2014年10月18日土曜日

「Nコン!」第13コーラス目「新歓!」

 いよいよ新入生歓迎会の日がやってきた。午前中は授業をやり、午後からの授業の代わりに新入生歓迎会が行われる。そのため、部活動に関係ない2、3年生はすでに下校している。
 にも関わらず、真湖達が音楽室に向かう途中、校内にはかなりの数の2、3年生の姿が見うけられた。
「ずいぶん、2、3年生残ってますね」
 音楽室に入るなり、真湖がそう感想を述べた。
「うちの学校、結構部活動盛んな方だからね。その分、新入生獲得競争も熾烈なのよ」
 現<<うつつ>>がそう説明する。
「そうなんですか、知らなかった……」
 いざそう言われるとなんだか緊張してきた真湖だった。
「真湖ちゃん、大丈夫。あんなに練習したんだし」
 乃愛琉<<のえる>>がそんな真湖を励ました。確かに、先週から始まった練習では、現からかなりしごかれ、真湖も乃愛琉も精根尽き果てた感はあった。
「これだけ練習したんだから、絶対成果あるよね?」
 うんうん、と、乃愛琉が真湖を宥める。そこに、
「みなさん、準備はいいですかネ?」
 と、校長が音楽室に入ってきた。
「わ、校長!」
「校長だ」
「校長先生だ」
 音楽室がわっとざわめいた。
「今日は勝負の日だネ。みんな頑張ってネ。校長としては無理だけど、個人的に応援してるネ。そして、OBとしてもネ」
「校長先生、ありがとうございます。頑張ります」
 現はしっかりと頭を下げて校長にお礼をした。倣うようにして、部員が全員頭を下げた。
「じゃ、舞台の袖でしっかり見させてもらうからネ、みんなの成果をネ」
 校長は手をひらひらさせて、また音楽室の扉から出て行き、向かいの校長室に引っ込んだ。
「え、校長先生って、合唱部のOBだったんですか?」
 そのことは聞かされていなかったらしい、如月と外園が現に聞いた。
「うん、今の教頭と一緒に合唱部だったんだって。あ、ごめん、言ってなかったっけ」
「え、いえ。大丈夫です。じゃあ、それで校長先生、味方になってくれたんですね。それで校歌か。何か思い入れあるのかもですね」
「でも、他の先生方の手前、何もないのに創部ってわけにもいかなかったんで、今回こういう条件がついてきたんだけどね。思い入れがあったから、校歌指定だったんだと思うし」
「新入生10人獲得って言ったら、大変ですもんね」
「ん、まあね」
「味方って言っても、結構高いハードルつきつけられちゃいましたね」
 如月はさらりとそんなことを言い放った。
「で、でも、現先輩なら、できるかも……って、思ってくれたんじゃないかな」
 そんな如月の言葉を外園がフォローした。
「そう言ってくれると、少し気持ちは楽になるよ、ありがとう外園」
 現がそう言うと、外園は少し紅くなって、如月の後ろに隠れるようにした。
 そんなやりとりを見て、今更ながらに、大変な状況だということに気がついた真湖。さらに緊張が高まる。
「まあ、何にもしないで神頼みも良くないし、やれることはやってみよう」
 現は、両手で頬をぱんぱんと叩いた。
「そうだね」
 栗花落<<つゆり>>がそれに同意する。
「じゃ、行こうか」
「はい」
 揃って現に返事が返る。一週間に満たない即席合唱部としては、綺麗なハモりになっていた。

 各部が続々と体育館に入ってくる。1年生で部活をすでに決めている生徒は少ないと見える。ほとんどは先輩たちばかり。向かいに並ぶのは運動部だった。皆、ユニフォームや胴着を来ているので、大体どの部なのかは分かる。野球部に阿修羅の姿が見えたのは真湖にすれば、気持ち的には幸いだった。ふと、阿修羅の目線がこっちを向いた。真湖が小さく手を振ると、阿修羅も相づち程度に頷いた。
「野球部たくさんいるね。あれで2、3年生だけなんだ?」
 その気配に気がついたのか、乃愛琉がそっと真湖に言った。
「そうだね。あんなんでレギュラーとかとれるのかな」
 それでも、隣の一団はサッカー部なのだろう。若干ながらに部員数が勝っているようにも見える。
 そう言えば、教室を出る際に、阿修羅に声を掛けられたのだった。
『校長との勝負、負けんなよ』
 その時のお返しのつもりで、真湖は口パクで、
「あっしゅも負けんなよー」
 と、阿修羅に送ったが、向こうは何だか分からずに、怪訝そうな表情で真湖を見ているだけだった。
「1年生の入場です」
 教頭の合図で、体育館の扉が開いた。体育館に待ちかまえる上級生達は一同に拍手で迎えた。こちらサイドにいる真湖からすると、まるで獲物を狙う狩人の一団の中に自分がいるようで、何とも心地が悪かった。
 一斉に拍手で迎えられ、一年生達は不安げな顔で入場してくる。何が起こったのか分からずキョロキョロする者もいる。中にはまっすぐ前しか向いていない者も若干はいたが、ほとんどは、何事かと言わんばかりであった。
「あ、うちのクラス」
 乃愛琉が目ざとく真湖に教えた。英美<<はなぶさ>>先生を先頭に3組の生徒が入場してきた。見た顔ばかりだ。中には真湖と乃愛琉に気がついて、『なんで、あの子たちあっちにいるの?』とか仲間うちで話をしているのだろう、こちらを指さして話をしている生徒達もいる。灯<<あかり>>も真湖たちに気がついた様子だったが、あくまでもいつも通りの無表情を貫いていた。
「あー、なんか緊張してきた」
 見知った顔を見るとさらに緊張の度合いが高まる。さすがに乃愛琉も緊張を隠せない。
「あ、あれって?」
 真湖は最後に入場してきた一団に目を向けた。
「特別支援学級じゃない? 入学式の時もわたしたちの後ろにいたよ」
「あ、そうなんだ」
 中央小学校にも、支援学級はあったが、各学年ではなく、いくつかの学年がまとめてだったこともあって、行事にクラス単位で参加することは滅多になかったので、真湖も気がつかなかった。車いすの生徒が数名と、明らかに自分たちとは違う生徒がいたが、他はほとんど普通の生徒にしか見えなかった。
「全然気がつかなかったな」
「だって、真湖ちゃん、前しか見てないんだもの」
 乃愛琉が茶化した。
「ボクも緊張してきた。みんな、あそこに上るのかな?」
 翔がそう言って壇上を指さした。最初の部が壇上に上がっていた。最初は運動部の方かららしい。50音順なのだろうか、剣道部が最初だった。その後にサッカー部が控えているのが見える。それに、柔道部、水泳部と続く。
「当然そうでしょ。上にあがんないとみんなに見せられないし」
 と言いつつも、真湖も壇上にあがることを考えただけで緊張した。学校の壇上に上がるのは、卒業式を除けば、小学校の学習発表会以来だけれど、あの場合は観客がPTAだったので、生徒の前でというのは何か感じが違う。しかも、同級生を前にしてだから余計勝手が違うのかも知れない。卒業式に至ってはただ証書を受け取るだけだったので、緊張のしようもなかった。
 なにより、今回は合唱部創部がかかってる大一番なのだ、何がなくても緊張するのは仕方ない。真湖はそう自分に言い聞かせた。
 順々に運動部が紹介を終え、最後に野球部になった。壇上に上がる前に、阿修羅が一瞬だけこちらを見た気がした。2、3年生に混じって立つ阿修羅は上級生に負けず劣らず大きかった。卒業の頃にはクラスでも一番後ろだった。けれど、小学校入学当時は、真湖と同じ背丈だったのに。
 部長の山咲が挨拶した。マイクを使わず人一倍大きい声で挨拶する。体育館全体に広がる声量。確かにこれはすごいものがある。それに合わせて、時折、部員の「オッス」という声が響く。皆良い声をしている。
「この中の何人かでも合唱部入ってくれればいいのにね」
 真湖は、乃愛琉に言っているのか、それとも独り言なのかよく分からないくらいの小さい声で呟いた。山咲も手伝ってはくれると言っても、Nコン前だけだというし、野球部と兼部というのも大変な話ではある。
「阿修羅も入ってくれそうにないしなぁ」
「他に10人集めればいいんだから、ね、がんばろ」
「だね」
 野球部が終わると、文化部が続く。最初は演劇部だった。もちろん演劇部は舞台慣れしていて、颯爽と部員たちは舞台にあがった。事前に台本は決まっていて、練習も重ねたのだろう、それぞれの役割分担もきっちり決まっていて、一つの舞台を見ているかのようだった。真湖は馬鹿のように口をぽっかり開けてそれを眺めていた。
「はい、行くわよ」
 演劇部の紹介が終わる頃、生徒会らしき人達が現に何か声を掛けた。それに合わせるように、現が合唱部の皆を呼んだ。舞台上を邪魔しないようにゆっくりと舞台袖に向かう。真湖は途中一回だけ深呼吸した。
 やがて演劇部の紹介が終わり、演劇部が下手に降りると、いよいよ合唱部の出番だ。
 現は先頭に立って階段を上がる。一番上の段に上ると、一旦振り返って全員の顔を見渡す。それから、うん、と頷いてから舞台に出た。続いて2年生の女子、真湖たち3人、そして男子が順に出る。
 照明がまぶしかった。スポットライトではないので、光量はさほどではない。多分、自分の置かれた立場がそう感じさせたのだろう。その光にも慣れると、真湖の視界に体育館を埋める1年生の姿が浮かんできた。否が応でも緊張は高まる。
 その時、後ろからぐいっと変な感触が。
「!?」
「緊張してるなー?」
 その声は如月だった。如月が、真湖と乃愛琉のおしりをぎゅっとつまんだのだ。
「せ、先輩!」
 二人は揃って振り返る。
「緊張してたら、いい声でないよー。ほら、グランド走っていた時のこと思い出せー」
「わ、分かりました!」
 確かに、二人ともに体中緊張していたのだろう。緊張が一番声に良くないことは何度も現から言われていたのに。それでも、いざとなるとこうなるものなのか。
「二人とも、ちっちゃいおしりでかわいいのー。ほら、諒子ちゃんも」
 如月は隣の外園にも同じようにする。
「ちょっと、友夏ちゃん、わたしは大丈夫だってば」
 そんな二人を見て、真湖と乃愛琉はお互いを見合わせて笑った。ふと緊張の糸がほぐれた瞬間だった。
「次は合唱部……仮合唱部のみなさんです」
 教頭が言い直した。
 紹介された現は、マイクを持って紹介コメントを始めた。
「合唱部は、去年一旦廃部になりましたが、今年有志数名で再び創部を目指して活動を開始しました。まだ11名の小所帯ですが、これからみなさんと共に、楽しい合唱部にしていきたいと思ってます。よろしくお願いします。
 これから、この学校の校歌を歌います。みなさんもこの先イベントごとに歌うことになると思いますので、よくお聞きください」
 現がスタンドにマイクを置くと、スピーカーからもう何度も聞き慣れた伴奏が流れる。

「終わったー!」
 音楽室に戻った途端に栗花落が叫んだ。
「終わったんじゃないでしょ? 始まったの。勝負はこれからだもん」
 新入生歓迎会は無事に終わった。即席合唱部の割には校歌も上手く歌えた。しかし、どんなに上手く歌えても新入生が入ってこないことには何の意味もない。
 最前列の神宮の姿もしっかり新入生(特に女子)には焼き付いたことだろう。これに騙される女子生徒がどれくらいいるだろうか。
「でも、結構こっち見てる人いましたよ。全く興味ないって人も結構いたけど」
 射原悠斗<<いはら ゆうと>>がフォロー気味に言った。双子の悠耶<<ゆうや>>もそれに頷く。
「結果はもう間もなく見えてくると思うけど」
 歓迎会の後は、部活の下見となっていて、興味のある部に新入生が回ることになっている。この後新入生がこの音楽室の扉を叩くことがなければ、敗北が確定することになる。また、数名が来たところで、校長の条件である、新入生10人を越えなければ、同じことだ。
「あ、そう言えば、校長先生の言っていた新入生10人って、あたしたちのこと入るんですかね?」
 真湖が手をぽむと叩いて現に聞いた。入れば、あと7人になる。
「バカね、入らないに決まってるでしょ。世の中そんなに甘くはないわよ」
 現はけんもほろろにそう言った。
「そっかー。じゃあ、乃愛琉とエンリコくんを後にしておけばよかったー」
 後悔先に立たずと、真湖は凹んだ。
「合歓さんと、エンリコくんがいなかったら、わたしが断ってたわよ」
 さらに現が追い打ちをかける。
「ぶちょー」
 真湖がぶーっと顔をふくらませた。
「大丈夫、安心して、絶対10人は来るから。……うん、きっとね」
 現は自分に言い聞かせるかのようにそう言った。
「あたし、客寄せしてきま……」
 いてもたってもいられない真湖は、そう言って、立ち上がろうとした。
 その時扉をノックする音がした。
「あのー。いいですかー?」
 1年生らしき女子が2、3人、扉の間から顔を出した。
「もちろん! 入って、入って」
 最初に飛び出したのは如月だった。3人の1年生を掠うかのように音楽室内に引き寄せた。それに続いて、他の部員達も扉に寄る。皆、顔はにこやかだが、内心穏やかではなかった。
「入部希望?」
 現が優しく迎える。いきなり女子3人とは幸先が良い。神宮作戦当たったか。
「はい。わたしたち、3人共、北小出身なんですけど、昔から歌うの好きで。合唱部があったら入りたいねって言ってて。でも、合唱部廃部になったの聞いてて、残念だなって。でも、あの全校放送聞いて、部活できたら、一緒に入ろうねって言ってたんです」
「は? 全校放送って、あたしの?」
 真湖が慌てて自分を指さした。
「あ、あれ、あなただったの? 煌輝さんだっけ?」
「そうそう、あれ、あたし」
「そっかー。まさか今日1年生が歌ってるなんて思ってなくって。そんなんだったら、もっと前に声かけておくんだったなー」
「いやいや、今でも全然遅くないから。ようこそ、合唱部へ!」
「うん、よろしくね。わたし、1組の小島洋子って言います」
「同じく1組の佐々木緑です」
「2組の伊藤玲です」
「わたしは部長の現です、ようこそ新生合唱部へ」
 現は部長らしく挨拶した。
「すんませーん。1年2組の中島次郎って言います。入部いいですか?」
「同じく2組の田中猛でーす。よろしくお願いしますー」
 続々と入ってくる1年生。迎える部員達は乱舞した。あっという間に5人。目標の半分があっさりと埋まったのだ。
「煌輝さんいる?」
 続いて顔を出したのは、真湖と乃愛琉が見知った顔だった。
「はい?」
「あー、俺、俺。入部いい?」
「えっとー」
 同じクラスの男子だった。名前は確か……
「小林くんだったよね? 入って入って」
 乃愛琉が賢く小林を呼んだ。
「美馬も一緒なんだ。ほら、一緒に入れよ」
「美馬くんも一緒に入ってくれるの? 嬉しい、ありがとう」
 小林は小林一馬と言った。初日の校内放送事件以来、真湖の取り巻きしていた男子生徒の一人だった。美馬は美馬義人といい、小林といつもクラスでもつるむことが多かった。
「小林くんたちが合唱部に興味あるとはねー」
 あの日クラスのみんなに声をかけた時には特に反応しなかった二人だった。今思えば、『応援だけはしてやる』は小林の言だったように思う。
「煌輝さん、今日格好よかったぜ。俺も舞台に立ってみたいなって思ったよ」
「ホント? ありがとう。一緒に頑張ろうね」
 真湖は大きな笑顔で応えた。
「合歓さんも、良かったよ」
 美馬は若干うつむきがちにそう言った。
「そう? ありがとう。これからよろしくね」
 音楽室は、久しぶりに活気を取り戻したかのようだった。それからもしばらく部員達はわいわいと盛り上がり、自己紹介やら、今日の校歌の感想やらを言い合ったりした。

 しかし、新入生の合唱部員が目標の10名にあと3人となったところで、ぱたりと音楽室の扉を叩く者がいなくなった。

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