2013年9月10日火曜日

「Nコン!」第4コーラス目「先輩!」

読むための所要時間:約6分

「わたしは、現瞳空(うつつみく)。合唱部はつくらない方がいいわ。これは、忠告……というより、お願いに近いかも知れないわね。つくらないでちょうだい」
「え?」
 真湖は先輩にいきなりそんなことを言われて、硬直した。
「ど、ど、ど、どうしてですか?」
 真湖は思いっきりどもりながら現に尋ねた。
「だって、Nコンに出たいじゃない。合唱部をつくったら、Nコン出られないもの」
「え? どういうことですか? あたしだって、Nコンに出るために合唱部つくりたいんです!」
 真湖は混乱した。Nコンに出たいから、合唱部つくらない方がいい? むしろ、Nコンに出たいから合唱部をつくりたかったのだ。
「合唱部つくっても、人は集まらないからよ。集まらなかったら、Nコンにだって出られないじゃない?」
「合唱部なかったら、Nコン出られないんじゃないですか?」
 現は、一息溜息をついて、
「あのね。担任から聞かなかった? あれだけの騒ぎ起こしたんだから、当然聞いてると思ったわ」
「え? 何をですか?」
「あのね、うちの学校は毎年、Nコン出場するために、各クラスから男女1名づつ強制的に集められるの。各学年4クラスづつあるから、合計で24名ね。それでNコンに出場するのよ。そうじゃなかったら、10名も集まらないわ。実際、わたしが1年生の時は、6人しかいなかったんだから」
 現が1年生の時というと、ちょうど廃部になる前だったのだろう。
「せ、先輩、合唱部だったんですか?」
「そうよ。あ……もしかして、あなた、煌輝(きらめき)先輩の……妹さん?」
「いえ、従妹です。翔平にいちゃん知ってるですか?」
「ええ。わたしが入学した時にはOBだったけど、時々指導に来てくれてたから。そっか……名前聞いてすぐに気がつけばよかった。でも、だったら、先輩からその辺聞いてないの?」
「翔平にいちゃんとは、Nコンに出場して全国大会に行くって、約束しました」
「あはは」
 現は思い切り笑った。
「先輩らしいわね。でも、煌輝さんには悪いけど、今のこの学校じゃあ、全国は無理よ」
「そんなのやってみなきゃ分からないじゃないですか!?」
「分かるの」
「どうしてですか?」
「あのね……」
 現は一息ついてから、
「中学校は、小学校と違ってね、先輩後輩っていうのがあってね。……わたしはそんなに気にしないけど、そういう口のききかたしたら、あなたこの先困ることになるわよ」
 と、溜息ついた。
「あ、すみません」
「わかったわ。じゃあ、今日の放課後、音楽室に来てちょうだい。詳しく話してあげるわ」
 最初は随分高圧的に見えた現も、今は温和な顔になっていた。いきなりの言葉に真湖が反発していたせいでそう見えていただけなのかも知れないが。
「あ……。わかりました。よ、よろしく、お、おねがいします!」
 真湖は使い慣れない敬語を使って、現に頭を下げた。現はふらりと回れ右して、廊下を去って行った。

「どした? 真湖?」
 席に戻った真湖に心配そうに阿修羅が訊いた。
「Nコンに出たいんだったら、合唱部をつくらない方がいいって。先輩が」
「なんで?」
「強制的になら集まるけど、そうじゃなかったら、人が集まらないからだって」
 それから、真湖は現と話した内容をかいつまんで皆に伝えた。
「強制的……? ああ、昨日の先生も言ってたな、そんなこと」
 阿修羅は、鮭を口に突っ込みながらそう言った。
「それ、どういう意味?」
 ただ一人、昨日一緒にいなかった翔が疑問符を投げかけた。
「それはね……」
 と、乃愛琉が昨日の出来事と、あの老教師から聞いた話を伝えた。
「確かにその先輩の言うことも一理あるね」
「なんか、大人臭い言い方ね」
 灯が変に茶々を入れた。
「詳しい話って、何だべな?」
「翔平にいちゃんのことも知ってたなら……それに廃部になったのが2年前っていう話だと、廃部になったいきさつなのかも……」
 乃愛琉がそう言うと、そういういきさつは翔平から全く詳しくは聞いていなかったことに真湖は思い至る。それとも、廃部になったことを翔平は知らなかったのだろうか。
「とにかく、放課後音楽室に行ってみれば分かるんじゃない? 3人で行ってみようよ」
「3人って、誰だよ?」
 聞き捨てならないといった風に、阿修羅は翔に突っ込みを入れた。
「もちろん、俺と真湖ちゃんと、乃愛琉ちゃんの、合唱部員だよ?」
「む……」
 阿修羅は返す言葉を失った。今日の放課後からは早速野球部の練習に参加しなければならず、自分は一緒に行くことはできない。が、翔が一緒に行くのはなんとなく納得がいかなかった。
「真湖、ちゃんと断ったんじゃないの?」
 灯が詰問した。
「あ、いや。……その……入部希望はね、断れないし……」
「交換条件とか持ち出すヤツなのに?」
 本人を目の前に、灯は容赦ない。
「あはは。それは、断られたよ。それ抜きで、合唱部入るって言ったんだよ」
 翔は全く堪えない風に灯に微笑みかけた。すっかり暖簾に腕押しだった。
「あ、でも、さっきの先輩優しそうだったから、心配ないよ。あっしゅも灯もありがとね」
 そこじゃないだろ、と阿修羅と灯は思ったが、それ以上口出すことは憚られたので黙ることにした。
「そういう先輩たちがいるんだったら、あんな風に騒ぎ起こす前にちゃんと話を聞いた方がよかったんじゃない?」
 その代わりに灯は真湖に苦言を呈した。
「あの騒ぎを起こしたから、先輩から来てくれたんだもん。よかったっしょ」
 暖簾に腕押し2号。
「まあ、でも、元合唱部の先輩が見つかってよかったよね。とにかく」
 結局最後には乃愛琉がフォローした。

 放課後。
「こんにちはー」
 現に言われた通りに、3人で音楽室を訪れた。音楽室にはすでに現と共に1人の男子学生がいた。
「えっと……」
「ボクは、栗花落蒼斗(つゆり ひろと)。瞳空(みく)と同じ3年生だよ」
 と、最初に少し内気そうなその先輩の方から自己紹介した。真湖たちはそれぞれに栗花落に挨拶した。
「まあ、座ってよ」
 栗花落は真湖たちにイスを勧めてから、自分達も座った。
「瞳空から聞いたけど、煌輝さんって、煌輝翔平先輩の従妹さんなんだって?」
「はい、そうなんです」
「そしたら、先輩から、合唱部が廃部になったことって聞いてなかったのかい?」
「ええ、まあ……」
「そうなんだ。じゃあ、その辺詳しく説明するね。これは先輩が卒業した後の話なんだけど、ボクたちが1年生の時を最後に合唱部は廃部になったんだ。その翌年、2年前からは合唱部という形の、任意の参加ではなくて、強制的に1クラスから男女1名づつを集めることになったんだ」
「え? そうなんですか? そういうことは一切聞いてなかったです」
「うん。ボクたちが1年の時、合唱部は6人しか集まらなかったんだ。2年生が1人、1年生はボクと瞳空。残りは3年生だった。それでも、なんとか臨時の合唱部員を足して、20名弱でNコンには参加できたんだけど、翌年春先に顧問の三越先生が亡くなって、さらに1年生が全然集まらなくて、結局廃部さ」
「現先輩からもそう聞きました」
「それから、結構大変だったんだ。部としては存続は厳しいけれど、Nコン不参加は避けたいってことで、先生方と直談判して、各クラスから2名づつ出してもらうことに決めたんだ。」
「合唱部つくったら、人が集まらないっていうのは、そういうことなんですか?」
「そう。少なくとも、今の2年、3年生で自主的に合唱部に参加しようっていうのは、ボクと瞳空くらいじゃないかな。去年Nコンに出てくれてた人たちも、本当にその時期だけしか参加できないって人ばっかりだったし」
「そうなんですか……」
 現実を突きつけられて、さすがの真湖も考え込んだ。
「それより、ボクが心配しているのは、煌輝さんのことなんだ」
「あたし……ですか?」
「実を言うと、ここだけの話なんだけど、強制的に参加者を募ることするっていうの、煌輝先輩の入れ知恵だったらしいんだ。もうすでにその時はOBだったから、本当は口出しできないのにね。だから、裏では結構槍玉にあがってたみたいんだ」
「槍玉?」
「つまり、先輩、結構裏で色々言われてたみたいなの」
 現が付け足した。
「え……。そ、そうなんですか」
「もちろん協力的な人達もいたけど、イヤイヤやってた人もいたしね。煌輝先輩も真面目だったから。むしろ、OBの自分が口出したことにして、一身に批判を受けるようにしたのかも」
「……」
 真湖は言葉もなかった。
「だから、本当のこと言うと、昨日の放送って、本当はヤバいんだよな。無理矢理合唱させるように仕組んだ先輩の従兄妹が、今度は合唱部つくろうって騒ぎ出したってなったら、去年参加した奴らがどう思うか。今の2年生はほとんど知らないと思うけど、3年生の一部にはその辺知ってる人もいるみたいなんだ。だから、煌輝さんが心配だったんだよ」
「あたしは、裏で何言われても気にしませんから」
「やっぱり、煌輝先輩の従兄妹さんね」
 現は感心するような、呆れるような表情でそう言った。
「真湖ちゃんに何かあったら、俺が護りますから」
 翔が胸を張った。
「あなた、煌輝さんのカレシ?」
 現が首をかしげた。
「ち、違い……」
「いえ、まだ立候補中です」
 真湖の言葉を翔が遮った。
「あら、そうなの?煌輝さんって、モテモテなのね。
 あ、蒼斗はわたしのカレシだから。よろしくね」
 現は冗談ともつかない言い方で、にっこり笑った。
「えー。そうなんですかー」
 さすが3年生。ススんでるな、と真湖は思った。乃愛琉はというと、美形と言える顔立ちの現に対して、見るからに内気っぽくって陰のある栗花落は釣り合いが悪いなと思っていた。翔は翔で、栗花落がどうやって現を口説いたのかに興味があった。もちろん3人ともに口にはしなかったけれど。
「話を戻すけど、とにかく、合唱部をつくるのは諦めて。で、多分、6月くらいにはNコン出場者をクラスで決めるはずだから、そこで立候補してくれればいいわ。
 もし、その前に練習したいなら、ここに来ればいつでも教えてあげる。部活動にはならないけどね」
「先輩たちは、いつもここで練習してるんですか?」
 乃愛琉が訊いた。
「そうね。ここか……内緒だけど、時々駅前のカラオケで練習したりしてる。これは先生たちには内緒だよ。一応、大人同伴ってことにしてるけど」
「わかりました」
 現に合わせて乃愛琉も微笑んで答える。一度はカラオケに行ってみたいと思っていたところだ。もしかしたら、この先輩達と付き合えば、近い内に行けるかも知れない。
「じゃ、そういうことで……」
 現と栗花落は音楽室を出ようとする。
「先輩、ちょっと待って下さい!」
「ん?なに?」
 真湖が二人を止めた。
「もし、もしですよ。もし、部員が20人以上集まるんだったら、つくってもいいってことですよね?」
「なかなか、諦めの悪い子だね、煌輝さんって」
 栗花落も少し呆れた顔をする。
「でもね、合唱って、人がいればいいってもんじゃないんだ。男女比だとか、パートのバランスとか、そういうのも大事なんだ。それに、何よりも、部ができたところで、指導どころか、顧問になってくれる先生がいない」
「え? じゃあ、Nコンの時ってどうしてるんですか?」
「一応、音楽の先生が担当になってくれてるけど、あくまでも随行してくれるってだけで、指導まではしてくれないんだ」
 栗花落が残念そうに言った。
「だから、言ったでしょ。今のこの学校では全国は無理だって。全国どころか今年は全道だって無理だと思うわ」
 手をバンザイして、現がお手上げというジェスチャーをする。
「でも、去年は銀賞でしたよね?」
 乃愛琉が昨日Nコンのサイトで見たのを思い出した。
「去年の3年生が頑張ってくれたのよ。運動部からも参加してくれて。大変だったわ。とにかく、そういうことだから、あなたたちでなんとかできる問題じゃないの。
 でも、勘違いしないでね。わたしたちは合唱好きだし、そういう問題がなければ、合唱部つくって、みんなでNコンに出場したいって思ってる。でも、どうしようもないの。意地悪したくって、こんなこと言ってるわけじゃないの。ホント、わかってね」
 現は真湖の元に戻って、彼女の頭をぽんぽんと撫でてから教室を出た。栗花落もそれに従って音楽室を出る。さすがに真湖もそれ以上は何も言えなかった。

「そりゃあ、仕方ないよね」
 帰り道、翔が真湖を慰めた。
「真湖ちゃん、元気出して?」
 真湖が学校から出て以来、一言も口をきかないので、不安になった乃愛琉が真湖の顔を覗き込むと、真湖は予想外に笑っていた。
「どうしたの、真湖ちゃん?」
「ふふふふ」
 ショックが酷くてついに気が触れたかと乃愛琉が心配するくらい、真湖は含み笑いをしていた。
「やるぞー!」
 突然に真湖が叫んだ。乃愛琉はひっくり返りそうになり、それを翔が支える。
「明日から勧誘するよ!」
「勧誘って……?」
「一本釣り!」
 真湖は乃愛琉にサムズアップして、いい笑顔をした。

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