2013年9月14日土曜日

「Nコン!」第6コーラス目「障害!」

読むための所要時間:約6分

 真湖(まこ)がガラの悪い3年生3人に連れて行かれた後、乃愛琉(のえる)に手を取られて翔はようやく路上から立ち上がった。
「何とかしなきゃ」
「何とかって言っても……」
 乃愛琉はウロウロするばかり。
「学校に戻って、先生に」
 翔は乃愛琉の手をとって、回れ右、学校へと急いだ。あまりにも事前に翔が手をとったので、乃愛琉はそのまま手を繋いだまま翔を追いかけるようにして一緒に走った。
「ちょっと、待って」
 校門が見えるところまで走ると、さすがに乃愛琉が先にバテた。翔は手を離して、
「その程度で息が切れるようじゃ、合唱部大変だよ。先に行くね」
 と、一人で駆けた。その物言いに乃愛琉はちょっとカチンときた。小学校では徒競走では1番か2番で、さすがにリレー選手とまではいかなかったが、体力には自信があったからだ。小学生の時みたいに、ジャージとかで登校だったらこんなことはない。慣れないジャンパースカートが邪魔して走りづらかったからだと言い訳したかったが、今はそれどころじゃない。
「おっと」
「あ、ごめんなさい!」
 ちょうど、翔が校門を曲がりかけようとしたところに、向こうから出てきた人影にぶつかった。
「いや、大丈夫だよ。どうしたんだい? そんなに急いで」
「あ、あの、先生、大変なんです!」
 翔がぶつかった相手は大人の男性だった。歳の頃は30歳程度で、教師としては若干若い。入学式では見たことがないけれど、上級生担当の教師なのだろうか。それにしては作業着のような服を着ている。
「せんせ…ああ、まあ。どうしたんだい、大変って?」
 その人は一瞬躊躇ったようにして言葉を濁したが、翔の慌て振りを見て、すぐに事の次第を正した。
「あの、クラスメートの女の子が、3年生に連れて行かれたんです!」
「どこにだい?」
「こっちです!」
 翔は今来た道を走り始めた。その教師も一緒に駆ける。
「乃愛琉ちゃん、学校で待ってて!」
「ううん、わたしも行く! 先に行ってて」
 翔と男性教師が先に全速力で駆けていく。その後を、ゆっくりとだが、乃愛琉も追った。

 その頃、学校近くの公園の隅で、真湖は3年生と思われる上級生に囲まれていた。そこは周り三方を民家に囲まれた小さな公園で、大した遊具も揃っていないためか、子供の姿は全くない。雪解け間もないため、日陰になっているところにはまだ残雪が残っていた。公園の隅には小さな木々が生えていて、そこに立つと通りからは死角になる。
「な、なにか用ですか?」
「用があるから、呼んだんだろが」
 毅然とした態度で臨む真湖に、脅しをかける上級生。真湖はきっと目をつぶって、歯を食いしばった。膝がガクガク震えているのが分かる。相手は大柄な3年生男子3人。強がってはいるけれど、それは口先だけにしか過ぎなかった。
 ここに連れられてくる間も、隙をみて走れば逃げられたとは思うが、少し確認したこともあったため、黙って着いては来たものの、やはり3対1では分が悪い。
「なに、震えてるんだよ、こら」
 一人が、真湖のおでこをつついた。まるで小動物か昆虫を虐める小学生のように、おもしろがっているのが良く分かる。細面で笑うと前歯が出るので、真湖は心の中で『サンマ』と名付けた。
「やめてください!」
 手を振ってサンマの手を振り払ってから前髪を直した。
「煌輝って、卒業した煌輝の妹なんだろ?」
 リーダ格の男子生徒が翔平にいちゃんの名前を持ちだした。やはり、翔平にいちゃんのことらしい。ということは、現(うつつ)が気にしていた『絶対声かけちゃダメな人』は彼らのことなのだろうか。体は震えていたが、何故か頭は冷静だった。
「妹じゃありません。従妹です」
「どっちでも構わねぇ。とにかく、気に入らねぇんだよ」
「翔平にいちゃんを知ってるんですか?」
「知らねぇよ」
「バカ、黙ってろ」
 小太りの3年生が思わず真湖の質問に答えてしまい、リーダーがをそれを叱咤した。小太りは『マツコ』と命名。マツコはリーダーに平謝りに謝っていた。
(あれ? どうして、翔平にいちゃんのこと知らないのにあたしに絡むの? それに、リーダーが怒るのってなんで?)
「んなぁこと、どーでもいいんだ。とにかくな、合唱部つくんの止めろ。でないと、痛い目に逢うぞ。それだけだ、言いたいのは」
 リーダーが思いっきりドスをきかせて言い放った。
「どうして、合唱部つくっちゃダメなんですか?」
「どうしてもだ。とにかく、気に入らねぇからだって、言ったべ」
 『お前が余計なこと言うからだ』『すんません』と小声でやりとりがあり、リーダーがマツコを小突いた。少なくとも、マツコは翔平にいちゃんのことを知らないらしい。おかしい。
「あ、あそこです!」
「こらぁ! そこでなにしてる!?」
 そこにようやく翔と作業着姿の教師らしき大人が飛び込んできた。
「やべ、行くぞ」
 リーダーが合図して散会しそうになった。決死の思いで、真湖はリーダーの手を取った。
「待って! 誰に頼まれたの?」
 一瞬の間があった。その瞬間、真湖の脳裏にリーダーの記憶が流れ込んでくる。
(『芳田瑞穂(よしだみずほ)』先輩? 卒業生?)
「うるせぇ、誰にも頼まれてねぇよ! いいか、合唱部つくるんじゃねぇぞ。分かったな!」
 その手を振りほどいて、リーダーはその場を走り去った。
「大丈夫だったかい?」
 作業着の男性に声を掛けられて、真湖はその場にへたりこんだ。腰を抜かすという経験を初めてした。
「真湖ちゃん!」
 翔はすぐに駆け寄って真湖を支えた。
「大丈夫? 何か乱暴されたのかい?」
「ううん……大丈夫。ありがとう」
 真湖は精一杯強気を張ったが、極度の緊張の後の緩みで、なかなか体に力を入れることができなかった。やがて、遅れて乃愛琉も公園に到着した。
「真湖ちゃん大丈夫? なんだったの、あの人達?」
「今の、うちの学校の生徒だね? 職員室に届けよう」
「あ、あの……先生、なんか、人違いだったみたいで……。あの、大丈夫です、あたし。何もありませんでしたから」
 翔に支えられながら、ようやく真湖は立ち上がった。
「何もって……ああ、あのさ、ボク、先生ではないんだ。見た通り、『用務員さん』なんだ」
 確かに良く見てみれば、作業着を着ているし、言われて見れば、教師っぽくはないようにも思える。ただ、自分のことを用務員『さん』と呼ぶあたりが違和感がないわけでもない。
「あ、用務員さん、ありがとうございます。もう大丈夫です。何もありませんでしたから」
「でも、実際ボクが来たら、あいつら逃げ出したじゃないか?」
「それに、合唱部つくるなって……」
 翔が言い出しかけたのを真湖が目で制止した。
「合唱部?」
「ありがとうございます。でも、あの人達、勘違いだったって気がついて、それで逃げたみたいなんです。もう関係ないと思うんで、大丈夫だと思います。大げさにしたくないので、お願いします」
 その用務員が疑問を投げかけるのを阻止するように、真湖は少し強い口調を使う。少々荒っぽいやり方かも知れないけれど、とにかく大げさにはしたくなかったし、まだまだ彼らには聞きたいことがあった。
「そ、そうかい?」
 用務員の男性は、しぶしぶ引き下がった。あそこで翔が捕まえてきてくれたのが教師ではなくて本当に良かったと真湖は思った。もし、教師であればこんなに簡単に引き下がってはくれなかっただろう。スカートの裾をほろって(※)から、真湖は用務員に頭を下げた。
「じゃあ、帰ります。さようなら」
「ああ、気をつけて」
 その用務員は所在なげに手を振って、3人を見送った。

「真湖ちゃん本当に大丈夫だったの?」
「本当は……すっごい怖かったぁ。乃愛琉とエンリコくんが来てくれて良かったぁ」
 用務員の姿が見えなくなってから、ようやく真湖も本音を言えた。乃愛琉の両肩に手をやりながら、額を肩に当てた。大分収まってはいるけれど、今でも胸がドキドキしている。
「本当に、真湖ちゃんって、無茶すんだからー」
 真湖の頭を撫で撫でしながら、乃愛琉も内心ほっとしていた。一時はどうなるかと心配していたから。
「でも、どうして、ちゃんとさっきの用務員さんに報告してもらわなかったのさ?またあいつらに絡まれるかも知れないっしょ?」
 翔が二人の後ろについて、不思議そうな顔をした。路上でぶつかった時に煌輝の名前を名指ししていた上に、去り際に合唱部をつくるのを阻止するような言い草を放っていったのだ、人間違いな訳がない。真湖が何を考えているのかがさっぱり分からない。
「んー。ちょっとね。思うとこがあってさ。それに、何かあったら、エンリコくんが護ってくれるんでしょ?」
 現に向かって胸を張っていたあの時の台詞を取り上げて、茶化すようにした。
「いやー、お恥ずかしい。さっきの通りで、腕っ節には自信がなくってねー」
 ここにきてすっかり自信喪失の翔であった。
「それより、思うとこって?」
「あの人達、翔平にいちゃんのこと直接知らないのに、邪魔してきたのよね。どうしてだと思う?」
 公園での出来事をごく簡単に話した。もちろん翔には『芳田瑞穂』のことは内緒で。
「それだと、現先輩が言ってた、『絶対声かけちゃダメな人』である訳はないよね。煌輝先輩を恨んでいたって訳じゃないんだったら」
「それに、あの人達、合唱やるようなタイプに見える?」
「見えない」
 翔はきっぱり否定した。
「無理矢理Nコン出場させられたから恨みに思ってるっていう線はないと思うの。だとしたら…?」
「だとしたら、誰かに頼まれて、脅したってことかな?」
「あたしは、その線じゃないかって思うのね。だから、もう少し聞いてみたいの」
「しかし、真湖ちゃんって、恐れ知らずだよなぁ」
 翔は感心した。けれど、恐れ知らずな訳ではない。恐いものは恐いのだけれど、それ以上に疑問に思うことをそのまま放置できない性分で、それが一時の恐怖を押し留めることができる最大の理由だというだけだった。
「でも、真湖ちゃん、あんまり無茶しないでよ」
 乃愛琉はそんな真湖の性分を知っているので、止めはしないけれど、心配には思っていた。
「したっけ、俺、ここで。また明日」
 途中翔と別れて、真湖と乃愛琉の二人で家に向かう。翔の姿が見えなくなると、すぐに乃愛琉はお茶目とも心配深げともとれる顔をした。
「何か分かったんでしょ?」
「うん。ちょっとね。『芳田瑞穂』っていう先輩があの人達に頼んだみたい」
「よしだみずほ? 先輩なの?」
「先輩って頭に浮かんだから、あの人達の先輩って、ことは、卒業生じゃないのかな? うちの学校の卒業生だとしたら、どうやったら調べられるかなぁ?」
「図書館に卒業アルバム置いてあるんじゃないかな? あの人達が知ってるなら、3年以内の分調べれば分かるんじゃない?」
 さすが乃愛琉。その辺は頭の回りが早いと感心する。早速明日の朝図書館に寄る約束をして二人は別れた。

 翌朝、早朝から登校した真湖と乃愛琉は図書館にいた。3年前までの卒業アルバムを片っ端から調べた。とは言え、在校生350人程度の学校なので、その人は間もなく見つかった。
「いた。芳田瑞穂。2年前の3年2組の卒業生だね」
 眼鏡をかけた、生真面目そうな女子生徒だった。とても、昨日の3年生と関わりがあるようには思えない。しかし、人は見かけに寄らないというから、その辺は何とも言えないのだが。
「2年前の3年生ってことは、翔平にいちゃんが3年の時の1年生ね。なら、直接知っててもおかしくないわよね」
「でも、なんでこの人が真湖ちゃんを邪魔するのかなぁ? あ、もしかしたら、この人合唱部だったのかも?」
 乃愛琉はさらに2年前の年の卒業アルバムを取り出してページをめくって、部活動のページを調べた。合唱部は文化系のページにあった。まだ合唱部員が沢山いた頃だ。30人以上はいるだろうか。その中に翔平の顔を認めた。そして、その中に芳田の姿もあった。翔平3年、芳田1年の年だ。乃愛琉はまた元のアルバム、つまり翔平が卒業した次の後、芳田が3年になり、現たちが1年生時のアルバムを再度見返して、合唱部の写真を見つける。ところがそこには芳田の姿はなかった。
「あれ?」
 さらに翔平が卒業した後の、芳田が2年生の時のアルバムを見るも、芳田は合唱部にはいなかった。ということは、翔平が卒業した後は、芳田は合唱部にいなかった。何かがあったのだろうか。

 疑問が残ったまま、二人は教室に戻った。
「真湖! 昨日3年生に脅されたんだって?」
 教室に着くと、阿修羅がものすごい剣幕で真湖ににじり寄った。翔が喋った様子だった。
(いつの間にこの二人仲良くなったの?)
「いや、いや、大したことじゃないんだけどね、あははー」
 誤魔化そうとしたけれど、頭に血が上ると阿修羅は手が負えない。
「誰だ、そいつ? お礼参りに行ってやる」
 小学校時代にも、何度か中学生と揉めて喧嘩になったことがあるのを真湖は知っているので、阿修羅なら、本当にやりかねんと危惧した。
「わかんない。名前も聞いてないし」
「エンリコなら顔覚えるんだな? 乃愛琉も覚えてるか?3年の教室に行けば分かるだろ?」
「あっしゅ、ガッコーの中ではダメだよー」
「学校の外でならいいんだろ?」
「おーい」
 こうなると、真湖でも止められない。
「はーい。席についてー」
 グッドタイミングで担任が教室に入ってきた。真湖も早々に阿修羅から逃げて席に着く。阿修羅もしばらく沸騰していたが、乃愛琉に宥められて、仕方なしに席に着いた。
 HRが始まってすぐに担任の英美佐恵(はなぶさ みさえ)[28歳独身]から真湖に呼び出しがあった。
「煌輝真湖さん、放課後、校長室に来て下さい。以上です」
「へ?」
 いきなりの校長呼び出しに、クラス中がざわめいた。

※「ほろう」…北海道弁で「払う」のこと

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