2013年9月12日木曜日

「Nコン!」第5コーラス目「勧誘!」

読むための所要時間:約5分

 翌朝、真湖は乃愛琉を連れだって、2年生の教室に向かった。
「ねぇ? 真湖ちゃん、どうするの?」
「んーっとね。……あ、いたいた。せんぱーい!」
 入学早々上級生の階に迷い込んだようになり、不安を隠しきれない乃愛琉とは対照的に、真湖は元気いっぱいに先を急いでいた。明らかに1年生が通ると、2年生の生徒達は何事かと怪訝そうな目で二人を見る。乃愛琉は申し訳なさそうに、真湖に着いていく。真湖はキョロキョロと廊下を眺め、教室の中を覗いているうちに、お目当ての人を見つけたらしく、その男子生徒に向かって走った。
「保家(ほや)先輩ですよね?」
「は? んだけど? キミは?」
「あたしは、煌輝真湖(きらめき まこ)って言います。1年3組です。よろしくお願いします」
「きらめ……ああ、一昨日の全校放送だべ?」
「ですです。それで、保家先輩にも合唱部に参加してほしいんです!」
 乃愛琉はさすがにびっくりした。昨日現と約束で部員は募集しないと言っていたはずなのに。いや、思い返せば、真湖は約束はしていない。ただ、一方的に現がそう言っていっただけだ。けれど、あれだけ言われて、諦めていないとは、さすがの乃愛琉も真湖が何を考えているのか分からなかった。
「いやー。ボクはいいけど……。本当に合唱部つくれんのかい?」
「はい。絶対につくってみせます! だから、先輩には是非入部のお約束をお願いしたいんです!」
「まあ、Nコンの時期になれば、立候補はするつもりではいたけど……まあ、いいよ。ただ、ボクは実家の農作業ある時は練習でれねぇから。先に言っておくけど」
「はい、わかりました。じゃあ、よろしくお願いします!」
 真湖は深々と頭を下げた。
「また、来ますね」
 何事が起きたのか分からずにきょとんとする乃愛琉の手を引いて、真湖はさらに廊下の奥へと進んで行った。
「ちょ、ちょっと、真湖ちゃん、一体どうなってるの? どうして、あの先輩、あっさり入部してくれるって言ったの? 知り合いなの?」
「ううん、今日初めて会ったよ。保家寿(ほや さとし)先輩。パートはテナー。現先輩たちと一番仲が良かったみたい」
「あ。もしかして、昨日の?」
 乃愛琉はふと閃いたものがあった。昨日、現(うつつ)が音楽室を出る前に真湖の頭をぽんぽんと撫でて行ったのを思い出したのだ。
「そう。あの時、現先輩、去年のメンバーのこと思い出してたみたいなの。昨日、現先輩が『協力的な人もいた』って言ってたじゃん? 保家先輩はその協力的な人の一人みたい。実家農業やってるのは分からなかったけど。でも、協力してくれそうじゃん?」
 なるほど、それで、昨日の帰りに『一本釣り』という言い方をしたのだと納得した。
「で、残りの人達にも同じようにするつもりなの?」
「もちろん!」
「イヤイヤやってたって人もいるって言ってたじゃない?」
「それは、それでなんか考えるよ。とりあえず、良い感じの人たちから声かけてこうと」
 また行き当たりばったりかと呆れるも、今までの真湖を見てきた乃愛琉としては、何かやるのではないかという期待はあった。
「あ!また、いた!如月(きさらぎ)先輩!」
「はい?」
 ショートカットのその女子生徒は、真湖に呼ばれて、そのクリっとした目をさらに見開いた。
「如月友夏(きさらぎ ともか)先輩ですよね? あたしは、1年3組煌輝真湖っていいます。合唱部をつくりますので、入部してもらえませんか?」
「あら? あなたね? 全校放送の子。また元気な子ね。いいわよ、入っても。でも、顧問の先生とかどうすんの?」
「ありがとうございます! あ、えっとー、……それは、これから探します!」
 顧問については、まだまだアテはない。真湖は正直に話した。
「あら、そう。それは、頑張ってねー」
「はい! ありがとうございます! あ、あのー、外園(ほかぞの)先輩って、仲良いんですか?」
「諒子(りょうこ)ちゃん? うん、仲良いよ。もしかして、諒子ちゃんも誘いたいの?」
「はい、そうなんです。どうでしょうか? あと、他にも誰か合唱部に興味ある人いませんか?」
「まあ、わたしが誘えば、やるとは思うけどー。ごめーん。他は心当たりはないなぁ。大体みんな、仕方なくやってる人の方が多いみたいだしね」
「やっぱりそうですかー。じゃあ、外園先輩にだけ、声かけておいてもらえませんか?」
 如月は快く真湖の依頼を受けてくれた。真湖と乃愛琉は深々と頭を下げて彼女と別れた。
 陽気で明るく、快活なところが、ちょっと、真湖に似たようなタイプだなと乃愛琉は感じた。
「これで、3人ゲットだね。幸先いいわー」
 20人近くを集めなきゃならないのに、たった3人で幸先いいと言い切る真湖の脳天気さには乃愛琉も苦笑いするしかなかった。
 次に真湖が向かったのは、2年1組の教室。射原悠斗・悠耶(いはら ゆうと・ゆうや)の双子の兄弟を呼んでもらい、同じく合唱部入部をお願いしに行った。実はこの二人、真湖たちと同じ中央小学校出身で、近所でも有名な双子だった。両親が射原商店改め、現在のセイコーマート(※)を経営していて、真湖も乃愛琉もしょっちゅう買い物に行っている。小学校の時から面識があったので、話は早かった。

 結局朝のうちに、5名の入部確認ができて、ホクホク顔の真湖と乃愛琉がクラスに戻ってきたのは、ホームルームが開始される直前だった。
「遅かったな。どうしたんだ?」
 阿修羅が少し心配そうに乃愛琉に訊いた。乃愛琉は大まかな話だけした。もちろん能力の部分はぼかして、去年のメンバーを職員室で聞いたらしいくらいで言っておいたのだが。
「あのバカ……これ以上目立つマネしたら……いや、まあ、真湖らしいっちゃあ、真湖らしいんだけどな……。ただ、あんまり変なことにならなきゃいいんだが……」
 阿修羅の悪い予感が早速当たったのは、昼休みのことだった。

「ちょっと、煌輝さん!」
 昼休み突入と共に、1年3組に表れたのは、現だった。
「現先輩?」
 真湖はケロっとして、呼ばれるままに廊下に出た。
「2年生のとこに勧誘に行ったんですって? どうして、わたしの忠告聞いてくれなかったの?」
「だってー、やってみなきゃ分からないじゃないですか? で、どうしてもダメだったら、あたしも諦めますけど」
 現は手を目に当てた。なんて言ったらこの子は納得するんだろうかと真剣に悩んだ。
「あのー。先輩」
 そこに、1年3組の教室からぶらりと顔を出したのは、阿修羅だった。なんともやる気のなさそうな顔つきで現に声をかけた。現は怪訝な顔つきで阿修羅に答える。
「あなたは?」
「剣藤っていいます。こいつの幼馴染みで。こいつ、昔っから、思い込んだら徹底的にやらないと気が済まないタイプなんですわ。迷惑かけてすんません」
「あっしゅは引っ込んでてよ」
 真湖が阿修羅を教室に押し込もうとした。
「俺も、詳しくは聞いてないんでわかんないっすけど、何もしないで手ぇこまねいているより、とにかく色々やってみるってのもいいんじゃないですかね? 何もしなかったなら、何も起こらんでしょ」
 自分を説得するために出てきたのかと思ったら、現の説得を始めた阿修羅を見て、真湖は目が点になった。
「まあ、一所懸命すぎて困るとこもあるんですけどね」
 阿修羅はくすりと笑った。現は何と言っていいのか迷って、しばらく黙っていたが。
「分かった。わたしの負け。もう止めないわ。けど、3年生の誰かに声かけるなら、その前にわたしに言って。絶対声かけちゃダメな人もいるから。それだけはお願い」
「あ、いえ。その……あたしも、勝手なことして、ごめんなさい。でも、助かります。ありがとうございます」
 真湖もさすがに殊勝な顔つきで頭を下げた。
「ところで、どうして、如月さんとかが去年のメンバーだって、知ってたの?」
 現は、当然疑問に思うところを真湖に尋ねた。
「あ、あー。それはですねー。えっと、去年の活動日誌みたいなのを、図書館でみつけましてー」
 と、真湖は適当な答えで誤魔化そうとした。
「あ、そうなの」
 現はそれで納得したようだったが、阿修羅はひっかかりを覚えた。確か乃愛琉は先生に聞いたと言っていたような。しかし、取り立てて聞き直すまでのことでもないように思ったので、それ以上は詮索しなかった。
「先輩、早速ですけど、山咲先輩って、声かけてもいいんですか?」
「山咲くん? 野球部のってこと?」
「はい、そうです。3年生で、声掛けたいんですけど」
「山咲先輩も誘うっていうのか?」
 阿修羅も驚いた。
「山咲先輩も去年参加されてるんですよね?」
「うん、まあ。でも、本当に助っ人ってだけで、練習には全然来られないわよ、野球部と掛け持ちだったから」
 まさか野球部員に合唱助太刀する先輩がいたとは、意外だった。先日乃愛琉の家で調べた時、Nコンの予選時期は確か夏休み終わり頃で、野球部も秋の大会に向けて忙しい時期だと思っていたからだ。
「でも、人一倍大きい声ですよね!」
 真湖は阿修羅と一緒に野球部の下見をしに行った時のことを思い出していた。グランドの端から端まで響き渡る声の持ち主であったのが印象的だったのだ。
「まあ、たしかに。それなら、わたしから話しておいてあげるわ。彼は協力的だから」
 現はクスっと笑って請け負ってくれた。
「これで、もう13人になりましたよ!」
 真湖は、指折り数えた。真湖、乃愛琉、翔、現、栗花落(つゆり)、保家、如月、外園、射原兄弟、山咲と、数えてから、
「阿修羅と、灯。で、13名です!」
「だから、俺はやんねぇって……」
 阿修羅は真湖のポニーテールをグイっと引っ張った。が、真湖はめげない。
「あと、7人で20人ですよ!」
「剣藤くんのことは別として、12人ね。大変なのは、これからよ。そこから集めるの大変なの。……でも、あなたのことだから、やっちゃいそうだけど……」
 すっかりこの子のペースにはまってしまったものだと現は思ったが、何故か嫌な気分ではなかった。
「これから、1年生の勧誘を始めようと思うんです。きっと、歌うの好きな人いるはずですから」
 阿修羅のみぞおちに肘鉄を食らわせてから、髪を戻しながら真湖はそう現に言った。現はそこは任せると言い、とにかく3年生には気をつけるように付け加えた。真湖が2年生に勧誘に行ったことは現だけでなく、他の3年生にも伝わっていた。煌輝先輩の従姉と知れば、恨みに思う者もいるかも知れないのでと、しつこいくらいに言い残して、現は自分の教室に戻った。
「なしたの?」
 現が離れた頃、廊下のドアに立つ二人に翔が訊いた。

 放課後、真湖、乃愛琉、翔の3人で下校の途についた。阿修羅は部活、灯は今日から塾だという。
「どうして、俺も呼んでくれなかったのさ?」
 今朝の顛末を聞いて、翔はむくれた。自分の能力のこともあって、乃愛琉だけを連れていったのだが、確かに数少ない合唱部員候補を一緒につれて行かなかったのは、ちょっと悪い気がした。
「ちょっと、今朝急に思いついたもんで。ごめんね。今度は一緒に誘うから。ね」
「絶対だよ。今度のけ者にしたら、俺と付き合ってもらうからね」
「しないから! エンリコも、しつこいなぁ」
「だって、そういう行動的な真湖ちゃんが好きなんだもん。また、さらに好きになったな!」
「あのね、あんまり、好き好き言うもんじゃないの。なんか、もう恥ずかしくなってきた……」
 真湖は、赤い顔して早足になった。
「え? そうなの? パパは、好きな人にはちゃんと好きだといいなさいって教えられてきたんだけど?」
 さすがイタリア人。
「日本人の男の子は、そんなに好き好き言わないよ」
 乃愛琉も苦笑い。
「あ」
 早足で先に進んでいた真湖が声を上げた。俯いたまま歩いていたため、他の学生にぶつかってしまったのだ。
「あ、ごめんなさい」
「お前、煌輝か?」
 少しガラの悪い男子生徒が3人、真湖を囲むようにして立っていた。ネームプレートははずされているが、どうみても3年生らしい。
「あ、はい、そうですけど?」
「ちょっと、顔貸せや」
「待って下さい! ぶつかったのは謝ってるじゃないですか?」
 翔が割って入ろうとした。
「お前は下がってろ」
 一人が、翔をど突いたため、その場に尻餅をついてしまった。乃愛琉が慌てて翔に手を差し伸べて起こした。
「すぐ終わるからよ。ちょっと付き合えや」
「わかりました。あの人達には手出さないでください」
 真湖は毅然として、そう答えた。けれど、手はブルブルと震えていた。
「真湖ちゃん!」
 路上に座り込んだ翔と乃愛琉を残して、3人は真湖を連れて公園の方へと歩いて行った。

 ※「セイコーマート」:北海道のみで展開されているコンビニのこと。愛称で「セコマ」とも呼ばれる。北海道でコンビニと言えば、セコマ。

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