2014年10月15日水曜日

「Nコン!」第12コーラス目「校歌!」

 石見沢市立西光中学の校歌は、今は亡き著名作曲家によるものだった。
 地元出身のその作曲家は、この周辺地方が炭坑町として活況を呈し始めた頃に活躍した。とある炭坑主がパトロンとしてこの地元出身の若き才能を目覚めさせたのだ。この学校が開校した昭和22年は、戦後まもなくのことで、徴兵から戻ったばかりの彼に白羽の矢が当たったのである。
 自身、北海道開拓使として入植してきた父を見てきた彼は、その精神を歌詞に込めた。また、戦地に赴いたときの望郷の思いを反映させようとしたのだという。そして、それは、日本の復興、まもなく始まる高度経済成長期に向けたメッセージでもあったのだろう。

 練習の休憩中にふと、現<<うつつ>>が自分が入部した時に先輩から教わった、校歌にまつわる話を真湖たちに簡単に説明した。横では2年生達も興味深そうに聞いていた。去年は正式な部活動ではなかったため、そんな話を先輩から聞く機会はなかったのだろう。
「昭和22年って、何年前?」
「さぁ? 確か、校門のとこに開校67周年って書いてなかった?」
 真湖の疑問に乃愛琉<<のえる>>がすぐに答える。彼らににとっては、昭和という響きは歴史の教科書の一部でしかない。
「そうね、確か67周年って書いてあったわね」
 現が同意する。
「うちはおじいちゃんおばあちゃんからずっとここだったって」
「そっか、乃愛琉んとこって、ずっと石見沢なんだもんね」
「あれ?真湖ちゃんとこもずっと石見沢じゃなかったっけ?」
「あたしはもちろん石見沢生まれだけど、おとうさんもおかあさんも、元々栗川町だったらしいよ。あんまよく分かんないけど、おじいちゃん達の代にこっちに来たって。だから、うちのお父さんもお母さんもこの学校の出身じゃないんだ」
 札幌から転校してきた翔はもちろんのこと、祖父の代でこの町にやってきた真湖には、石見尺の歴史はあまり馴染みのないものだった。父が成人してから石見沢に来たと言っていたような気がするが、あまり詳しくは聞いたことがない。今度機会があったら聞いてみようと思った。
「あとは、あっしゅと灯んとこもそうだよね」
 阿修羅も灯も代々続く農家の子だった。ただ、阿修羅の父が何年か前に亡くなっているため、今は廃業してしまったのだが。
「うちもずっと石見沢だよ」
 双子の射原兄弟が続けた。射原商店は石見沢駅前の老舗商店だというのは、誰もが知っている。今ではセイコーマートの冠がついているが、未だに射原商店と呼ぶ市民も多い。
 如月と外園も同じく頷いて自分たちもずっと地元民だと言った。
「札幌だと、開校100周年って学校も結構あったよ」
「そりゃ、札幌とは歴史の長さが違うからね」
「そんなに違う?」
「だって、札幌って、函館に次いで歴史が長いんでしょ? 小学校修学旅行の時に100年記念塔見に行ったわよ。あれだって、うちのお父さんが生まれた歳にできたんだってよ。そしたら、都合140年位になるじゃない?」
 現がそう言うと。
「いや、100年記念塔は、北海道開拓の100年記念であって、札幌のってわけじゃないよ。それに、石見沢だって、結構歴史あるよ」
 と、遠慮がちに栗花落<<つゆり>>が口を挟んだ。
「うち、元々兵庫らしいんだけど、石見沢に入植したの明治12年頃だっていうから、西暦にして1879年。札幌とはそんなに違わない。今はないけど、二笠までいく幌内鉄道ができたのも1882年だって」
「蒼斗、詳しいのね」
「うん、うち、栗花落家の直系なんで、兵庫県から来た時の家系図とかみんな残ってるんだ。うちのひいじいちゃんがそういうの調べるの好きでさ、何度も兵庫に通ってたらしい。なんでも、元々武家の出だったんだってさ」
「へぇ、意外」
 現がいつもより一オクターブ高い声で感嘆した。何が意外なのかはよく分からないけれど。栗花落が詳しいことがなのか、武家の出身の直系であることがなのか。
「まあ、本州に比べればほんの一瞬だけどね、石見沢の歴史って言っても」
 栗花落はなんとなくニヒルな言い方で締め括った。
 けれど、そういう話を聞くと、その話を聞いていた部員にとっては、校歌に籠められた、フロンティア精神の片鱗みたいなものを感じることができたように思える。短いとは言え、100年以上の歴史は中学生には重い。
「じゃあ、練習再開しましょうか」
 現の一声で練習が再開された。

 乃愛琉にとっての『意外』は神宮だった。見た目はキザだし、なんとも空気を読まないキャラクターはあまり好きにはなれなかったが、確かに現の言う通り歌だけは上手かった。明らかに他の部員より声量はある上、体全体から響かせたかのような深い音色を出す。しかも、音程もしっかりとしていて安定感がある。これを意外と言わず何と言うのか。現が我慢してでも呼んできたという意味がようやく分かった。
 けれど、現も彼のことは好きではないらしい。カレシである栗花落の目の前でコナをかけるような無神経なところや、誰彼構わず女の子と見れば声を掛けるようなタイプは乃愛琉にとっては最も苦手とする男子像だった。
 しかし、一度彼が歌い始めると、なんとも不思議な感覚に陥る。なんだろう、この感じは。乃愛琉はできるだけ歌に集中することにして、あまりそのことを考えないようにしようと努めた。
「あの神宮先輩って、ホント歌うまいね。意外」
 単純な真湖はただ、そうやって驚いた。

 西光中学の校歌は混声二部と混声三部のアレンジがある。普段合唱部では、混声三部に分けるのだが、人数割をすると、翔がソプラノ域にいれたとしても、女子がそれぞれのパートに4人となり、声量のことを考えると、今回の新歓では校内全体合唱用の混声二部にすることにした。何より、昨日までの練習で、1年生3人共に、女子パートしか教えていないこともある。今から真湖をアルトにシフトすることも考えたが、せっかく女子パートで教えたので、途中で混乱することも考えられるので、現はそれを避けた。
「混声二部なんだ? ちょっと物足りないね」
 事情を知らない神宮が余計な口を挟んだが、気にしないことにした。
「まあまあ、上出来じゃない? 初日にしては」
 栗花落も神宮のことは無視して、そう現に耳打ちした。
「まあ、元々去年一緒にやった仲間だしね」
 それになんだかんだ言っても、1年生の3人には数日かけてみっちりやった成果は出てはいた。
「だけど、二部だからであって、三部に分けたらどうだろ」
 現は満足はしていなかった。今回の目的はただ歌うのではなく、新歓において、新入生を勧誘するのが目的なのだ。現はしばらく考えて、意を決したように、
「神宮くん。あのさ、一番前出て歌ってくれないかな?」
「え? ボク? いっつも一番後ろじゃない?」
 現が指名すると、神宮は不思議な顔をした。男子の中で一番の長身であり、一番張りのある声が出るので、セオリーで言うと、一番後ろが適している。しかし……
「あのさー、神宮くんのが一番前の方が、その……目立つじゃない……で、その方が新入生も、入部しようかなぁ……とか思うかなぁ……とか思って……さ」
 現は何だかイヤイヤ、そんな言い方をしたが、それに神宮の目が瞬いた。
「そっか、ボクみたいなスターが前に出た方が勧誘になりやすいってことだね。了解、じゃあ、前で歌うよ」
 こういう時だけ理解の早い神宮だった。現のため息に栗花落が肩を叩いた。
 颯爽と前に出る神宮に、あ、この人そういう自意識はあるんだ、と乃愛琉は変な感想をもった。そんな神宮をよく知っているのであろう、如月もくすりと笑った。

 夕方までかけて練習は続いた。真湖も乃愛琉も、初めての長丁場でクタクタになっていた。途中何度も休憩を挟んだのは慣れていないこの二人がグロッキーになることを避けてのことだったら、さすがに夕方になると二人共に死に体だった。
「じゃあ、今日はおしまい! みんなお疲れ様」
「お疲れ様でしたー!」
 とは言え、他の先輩方も久しぶりの練習ということもあり、かなりバテ気味であることは確かだった。
 ただ一人、神宮だけがケロりとしているのが不思議だった。
「明日って、みんな予定どうなってるかな?」
 現が明日もやる気満々という表情で問いかける。真湖はドキリとした。
「明日は、店の手伝いで。駅前商店街のキャンペーンに参加してるんですよー」
「すみませーん、明日は塾入れちゃっててー」
「明日は親戚遊びに来ることに」
 2年生、3年生は全滅だった。現が1年生3人に目を向けると、
「引越の後片付けがまだ残ってて」
 翔も、申し訳なさそうに断った。
「じゃあ、仕方ないわね。月曜日の放課後ね」
 真湖はちょっとほっとした。現がこんなに練習の虫だとは思ってなかった。
「でも、1年生は自主的に練習しておいてよ。最低50回は自分のパート歌っておいてよ」
 しかし、現もその辺は抜かりはなかった。
「はーい」
 真湖と乃愛琉は渋々返事する。

 下校途中、真湖、乃愛琉、翔が帰宅の途についている時、後ろから如月が真湖と乃愛琉の後ろから抱きついてきた。
「おっつかれー。みんな、そっち方面?」
「き、如月先輩。びっくりした」
「そうです。わたしたち、中央小なんで」
「へー、そうなんだ。じゃあ、一緒に帰ろう?」
「あれ?如月先輩も中央小でしたっけ?」
 同じ学校だった記憶はない。
「わたしは西小よ。ずっと栗花落先輩の後輩ー。これから塾でさー。こっちに塾あんの」
「これから、塾って、タフだなー」
 翔が感心した。さすがの翔でもかなり疲れていた。
「こっちって、駅前のあの大きい建物のですか?」
 真湖にはその塾の心当たりがあった。
「そそ、栄信塾ってやつね」
「あ、そこ、あたしの友達も行ってます。紺上灯<<こんじょう あかり>>って言います」
「こんじょう…こんじょう。おお、今年の一年トップだねぇ。噂は聞いてるよ」
「灯、塾でも一番なんだ、すごいな」
「ちなみに、2年でトップ、このわたしー」
「え。すごいですね!」
「えへへー。まあ、大したことないけどねー。ねーねー、ところでさー、わたしたちって気が合いそうだね。最初会った時から、そんな感じしたんだよね」
「そうですか! あたしもそんな気がしてました!」
「これからもよろしくね!」
「こちらこそ!」
 真湖と如月はキャイキャイ言って、盛り上がった。確かに横から見てても同類のにおいはする。とは言え、学年トップの如月と、低空飛行の真湖では天地ほどの違いはあるが、と乃愛琉は心の中でつっこんだ。
「先輩方もみんないい人で、合唱部うまくいきそうで、嬉しいです!」
「そうねー」
 如月は一瞬空を見上げた。
「そう言えば、あの神宮って、先輩、歌上手いですね」
 そこに、乃愛琉は感心したように言った。
「ああ、神宮……先輩ね。上手だねー。なんか、両親も音楽関係の仕事してるとかで、うちの学校でも有名人だよ。……まあ、いろんな意味で」
 如月は奥歯に物が挟まるような言い方でまた目を逸らした。
「誤解されやすいタイプだから、神宮先輩って」
 真湖も乃愛琉も、なんと返答したらいいのかと躊躇っている間に、
「あ、でも、先輩、誰にでも甘いこと言うから、気をつけた方がいいよ。ホント。なんて言うか、軽いっていうのかな」
 乃愛琉は明らかに見た目通りなんですがとは言えず、
「如月先輩、お詳しいんですね」
 と言うのが関の山。
「あー、わたし、つきあってたことあるんだ、去年。Nコン終わったあと、ほんのちょっとだけだけど」
 意外な告白。今日は意外続きだなと真湖は驚いた。
「あー、今は違うけどね。今はつきあってる人いないんじゃないかなー。あはは」
 如月は両手をブンブン振った。1年生3人の空気を読んで、なんとか誤魔化そうという雰囲気が見え見えだった。
「あ、先輩と言えば、全然違う話ですけど、如月先輩って、『芳田先輩』って知ってます? 『芳田瑞穂先輩』」
「よしだ?」
 乃愛琉の渡した船に乗った如月はあごに人差し指を当てて考えこんだ。
「合唱部だった人?」
「はい、そうです。でも、如月先輩が入学する前に卒業しちゃったみたいなんですけど」
「OGもよく遊びに来てたから、何人かは知ってるけど、よしだ先輩っていう人は知らないなぁ」
「そうですか。すみません」
「ううん。あ、あたしこっちだから、じゃ、また来週ね」
 交差点にさしかかる前に、如月はダッッシュして、信号ギリギリに横断歩道に駆けて行った。
「なんか、賑やかな人だね」
 翔が感想を漏らした。

「乃愛琉、どうして芳田先輩のことを?」
 翔と分かれてから、真湖が聞いた。
「ん、ちょっとね。もしかしたら、知ってるかなって」
「でも、合唱部のアルバム見たら、載ってなかったのって、如月先輩もまだ入学する前だったじゃない?」
「うん、分かってる。知ってるとしたら、現先輩しかいないって。でも、現先輩に直接聞くのって、ちゃんと調べてからの方がいいかなって」
 それに、あのタイミングで聞けば、あの質問内容について如月先輩もいつまでもは覚えていないと思ったからだった。
「まあ、そうか。そうね」
「でも、如月先輩も知らないってことは、違ったのかもよ? 本当に、芳田先輩だったのかな?」
「うん、確かに、そう聞いたもの」
 真湖があの時確かにリーダーから感じ取ったのは、その名前だった。
「まあ、あのことはいいんじゃない? あれから、あの先輩たちも現れないし」
「うん、まあ、そうなんだけど。怖い目にあったのは、真湖ちゃんだし」
「あたしは大丈夫だよ。また今度きたら、キン○マ蹴ってやるんだから!」
「真湖ちゃん、ちょっと!」
 乃愛琉は慌てて、周りを見た。が、ちょうど誰も往来にはいなかったので、安心して苦笑いした。
 二人はいつもの曲がり角でバイバイして別れた。

 新歓まであと4日。

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