わたしはできないって言ったっしょ!?」
「俺は野球部だっつーの」
乃愛琉が苦笑いした。
「いいじゃーん。頭数揃えるだけだからー」
「お前、頭数の意味分かってないだろ?」
「とにかく、わたしは合唱部なんて入らないからね」
頭を抱える阿修羅の横であくまでも冷淡に灯が言い放った。
「それに、掛け持ち無理だろ、ふつー」
「なんとかなるっしょー」
それでも全くめげないのが真湖流。
「ところでよ、翔にいとどんな約束したんだよ?」
阿修羅がさっき真湖が叫んでいた「約束」について尋ねた。
「うん。翔平にいちゃんが合唱部にいた時にね、全道大会まで行ったんだって。でも、全国には行けなかったって。だから、あたしが代わりに全国行くって約束したの」
「翔にいでも行けなかったの、お前でできるわけないじゃんよ」
「そんなこと、やってみなきゃ分からないじゃない?」
「お前、合唱舐めてるんじゃないか? さっきも言ったけどな、俺たちのチームだって、空知大会ではいいとこいくけど、全道になったら、全くレベルが違うんだぜ。全国なんて夢のまた夢なんだからな。大体、お前、その……NHKコンクールのこと、どんだけ知ってるんだよ」
さっきの真湖の言葉から察するに、ほとんど知らないことは承知だった。
「む……」
これにはさすがの真湖もぐうの音が出なかった。
「じゃあ、調べてく?」
ちょうど乃愛琉の家の前に着いたところで、乃愛琉が真湖にそう告げた。
「乃愛琉んとこ、パソコンあるんだっけ?」
「お兄ちゃんの使ってるのが居間にあるから。今だったらまだお兄ちゃん帰ってきてないはずだし」
「わたしは帰る。塾あるし」
灯だけ先に帰ることに。
「したっけ、明日な」
「ばいばーい」
「またね」
3人は灯を見送ってから、乃愛琉の家に入った。
「NHK……合唱……コンクールっね」
乃愛琉は器用そうにパソコンのキーボードを叩いた。
「やっぱ、あたしもパソコンほしいなぁ……」
その様子を横で見ながら真湖が指を咥えた。
「あ、あった。これね」
乃愛琉が開いたページは、ウィキペディアのページだった。正式名称『NHK全国学校音楽コンクール』。1932年から続くNHK主催のコンクールで、今年2013年で80回目を迎える伝統的な合唱コンクールである。
「80回もやってるんだ?」
「だから、そんなことも知らないで出場するとか言ってんのかよ」
「全国で1000校近くが参加ですって」
「1000校!」
「そりゃそうだべ、全国だもの」
「公式ページ見てみるね」
乃愛琉がマウスを動かして、ページを切り替えた。
「北海道地方……空知地区大会……8/18日ね。市民会館ですって」
「なんだ、夏休み中じゃん」
「あ、ここに去年の結果が出てるわ」
2012年の空知地区大会の結果一覧が記録されていた。
「金賞、緑中。うちは銀賞ね。空知地区7校のうち2位」
「銀賞って、全道行けるの?」
「ううん、空知からは1校だけしか出てないみたいだから、金賞取らないとならないんじゃないかな?」
「1校だけなの?」
「だって、全道大会、13校しか出場できないのよ」
去年の全道ブロックの出場校一覧が表示された。道内全9ブロックから13校しか出場できない。うち5校は札幌からだった。
「去年、緑中って、全道大会で何位?」
「えっと……」
真湖の相次ぐ注文に乃愛琉の手がせわしなく動く。
「奨励賞って、ほとんど参加賞じゃん。つまりゲッパ(※)ってことだべ」
阿修羅がそれみろと言わんばかりに画面に指をつきつけた。
「むー。でも、ちゃんとした部じゃなくっても、空知ではうちは2位だったんでしょ!ちゃんと頑張れば全道でだって金賞とれるかも知れないじゃん」
真湖も負けてなかった。
「でも、見て見ろ。全道大会、札幌の学校が上位占めてるじゃん。レベルが違うんだよ、レベルが」
阿修羅も何度か遠征で札幌のリトルリーグと練習試合をしたことがあったが、その度に地方と札幌のレベルの差を痛感させられていた。
「とにかく、全国なんて夢のまた夢。まあ、なんとか全道にはいけるくらいにはなるかもだけどな」
「それでも、全国目指すんだもん!」
「しっかし、諦めの悪いヤツだな」
阿修羅は呆れながらも、それ以上は強くは言わなかった。
「だって、翔平にいちゃんと約束したし」
「にしても、翔にいだったら、どんだけ大変が分かってるはずなのにな。なんで、真湖にそんな約束させたんかね?」
「それは、あたしが約束したから。全国大会行けたら、絶対すごいいいことあるって、翔平にいちゃんが言ってたの聞いて」
「なんだ、真湖が勝手に約束したってことかよ」
そうは言いながらも、もし万が一でも全国に行けるなんてことになったら、それはそれで素晴らしいことではあると、阿修羅は思った。そうなると、自分も負けていられないことになるなと自分の中にも熱が篭もってきた感じを受けた。負けず嫌いの性がむくむくと頭をもたげてきた。
「真湖ちゃん、頑張ろうね!」
乃愛琉は、ブラウザを閉じてから、そう言って真湖を励ました。
「うん!」
翌日、1年3組の教室。
「いよ!大統領!」
「入学初日から有名人だな!」
「即、職員室に呼び出しだって?」
真湖たちが教室に入るとやんややんやの大喝采を浴びる。声を掛けるのは主に男子だが。いまだ1年生の教室は小学校の雰囲気をのままを引きずっていた。
「いやー、どうも、どうもー」
真湖はおだてられたまま、頭を掻き掻き、壇上に上がった。灯は早々に自分の席に座り、知らない人のフリをした。阿修羅は、真湖が何を始めるのかと戦々恐々と壇上の横で待機。またヤバイことをしそうなら、止める算段。乃愛琉は、どうしたものかとオロオロするばかり。
「というわけでー、合唱部つくりますので、入部希望者は、あたしのとこに来て下さいね!」
「がんばれよー!」
「応援だけはしてやるからなー」
主に男子が囃し立てるだけで、入部希望者が申し出る場面はなかった。けれど、真湖はそれでも変わることなくそのまま壇上を下りた。阿修羅は拍子抜けした。
「そんなんでいいのかよ?」
「とりあえず、みんなが合唱部のこと知ってくれたらさ。少しづつでも集まってくれればいいかなーって。それにうちのクラスへの勧誘はいつでもできるしね。後回しでもいいかなって」
「今日は随分と冷静なんだな」
昨日の今日でまた何かやらかすのではと予想していた阿修羅はすっかり空振りだった。乃愛琉も二人についていくようにして自分の席に座った。
真湖の周りには主にやんちゃ系の男子が群がり、最初に職員室に呼ばれた英雄(?)として絶賛の声を浴びた。反面、大半の女子からは「あれ、バカじゃない」という冷笑を受けていた。中には明らかに男子にチヤホヤされている真湖に対する嫉妬っぽいものも含まれているようではあるなと、乃愛琉はクラスの大体のグルーピングに興味を持って見ていた。
「剣藤だっけ?」
そんな中、真湖に興味を持っている雰囲気の男子の一人が、阿修羅に近づいてきた。
「ん? そうだけど?」
阿修羅はイスの後ろ足だけに重心を掛けながら、ぶらんぶらんとだらしなく座っていた。
「あ、俺、塩利己翔(えんりこ しょう)。エンリコでも、翔でもいい」
「エンリコ? 外人? 中央小じゃないよな?」
「ハーフなんだ。イタリアとのね。ああ、札幌から越してきたんだ」
「へぇ」
ハーフにも、札幌にもあんまり興味がない様子で返事する。そう言えば、昨日入学式後の自己紹介の時間にそんな話を聞いたようにも思うが、ほとんど寝ていたので、よく覚えていない。確かにそう言われると、顔立ちも少し日本人離れしているところもあるし、目の色も若干薄いかも知れない。
「なあ、一つ聞いていいかい?」
「ああ」
「剣藤って、煌輝(きらめき)さんと付き合ってんの?」
「な! な、何バカな事言ってんだ、お前ぇ! ん、んな……んなわけないじゃん」
阿修羅は驚きすぎて、コケそうになった。後ろの席の乃愛琉は目を見開いて驚いた。中1男子でこんなにおマセな男の子がいるのかと。さすが札幌。さすがハーフ。
「おっと、気をつけてよ。そう? なんか良い感じに見えたんだけどね。違うならいいか」
「お前が、驚かすからだべ。……いいかって、何がだよ?」
「煌輝(きらめき)さんって、可愛いよね。ボク、立候補しようかなと思って」
「立候補って……? 合唱部に入るってことか?」
「うん、それも含めてね」
そう言って、翔は阿修羅に手を振って真湖の座る窓際に向かった。
「はーい、ごめんよー。通してー」
真湖に群がる男子をかき分け、翔は真湖の前に出た。
「煌輝さん、合唱部入ってもいいかな?」
真湖は目をぱちくりさせた。さっきまで群がってくる男子は、真湖の奇行には興味は示しても、合唱部のことにはとんと触れてこなかったのだ。
「もちろん! 誰でも歓迎だよ!」
真湖は立ち上がって、翔の手をとる。廊下側では、阿修羅がさっきのままの姿勢で二人の話に耳を傾けていた。同じく心配そうに見つめる乃愛琉。
「合唱部入部希望、第一号だね!」
翔は真湖に握られた手に力を込めた。
「その代わりさ……」
翔はその手をブンブン振りながら、大きな笑顔で続けた。
「俺と付き合ってよ!」
一瞬、真湖の取り巻きが沈黙した。そして、皆一同に、真湖の方を注目する。
「うん、いいよ!」
阿修羅がイスから転げ落ちた。
※「ゲッパ」:北海道弁でビリ、最下位のこと。
0 件のコメント:
コメントを投稿