2013年9月7日土曜日

「Nコン!」第3コーラス目「告白!」

読むための所要時間:約6分

「いいよ! どこに付き合えばいいの?」
 真湖はさらりと言った。翔は一瞬固まる。
「あ、いや、どこにって。……俺と付き合ってって言ったの。つまり、君がカノジョで、俺がカレシ。コイビトってこと。わかる?」
「カノ……ジョ? コ イ ビ ト……?」
 真湖の顔がみるみるうちに紅くなった。
「マジ?今のって、告白?」
「さすがハーフ、ススんでるよね」
「でも、なんであんな子?」
「わたし、超ショック。結構気になってたのに」
 クラスの中が瞬く間にざわめき始めた。
「そうそう。コイビト。俺は、君が好きなんです。付き合ってください」
 翔は満面笑顔でそう良いながら、真湖の手を振り続けた。
「えー!?」
 真っ赤になった真湖は、翔の手を思いっきり振り払って。
「無理、無理、無理、無理、無理、無理!」
 と、翔を両手で突き飛ばそうとした。が、その両手は翔にしっかり掴まえられていた。
「どうして無理?」
「だって、昨日今日初めて会ったばかりで、全然知らないのに」
「俺は知ってるよ? 煌輝(きらめき)真湖ちゃん。合唱が大好きで、合唱部つくる。ポニーテールの似合う女の子。違う?」
「そういうことじゃなく、中身の問題でしょ?」
「中身はお付き合いしながら、わかり合えばいいじゃないか?」
 と、二人で押し合いへし合いしているところに、横から力強く翔の腕を引っ張る者がいた。
「おい、いい加減にしろ!」
 さっきひっくり返った阿修羅だった。
「嫌がってるじゃないか、止めろよ!」
「剣藤くんか。君は関係ないじゃないか。カレシじゃないんだろ?」
「いいや、関係大アリだね。こいつは、『一応』俺の幼馴染みだからな。腐れ縁だけど。本人が嫌がってんだから止めるだろ、ふつー。男子女子関係なく」
「へぇ」
 翔は挑戦的な目つきをした。阿修羅もそれに目で応え、身構えた。一発触発のところで、
「はいはい、みんな、席についてー」
 と、間延びした声が壇上から聞こえた。担任の英美佐恵(はなぶさ みさえ)先生だった。
「ほら、そこ、固まってないで。みんな席についてよー」
 事情の分からない担任はただ、生徒達が固まってじゃれ合っているとしか見ていなかった。
「はいはい、もう小学生じゃないんだからねー」
 昨日の入学式の指導教員の言葉をそのままオウムのように繰り返した。生徒達は蜂の巣をつついたように、それぞれに自分の席に戻った。阿修羅も舌打ちして、自分の席に戻った。
「じゃあ、また後でね」
 翔は、飄々とした風で真湖にそう残して、やはり自分の席に着いた。
 ホームルームの最中は始終クラス内、こそこそ話。もちろん主に真湖と翔の話で盛り上がっていた。女子の一部では、止めに入った阿修羅との三角関係疑惑に花が咲いていたり。当の本人である、真湖は赤い顔が治らず、ずっと下を向いたまま。阿修羅は翔を睨んだままだったが、その翔はというと、変わらず飄々(ひょうひょう)とした顔で、隣の女の子と軽口を叩いていた。
 英美先生は時折、
「はいー、静かに-」
 と声は掛けるものの、淡々をホームルームのお知らせを読み上げて、時間通りに切り上げた。
 ホームルームの時間が終わると、今度は女子が真湖の周りに集まった。
「ねーねー、どうするの?」
「剣藤くんって、真湖ちゃんの幼なじみなの? カレシじゃないの?」
「ねー、どっちの方が好み?」
 と、ワイドショー並の取材攻撃が開始された。
「あ、いや、その……」
 赤い顔がとれずに、ただオロオロする真湖。超気になる気配をみせる阿修羅だが、今度は女子相手なので、手が出せずに遠目に見ながら、ヤキモキするだけだった。
 そこに、
「ちょっと、真湖、トイレ付き合って」
 と、灯が女子の輪に入って行って、真湖の手を引っ張った。
「ちょ、っと……灯ちゃん?」
 突然手を引っ張られて、真湖はびっくりしたけれど、されるがままに灯に連れられて、教室を出た。

「あんた、ばっかじゃない!?」
 トイレに駆け込んだ途端に、灯が真湖を罵倒した。それから、鏡に向かって髪を整えるフリをしながら続けた。
「なに、あんなヤツにへらへらしてんのよ!」
「いや、あたしは……そんなつもりじゃ……」
「だったら、ちゃんと断りなさいよ。そもそも、あんた隙だらけなんだから、昔っから」
 狼狽する真湖に灯は容赦なかった。灯はポケットから取り出した櫛で、腰まで伸ばした長い黒髪を梳いた。髪質は真湖とあまり変わらない、ツヤのある黒髪。ポニーテールにしている真湖と違って灯はそのままストレートにしている。顔立ちが通っていて美形なのだが、性格がクールすぎるため、小学校ではむしろ『怖い子』のイメージが強かったらしい。ただ、真湖は灯のことを怖い子とは思ったことはないのだけれど。
「そんなんだから、あんなヤツに変に声かけられるんだから。いい?ちゃんと断りなさいよ、合唱部に入るのも。
 大体、入部する代わり付き合えとかって、あり得ないから!」
「あ、そうだね……」
 灯にそう言われると、真湖の頭もかなり冷静になった。確かに灯の言う通り、入部する代わりにという条件付けなんかするあたり、彼の言うことはおかしい。
「そういうことに気付いてないんだから、本当にあんた、頭弱いんだから!」
 灯は櫛をポケットに戻すと、顔を伏せてから続けて、
「それからね、あっしゅにはちゃんとお礼しておくのよ!」
 と言った。
「うん」
 真湖は大きく頷いた。
「あ、灯ちゃん」
「なによ?」
「ありがとね」
 クラスの女子からの取材攻撃から抜け出せたのも、突然の出来事に頭が混乱しているのを冷静にしてくれたもの、灯のおかげだった。
「もう授業始まるから戻るわよ!」
 灯はそれには答えず、トイレを出て教室に向かった。真湖は鏡に向かって両の頬をペチペチと叩いてから灯の後を追った。

 1時間目の終わり、真湖は意を決したように立ち上がり、翔の元に向かった。
「エンリコくん」
「なんだい? 真湖ちゃん?」
 翔はにこやかな笑みをたたえながら、真湖に向かった。彼女が来るのを予測していたかのように。
「さっきの話なんだけど、ごめんなさい、お断りします」
 真湖は、勢いよく深く頭を下げた。ポニーテールが翔の鼻先をかすめた。
「えー。そうかい。残念だなぁー」
 と、全く残念がる様子もなくそう言った。
「じゃあ、仕方ないや、合唱部にだけ入ろうかな」
「あの……合唱部もできるかどうかまだ分からないし」
「でも、つくりたいんだろ? 協力はするよ」
「あ、あの……気持ちはありがたいんだけど……」
「合唱部やりたいってのは、本気(マジ)だよ? あ、もちろん、真湖ちゃん好きだっていうの本気だけどね。一部員として、部員集め手伝うよ。それならいいだろ?」
「あ、うん…」
「それとは別に、俺は真湖ちゃんのことは諦めないからね」
「だから、それはことわ……」
 翔は真湖に皆まで言うなと、手で制した。
「うん、今はね。今は」
 そう言って、翔は立ち上がり、
「次、教室移動だよ」
 教科書を持って教室を出た。
「いけすかねぇ野郎だな……」
 翔が出て行った後に、心配そうに阿修羅と乃愛琉がやって来た。
「あ、あっしゅ、さっきはありがとね」
「いや、別に……。次の教室行こうぜ」
「うん」
 阿修羅は照れ隠しに、踵を返して先導するようにして、教室を出た。
「真湖ちゃん、あの人大丈夫かな?」
「ん? エンリコくん? 悪い人ではないと思うんだけどなぁ……」
「それはそうだけど……なんか、部始まった後、もめ事にならなければいいんだけど」
「でも、あたしは来る者拒まず、去る者食わずだから」
「去る者追わずでしょ?」
「あ、そっか」
 二人して見合って笑った。
「それより、真湖ちゃん、どうなの? エンリコくんのこと?」
「どうって、だって、昨日会ったばっかりなのに、分かんないじゃん」
「まあ、そうだけどね。でも、ちょっと格好よくない?」
「え? 乃愛琉、タイプなの?」
「ううん。全然。でも、うちのクラスの女子は気にしてる子多いみたいよ。ほら」
 乃愛琉が指さす先に、翔が女の子たちに囲まれながら、廊下を歩いている様子が見えた。
「ねえ、エンリコくん、どうして、煌輝さんなの?」
 その時、翔は遠慮しない女子達に質問攻めにあっていた。けれど、全く動じる様子もなく
「俺はね、行動的な女の子が好きなんだ」
「ねーねー。札幌の小学校だったんでしょ?その時ガールフレンドいたの?」
「どうして石見沢に来たの?」
 行動的な子が好きと言われて、我先に自己主張しようとする女子達に、さらにもみっくちゃにされていく。
「けっ。なーにが、行動的な女子が好きだって」
 男子の一部は、エンリコのあけっぴろげな所に嫌気がさしていたし、その他の男子はただ呆気にとられているだけだった。どちらにしろ、もし彼と同じように気になる女子ができたところで、自らああいう風に、人前で告白しようなんてできやしないと思っているのだった。
 そういう意味では、今日の出来事は彼らには全くの新境地であり、アニメや小説で見聞きはしたことはあるが、まだ自分たちでは体験したことのない、青春の扉が開いた瞬間であった。

 そして、昼休み。
 阿修羅と乃愛琉が前後の席だったので、そこに真湖と灯が集まった。学生生活初のお弁当である。もちろん小学生の時も、何かの行事の度にお弁当をつくってもらったことはあったが、これからは毎日がお弁当になるのだ。真湖の母も今朝は早くから起きてお弁当作りに精を出していた。今日のお弁当は昨日リクエストしておいた、ハンバーグとウインナーが入っているはず。
「阿修羅のお弁当箱、おっきいね!」
 机の上に並べられた弁当箱は、阿修羅のが明らかに大きかった。その中で一番小さい、灯持参のお弁当箱の2倍はあったろうか。
「育ち盛りだからな!」
 阿修羅がわははと大笑いしながら、弁当箱を開ける。ご飯たっぷりの海苔弁当だった。
「ご飯、おっきいねぇ」
 と、そこに翔がやってきた。
「なんだよ?」
 阿修羅が敵意を見せる。
「一緒させてもらってもいいかい? なんか、みんな出身校で固まってるからさ。俺、行き先なくてさ」
 と、言いつつも、その翔の行動を見つめながらウロウロしている女子が数名いるのを阿修羅は見逃さなかった。
「向こうに、一緒に食べたがってそうなのがいるけどねぇ」
「そんなに邪険にしなくてもいいだろ? お邪魔します」
 修羅をすっかり無視して、隣からイスを持ってきて座ろうとした。
「こちらにどうぞ」
 灯が素早く移動して、乃愛琉と自分の間を開けた。翔は明らかに真湖の隣を狙っていたようで、一瞬止まってから、開いたところにイスを置いた。
「ありがとう」
 やっぱり変わらずの笑顔で、灯の隣に座った。
「えっと、あけび……ちゃんだっけ?」
「あかり。紺上(こんじょう)灯」
 灯は翔の顔も見ずにそう言った。ちょっと語気に力が入っていた。
「ごめん、ごめん、あかりちゃんね。あと、ノエルちゃんだったよね」
 翔は乃愛琉にも愛想を振りまいた。
「ノエル……これ、なんて読むの? がっしょう?」
 翔は乃愛琉の胸についた名前札を指した。
「合歓(ねむ)って読むの。合歓の木って知らない? 北海道では生えないけど」
「へえ。これでねむって読むんだ。でも、ノエルの方が覚えやすいから、ノエルちゃんでいいよね? 俺は、エンリコ翔。よろしくね」
 翔は皆と一緒に弁当箱を広げた。中にはサンドイッチが入っていた。若干不格好だが、あんまり見たことのないハムとかが挟まっている。
「わー。サンドイッチだー。いいなぁ。お母さんが作ってくれるの?」
 真湖がそれを覗き込む。
「そんなんで足りるのか?」
 阿修羅は顎肘ついてそう言った。
「足りるよ。これは、俺の自作。うち、ママーが働いてるからさ。朝時間なくて、自分で作ってる」
「そういえば、エンリコくんって、札幌から越してきたって?」
「うん。今はおじいちゃんの家に住んでる。3人暮らし」
 翔は相変わらずニコニコ顔で、サンドイッチに口をつける。
「おとう……」
「真湖!」
 真湖が口を開こうとして、灯が制止した。
「あ、全然気にしなくていいよ。そそ、パパはいないんだ。離婚してね、イタリアに帰っちゃった。だから、ママーと二人暮らしだったんだけど、地元に戻ってきたってわけ」
 少し沈黙が流れた。
「部活。剣藤くんは、なにやるのさ?」
 最初に翔が口火を開いた。
「あ、俺? 俺、野球部」
「あっしゅは、地元のリトルリーグでは有名だったんだよ。4番ショート」
 真湖が補足した。
「へー。道理で体格いいわけだ。あっしゅって呼ばれてるの?じゃあ、俺もアッシュって呼ぼうかな」
「どうぞ、ご勝手に」
 阿修羅と呼ばれるよりかはマシかと思い、それは断らなかった。
「あかりちゃんは?」
「わたしは、帰宅部」
「ノエルちゃんは?」
「わたしは……真湖ちゃんと、合唱部……の予定です」
「そっか、じゃあ、一緒だね!」
 翔はそう言って、隣の乃愛琉の手を取った。乃愛琉はすぐにその手を引っ込めた。
「そっか、じゃあ、もう3人までは決定なんだね。ところで、何人くらいいれば、合唱部できるんだろうね?」
「一応、10人くらいは集めたいなって思ってるんだけど」
 真湖は当座の目標をそれくらいで考えていた。それくらいいれば、先生にも交渉できるのではないかと思って。
「じゃあ、あと7人だね」
「煌輝さんっている?」
 その時、乃愛琉の後ろのドアから、声がした。みんなが振り返ると、一人の女子生徒が立っていた。胸元の名札を見ると、3年生のようだ。
「はい、あたしです!」
「ちょっといいかな?」
 その先輩は、真湖を手で呼びつけた。
「はい」
 真湖は箸を置いて、立ち上がり、廊下に出た。残りの4人はその様子だけ目で追った。
「入部希望かな?」
「かな」
 真湖が廊下に出ると、その女子生徒はまず名乗りあげた。
「わたしは、現瞳空(うつつみく)。3年2組。昨日の全校放送聞いたんだけど、あなたが合唱部つくりたいって言ってたのよね?」
「はい! そうです! 先輩も入ってくれるですか?」
 真湖は、満面に笑みを浮かべた。早速入部希望者が現れた!
「そのことなんだけど……」
 現はそこで息継ぎをした。
「合唱部はつくらない方がいいわ。いいえ、つくらないでちょうだい」
「え?」
 真湖は硬直した。

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