2014年10月18日土曜日

「Nコン!」第14コーラス目「勝負!」

 新歓の日、待てど暮らせど、結局新入部員は10名には達しないまま、結局その日は解散となった。
 真湖と乃愛琉(のえる)は帰宅の途につくべく、生徒玄関から出た。翔は用事があると言って先に帰っていた。
「明日はもいっかいクラスのみんなに声かけてみよう」
 このままだと、暫定合唱部のままになってしまう。もしくは再度廃部ということにもなりかねない。
「そうね。でも、小林くんと美馬くんが入ってくれたのはラッキーだったね」
「そうだね。明日は小林くんと美馬くんにも手伝ってもらおう?」
「そうね……あと3人かぁ」
 最初が良かっただけに、あと3人というところで止まってしまったのがとても悔しかった。あのまま10名に達してくれていれば、と思わないでもない。
「あ、あれ?」
 乃愛琉がふと前を見て止まった。
「ん?」
 真湖が乃愛琉に目線を合わせると、どこかで見たことのある姿が。教師としては比較的若い、なんともうだつの上がらない風体の男性だった。ただ、作業着のような物を着ているので、教師ではないのだろうか。
「ああ、君たちは……あの時の」
 その男性は被っていた帽子を脱いで、二人に笑顔を向けた。なんともぎこちない笑顔ではあったが。
「あ、あの時の用務員さん!?」
 それは、入学式の翌日、上級生の3人から絡まれた時に助けてくれた用務員だった。
「あ、あの時は大変お世話になりました! 乃愛琉行こう……」
 真湖は深々とお辞儀をしてから、慌てて乃愛琉の手を引っ張って行こうとした。あの上級生の件は、あまり触れられたくはなかったからだ。
「あ、あの……」
 びっくりしたように、用務員の男性は二人に手を差し伸べたが、止めた。
「合唱部員だったんだね、君たち。あの、その……頑張ってね!」
 大声でそれだけ二人に言うと、そのまま二人が走り去るのを見守った。
「ちょ、どうしたの、真湖ちゃん?」
 校門を過ぎた辺りで乃愛琉が真湖を止めた。
「だって、あの時の3年生の話思い出されると困るもん」
「でも、なんか、言いたかったみたいだよ、あの公務員さん。それに、合唱部って……どうして知ってるんだろう?」
「あの時、合唱部の話したからじゃないかな?」
「でも、頑張ってって」
 そう言われると、不思議な感じもする。あの時の話では、あの3人から合唱部をつくるなと言われた話はしたように思うけれど、自分たちが合唱部員だという話ではなかったように思える。
「んー、そうだねー、なんか変な感じ」
 とは言っても、今更戻る訳にもいかず、二人はとぼとぼそのまま歩き始めた。

「よ。どした、元気ないな?」
 途中、阿修羅が追いついてきた。ユニフォームをドロドロにしたままだった。
「わぁ、あっしゅ、汚い! 大丈夫よ、元気よ。いきなり背後から声かけないで、びっくりするから」
 それでも、気にせずに阿修羅はそのままついてきた。
「あれ?翔のやつは?」
「エンリコくんなら、用事があるって、先に帰ったよ」
「ふーん。で、どうよ? 新入部員? 何人かは入ってきたか?
 やはりそこが気になるらしい。
「今日だけで7人入りました。ありがとうございます」
「お、すげーじゃん、じゃああと3人か。すぐ集まんじゃね?」
「あっしゅんとこはどう?」
「うち? うち、15人入ってきたわ。これでレギュラー争い激しくなるわー」
 なんとも楽しげに言った。合唱部の倍以上の入部員だった。部活動の花形だから当然と言えば、言えるのだが、やはり妬ける。
「せいぜい頑張ってくださいな」
「お、そんな言い方ないんじゃない? 秋に手伝ってやんねーぞ」
「え? 手伝ってはくれるの?」
「このまま10人集まんなくって暫定のまんまだったらさ、人数あわせで各クラスから割り当てくるかも知れないじゃん。そうなったら、手伝ってやるよ」
「いーえ、結構です、自力で集めますから、絶対10人以上にしてるやるんだから!」
 勢いでそうは言ったものの、ジト目で阿修羅を振り向き、
「10人集まっても、あっしゅには、Nコンには出てもらうからねー」
「なんだよ、その、都合のいい話は」
 と、阿修羅は苦笑いをした。
「まあ、いいや。じゃあ、校長との勝負に勝ったら、俺と勝負だな」
「なによ、勝負って?」
「まあ、まずは合唱部がだな、新入部員無事10人揃ったとしてな」
「揃うから!」
「まだ揃ってねーだろ、揃ってから言え」
 真湖もぐうの音も出なかった。
「調べたんだが、俺がNコンに出るには二つの条件がある。一つは俺がこの夏にレギュラーをとれること。それから、新人戦で地方大会で負けること。さすがに今年の夏までにレギュラーは無理だろうけど、夏大会が終われば、1年、2年にレギュラーが回ってくる。俺は、2年生を差し置いてでも、レギュラーになる。そして、新人戦では全道に行く。全道に行ったら、Nコンには出られない」
「へ?」
 意味の分かっていない真湖に構わず、阿修羅は続けた。
「逆に、真湖たちは、Nコンは最低全道に出ること。俺は、新人戦地方選に出るから、Nコンの地方大会は出られない。もちろん、レギュラーになればの話だけどな」
「ああ、なるほど」
 乃愛琉は意味が分かった様子。
「え、どゆ意味?」
「つまり、まずはあっしゅくんは、レギュラーをとることが勝負の最初。わたしたちは、全道に出ること。で、わたしたちが全道に出たとしても、あっしゅくんが全道に出たら、わたしたちと一緒には行けない。逆に、地方選で負けたら、一緒に全道に出るってこと。でしょ?」
 阿修羅は頷いた。
「ふーん。いいわよ、勝負してやる」
 しかし、乃愛琉は知っていた、この勝負、かなり阿修羅には分が悪い。第一に1年生で新人戦でレギュラーを取るのがどれだけ大変なことか。リトルリーグでは突出して活躍していた阿修羅だが、それでもかなり難しいだろう。しかも、西光中学の野球部は過去にも全道に出るほどの強豪ではなかったはず。二重に高いハードルなのだ。
 なんだかんだ言っても阿修羅は真湖のことが心配なんだろうなとは乃愛琉の心にしまっておくことにした。
「ほう。じゃ、負けんなよ。ってか、とりあえず、1年生10人揃えろよな」
「負けないもん!」
「じゃ、俺、あとダッシュして帰るから。じゃな」
 と言うが早いか、阿修羅は駆け足で真湖達から走り去った。途中の曲がり角でいつもと反対の方に走って行く。明らかにこのことを真湖に伝えるために後を追ってきたのだろう。練習を抜け出してきたのか、それとも一度家に帰ってからまた戻ってきたのか。どちらにしても、本当に阿修羅って可愛いと乃愛琉は思った。
「何あいつ、何しに来たのよ。そんなの明日クラスで言えばいいのに」
 そんなことは人前では言えないっていうのが真湖には分からないのだろう。真湖は一人でぶーたれていた。
「でもいいな、真湖とあっしゅくんて」
 ぼそりと乃愛琉が呟くと、
「え? なにが? なにが?」
 まるっきり乃愛琉の言っていることが理解不能な真湖だった。

 翌日の放課後、合唱部員は音楽室に集まっていた。
「んー」
 栗花落(つゆり)がうなり声を上げた。
「今日中? そんなこと言ってなかったじゃん」
 栗花落がこう漏らすのは、つい先ほどまで音楽室にいた校長のことだった。向かいの校長室からふらりと現れたかと思うと、
「どうだネ? 新入生の部員は集まったかネ? 今日中に部員の名前一覧に書いて教頭の所に提出していってネ?」
 とだけ言ったかと思うと、返事も待たずにまた校長室に戻ってしまったのだ。
「いやー、どうしろっていうんだ、マジ」
「もう10人揃ったって勝手に思ったのかもね」
 現も参ったという顔をした。
「誰か、入部する人見つけた?」
 ふと、現(うつつ)が部員に目を向けると、部員同士がお互いに顔を合わせるだけで、誰も手を挙げる者はいなかった。真湖達もクラスの全員に個別に聞いて回ったのだが、すでに部活を決めたという者と、絶対に部活はやらないという者しか残ってはいなかったのだ。
「すみません、いませんでした」
 誰も何も言えないところ、真湖だけがそう返した。そもそもの言い出しっぺとしての責任として。
「そうよね」
 現も色々当たってはくれたのだろう。真湖の言葉に頷くだけだった。
 音楽室に重い空気が漂った。
 その時。扉をノックする音がした。
「はい?」
 また校長が来たのかと、全員が扉に注目した。しかし、扉は開かないまま再度ノックの音が。
「誰?」
 扉に一番近かった栗花落が扉を開けた。そこには、1年生と思わしき女子生徒と、大人の女性が立っていた。
「あの、こちら、合唱部の部室でよろしかったですか?」
 女子生徒に付き添った女性がそう聞いた。
「あの、娘がどうしても合唱部に入りたいって申すものですから」
 母親は大変恐縮そうに何度も何度も頭を下げた。
 中学生にもなって、親同伴で入部希望? と、部員全員の疑問が重なった。
「あ、もしかして、特別……」
 現が途中まで言いかけて止めた。
「はい、娘は特別支援学級なんですが、昔から音楽だけが好きで。みなさんの昨日の校歌を聴いて、どうしても合唱部に入りたいって聞かなくて」
 当の女子生徒は、何も言わずに母親の懐に入って、いやいやの仕草をするだけだった。
 現は、少し戸惑ったような顔をしたが、考え直したかのように、
「もちろん歓迎しますよ。どうぞ、どうぞ。こんにちは。わたしは部長の現です。あなた、お名前は?」
 現にそう問われて、女子生徒は一旦母親の方に顔を埋めてから、少し振り返り、
「き……しょ……さ……くら」
 と答えた。
「きしょさくらさんっていうのかな?」
「吉祥寺櫻(きっちょうじ さくら)っていいます。さくらは旧字の櫻」
 母親が代わりに述べた。
「ちょ、瞳空(みく)」
 栗花落が現を引っ張った。
「おい、まさか、入部させるつもりじゃないだろうな」
 母親には聞こえないように囁き声で言った。
「仕方ないでしょ。1人は1人なんだから」
「だからって、名前ひとつまともに言えないようなの入れて、足出まといになるの見えてるじゃないか」
 二人がごそごそやっていると、
「あの、お邪魔でしたら、お気になさらないで。娘のわがままですから」
 母親が遠慮して、櫻を連れて音楽室を出ようとした時、
「櫻ちゃんっていうの? あたし、煌輝(きらめき)真湖。よろしくね。一緒に合唱しましょ?」
 いつの間にか櫻の前に真湖がいた。母親が引っ張って教室を出て行こうとした櫻が止まった。
「ま…こ…?」
「そう、真湖だよ。嬉しいな、櫻ちゃんみたいな可愛い子と一緒に歌えるなんて」
 真湖は心からそう思った。何故だか分からないが、自分にとって大切な友達に出会えた気がしたのだ。
「ま…こ…ちゃん?」
「そうだよ、真湖だよ。櫻ちゃん」
「おうた、うたっても……いいの?」
「もちろん。だって、合唱部は歌を歌うとこだもん」
「わたし、乃愛琉。合歓(ねむ)乃愛琉。真湖ちゃんの友達。そして、櫻ちゃんの友達だよ。よろしくね」
「の…える。うん。よろしくね!」
「ボク、エンリコ翔。翔って呼んで」
「お、俺、小林一馬。よろな」
「わたし、外園」
 次々と合唱部の皆が櫻に自己紹介を始めた。
「ちょ、ちょっと、みんな一気に紹介したって、覚えられないでしょ」
 現が慌てて、みんなを止めようとした。ところが。
「しょう」
「かずま」
「ほかぞの……せんぱ……」
 と、櫻は次々と紹介していった部員達の名前を復唱し始めた。
「すご」
 それを聞いていた神宮が驚きの声を上げた。
「まこ、あのね。校歌歌おう?」
 全員の名前を復唱したかと思うと、櫻はいきなりそんなことを真湖に言った。
「うん。いいよ。みんなで歌う?」
「まこと歌う」
 櫻は即答した。
「えー、あたしもまだ覚えたばっかりだしなー」
 と、真湖が躊躇っていると、いきなり櫻が歌い出した。
「!」
 それは、さきほどまでのたどたどしい口調で話をしていた本人と同一人物かと疑うほどの流暢な声だった。しかも、優しく、奏でるような発声が正確なメロディラインにのせて発せられていた。
 慌てて真湖もそれに続く。
 入学したての1年生ならば、この校歌を聴いたのは入学式と昨日の新入歓迎会だけの2回だけしかないはず。それを完璧なほどに複製する能力。櫻にはそんな特殊能力が備えついているのだろうか。だとしたら、それはその他の人間としての能力を削って生まれたものなのかも知れない。
 二人のコーラスが終わると、合唱部員全員が拍手した。もちろん真湖もだ。
「櫻ちゃん、すごい」
「ま、こちゃんも」
 二人は手を取り合った。
「ま、こ、ちゃん、お願い、あるの」
 櫻が歌い終わった途端にそう真湖に言った。
「なに? お願いって?」
「友達……も、がっしょうしたい……て」
「え?そうなの?もちろん、櫻ちゃんの友達なら、一緒に入ろうよ」
 櫻のその言葉に、母親が慌てて、
「あの、その子は……その、大丈夫かしら……親御さんもご存知ないみたいで、うちみたいには」
 おろおろした。自分の子は仕方ないにしても、他人の子供まではと思ったのだろう。
「お母さん、大丈夫ですよ。親御さんに説明が必要なら、わたしが説明に行きますから。本人がやりたいっていうなら、やらせてあげた方がいいと思うんです」
 と、説得にかかった。
「そ、そうですか? じゃ、じゃあ……」
 そう言うと、音楽室の扉をまたさらに開いた。すると、そこにまた別の女子生徒が黙って立っていた。
「まなちゃん、おいで」
 櫻の母がそう言うと、櫻の隣に立った。
「御前崎(おまえざき)さんって仰るんですけど。櫻とは小学生の時から一緒だったので、仲は良いんですけど。合唱は……どうか……?」
 自分の子でさえ、お邪魔ではないかと遠慮するくらいだから、友達とは言え、よその子までもとなるとさすがに自分からは言えなかったのだろう。
「大丈夫です。うちの合唱部は来る者拒まずですから」
『拒めずだろ』というツッコミを栗花落は心にしまった。
「いいんですか?」
「はい。こんにちは、御前崎さん、したのお名前は?」
 御前崎は、現の言葉に返事しなかった。じっと現の目を見るだけ。
「まなちゃん」
 代わりに櫻が答える。
「そっかー、まなちゃんか。よろしくね」
 隣で栗花落が頭を抱えていた。いくら部員が足りないからと言って、こういうのはないんじゃないか。そう大声で言いたかったが、それも、現の気持ちを考えると言えない。確かに背に腹は換えられない。にしてもだ。
「おまたせー!」
 とかなんとかやってるところに、元気な声で入り口から如月がやってきた。
「新入生入部希望者連れてきたよ!」
 音楽室内の空気を読むことなく、如月はまた別の新入生を連れて来た。
「お、他にも希望者いたの?」
 如月は、前に立つ櫻と御前崎を見て、そう言った。しかし、その子達がどんな子なのかまで当然知らないわけで。
「おー、じゃ、これで10人目だよー! ほら、入って、入って」
 そう言って、扉に隠れていた生徒を引きずり出した。それは、また女子生徒だった。
「!!!!!」
 それを見て、驚いたのは、真湖と乃愛琉だった。

「灯?」
「灯ちゃん?」

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