2014年10月20日月曜日

「Nコン!」第17コーラス目「逢引!」

 日曜日。真湖たちは、午前9時半石見沢発札幌行きの区間快速「いしかりライナー」に乗っていた。真湖の隣には翔、向かいには乃愛琉(のえる)と神宮先輩。
 神宮先輩との約束通りのダブルデートである。
 ところが、隣のボックスには、雅(みやび)、現(うつつ)、栗花落(つゆり)と何故か真湖たちの担任である英(はなぶさ)かっこ独身28歳かっこっとじがいた。
 何故こういうことになったかというと、話は金曜日に遡る。


「先日の約束どうする? この日曜日だったら、ボク時間とれるけど?」
 雅の就任が決まった金曜日の放課後、練習開始前に神宮が乃愛琉に声を掛けた。例のデートの約束のことだろう。それについては、今朝、すでに乃愛琉と真湖の間で段取りが済んでいた。
「日曜日ですか? いいですけど、あの、先輩、わたし、その……ふたりっきりとかって、ちょっと……恥ずかしくて……。その、ダブルデートってわけにいきませんか?」
「ダブルデート?」
 神宮はちょっと考えた風にして、
「へえ、それはそれで面白い趣向なんじゃない? 誰と?」
「真湖ちゃんです。わたしたち、小学校からの幼なじみなんです」
 乃愛琉は真湖を指指した
「そうなんだ? ダブルデートってことは、向こうもカップルってことだよね?」
「はい、そうです」
「なら、まあいいか。二人のお相手するのも乙かなとは思ったけど」
 つまり両手に花。そう出たかと、乃愛琉は思ったが、一応事前の打ち合わせ通りに。
「いいんですかぁー? 神宮先輩ってぇ、本当に優しいんですねぇ」
 乃愛琉はできるだけ甘い声を出した。思いっきり演技声になってるが、神宮は気にしてないみたいなのでそのままいく。
「でぇ、わたし、行きたいところがぁ、あるんですけどぉ。いいですかぁ?」
「いいよ、君の行きたいところにしよう? どこに行く? 遊園地? それとも?」
 地元には、四井グリーンランドという遊園地がある。そこのことを言っているのだろう。
「当日までぇ、秘密ぅですぅ」
 非常にわざとらしい口調であったが、むしろ神宮の目は輝いてきた。
「ははは。面白いね、君。じゃあ、当日のスケジュールは任せるよ。楽しみにしてるよ」
「はい! わたしも楽しみですぅ」
 日曜日の午前9時に石見沢駅前で落ち合う約束をして、練習に入った。
 真湖との今朝の打ち合わせでは、駅前で会って、買い物かなにかに付き合わせて、昼ご飯食べて別れる予定で考えていた。適当にお茶を濁してさっさととんずらするつもりでいたのである。

 一方、就任を決めた途端に雅は本気モードに入っていた。最初現の指導には口を挟むことはしなかったが、練習を始終見て、おのおのの特徴を捉えるべく、時々独唱を指示したりしては、メモに何か書いていた。
 そして、練習が終わった後、現を廊下に呼び出して、相談を持ちかけた。
「煌輝(きらめき)さんから聞いたんだけど、Nコン全国出場目指すって言ってたけど、君は本気なのかい?」
 雅の目が真剣だった。
「あ、いえ……その、本気ではあります。ありますけど、今のメンバーだと……」
「まあ、ほぼ無理だね、今のままだと」
 雅はまっすぐだった。
「ですよね」
「ただ、原石はいる。磨けばうまくなる要素はある。そして、どうやって一体感を育むかじゃないかな」
 原石も磨かなければただの石ころである。まさに、石ころだらけの合唱部なのが今の現状。
「可能性はありますか?」
「あとは、意識の問題だろうな。今の調子だと、地区大会だって賞をとれるかどうか」
「意識付けですか。そこまでなるとわたしにも分かりません」
「まあ、そこは指導者たる顧問の仕事だからね。……どうしようかな……ちょっと現実を見せた方がいいんじゃないかと思うんだけど」
「現実……ですか?」
 現はきょとんとした。
「煌輝さんたちは1年生だから、当然Nコンに出たことないだろ? 他の学校がどれだけ上手いかとか知らないんじゃないか?」
 ああ、と現は頷いた。なんとなく雅の言っている意味が分かったような気がした。
「多分、ボクが思うに、この合唱部の要はあの子だと思ってる。もちろん、言い出したのが彼女だっていうのもあるけれど、なんていうのかな、人をぐいぐい引っ張っていこうとする力があるっていうのか」
「わたしも、引っ張られっぱなしですけどね」
 現は苦笑しながら同意した。
「要となる子が現実を知らないと、どうしても手を抜くし、高い目標がないと頑張れない」
「高すぎても、ですけど」
「だって、全国目指すんだろ。高くて結構。それで諦めるくらいなら、最初からやらない方がいい」
「先生って、厳しいんですね、見かけによらず」
「そうかい、そんなに頼りなく見えるかい?」
「いえ、失礼しました」
「こう見えても、三井先生の直弟子でね。この学校に来られる前の話だけど」
「ああ、それで……」
 三井先生も厳しい人だった。その愛弟子だったということは、それなりに覚悟しておく必要があるのだろう。校長先生もそれを知っていて、雅を合唱部顧問にしたのだろうか。にしても、最初は固辞していたと聞く。教員免許を持ちながら、用務員として就任するなど、不思議な人である。
「ボクの知り合いに、札幌の新栄中学の合唱部顧問がいるんだよ。見学させてもらうくらいはできると思う」
「新栄中って、あの……?」
 新栄中は北海道地区優勝の常連校である。合唱部は全国制覇も何度もしている全国トップレベルの実力をもっている。
「いきなり、新栄中ですか。それは確かに高い目標ですね」
 全道大会にさえ出たことのない現は、新栄中の合唱を見たことがない。何度かテレビ越しでNコンの発表を見たことがある程度。直接見られるなら自分も見てみたいと思った。
「全国目指すなら、全国レベル見ないと。札幌はここからも近いし。どうだろうか」
「でも、札幌までとなると、保護者が必要ですね」
「もちろんボクが引率するよ。明後日の日曜日とかどうだい? 部長と副部長も一緒に行けるなら」
「また、急ぎですね。わたしは大丈夫ですけど。ひろ……副部長も大丈夫だと思います」
「善は急げっていうじゃないか。煌輝さんには部長から聞いてもらえないかな」
「分かりました」


「じゃあ、今日は解散。お疲れ様でした。
 あ、煌輝さんは残って」
 廊下から戻って現はすぐに皆に声を掛けた。
「え? あたしですか?」
「ちょっと話があるの」
「はーい」
 女子はそのまま準備室で着替えを始める。男子はジャージのまま帰る者もいれば、その場でいきなり着替え始める者もいて、主に如月がきゃーきゃー騒いでいた。
「じゃあ、わたし、先に行ってるね」
 乃愛琉が真湖に声を掛ける。翔と一緒にいつもの辻で待ち合わせすることになっている。日曜日のダブルデートの計画を立てなければならない。
「うん、わかったー。追っかけ行くから」
 音楽室から部員がいなくなると、現の方から話を始めた。
「煌輝さんって、日曜日何か予定入ってる?」
「日曜日ですか? えっと……午前中にちょっと……」
 ダブルデートは昼に終わらせるつもりでいたので、そう答える。あの件については、現は反対だったようなので、詳しく説明することは避けた。
「あ、そうなの。それじゃ仕方ないわね。次の週にでも替えてもらうように言おうかしら……」
「何かあったんですか?」
 合唱部の話であればみんなの前で話しするだろうし、自分だけ残された事情だけは聞いてみたかった。
「うん、実はね……」
 現は先ほど雅に言われた内容をそのまま伝えた。
「え! 全国レベルの合唱部ですか! 行きたいです、絶対行きたいです!」
「じゃあ、翌週にでも替えてもらう?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 真湖は考え込んだ。これはもしかして、チャンスかも知れない。神宮とのデートをそっちに切り替えてしまえば、一石二鳥ではないか。しかも、同伴者付きとなれば、神宮も滅多なことはできないだろうし。
 ただ、問題は現が同行することである。神宮との約束を果たすことがバレてしまう。
「ああん。どうしようかな……」
「もしかして、神宮くんの件?」
 現はすぐに察した。さっき神宮と乃愛琉が話をしているのを見て、そんな気はしていたから。
「あ、バレてました?」
「って言うか、合歓さんにも忠告しておこうと思ってたのよね。ちょうど良かったわ。
 あの神宮って人ね、ああ見えても3年の中では結構人気あってさ。街中でデートなんてしようものなら、翌日絶対に虐めにあうから、やめときなって言ってあげようと思ってたとこなの」
 真湖はさっと血の気が引いた。そんなこととは露知らず、お茶を濁すどころか、やぶ蛇になるところだったのだ。
「本人に直接言うのもなんだから、煌輝さんに伝えるつもりでいたのよ」
「あ、ありがとうございます。すみません」
 これを不幸中の幸いという。
「そしたら、神宮くんと日曜日約束したの?」
「はい、そうなんです」
「あなたが言ってた、ダブルデートってことで?」
「はい、そうです」
 真湖はすっかり小さくなった。
「もう行き先決めたの? デートの」
「いえ。まだ決めてなくって、神宮先輩にはこちらにお任せしてもらうって」
「あら、そうなの」
 現は少し間を空けて、
「じゃあ、札幌に連れて行っちゃう?」
 悪戯っ子の顔をした。どうやら、真湖と同じことを考えたようだ。
「い、いいんですか?」
「元々神宮くん連れてきたのわたしだから、責任の一端はわたしにあるわけだし。騙し討ちになっちゃうけど、嘘ではないし、いいんじゃない?」
 現の責任。阿修羅もそんなこと言ってたなと思いつつ。
「札幌に連れて行けば、石見沢で目撃されることないし、一石二鳥でしょ?」
 現はそう言って、神宮の真似してウインクした。


 というわけで、ダブルデートは札幌行きになり、トリプルデートになった。しかも、石見沢駅前でたまたま札幌に買い物に出かけようとしていた英先生に雅が捕まり、4カップルという奇妙な一団ができあがったのである。
「本当、奇遇ですねぇ」
 英(28歳独身)が嬉々として、雅に話しかけた。
 英婚活メモによると、雅は35歳独身。東京の音大を出て教員資格をとり、東京で教鞭をとっていたが、実家の事情で帰郷したばかり。校長の親戚筋ということもあってこの学校に用務員として迎えられたという情報。先日入院した音楽教師に代わって臨時教師にという話もあり、あとは市教育委員会の判断待ちという噂である。
 若干精彩に欠けるところもあるが、よく見れば整った顔立ちで、年上好みの英にとっては絶好のターゲットであった。なにせ、東京の音大出というこんな田舎町では滅多に拝めないエリートである。
「そ、そうですね」
 雅は困ったように返事した。
「結局、合唱部の顧問お受けになられたんですね。早速引率とは、大変ですねぇ。それで……」
 教室ではやる気のなさそうな雰囲気を常に醸し出している担任が、今日はまるで別人のように雅に迫っているのを横目で見ながら向かいを見る。
 すっかり騙し討ちにあった神宮は、気分を害しているかと思えば、楽しく乃愛琉と歓談中だった。話を聞いていると、なんでも札幌には親戚が多く、訪れることが多いらしい。逆に滅多に札幌に行かない乃愛琉に色々と自慢話をするのが楽しいようだ。
 かと思えば、いつも何があっても楽しげな翔が今日は大人しい。ずっと車窓の外を見て、真湖と話をしようともしない。
 金曜日の夜、現と札幌行きを決めたことを翔に伝えた後くらいから、彼の表情は暗いままだった。
 もしかすると、札幌にはあまりいい思い出がないのかも知れない。翔には悪いことしてしまったのだろうかと真湖は少し後悔した。
 また隣のボックスを眺めると、英アタックにすっかりげんなりしている現と栗花落がいた。二人は参考書片手に勉強している振りをしているが、どう見ても頭に入ってきてはなさそうである。
 真湖は心の中で両手を合わせて合掌した。


 札幌に到着すると、ようやく雅は英に解放され、英はそのままショッピングへと旅立っていった。足下が浮ついていたのは気のせいではないはず。逆に雅はすっかり魂を抜かれたようになっていた。
「新栄中だと、地下鉄に乗っていった方が早いですよね?」
「そうだね、ボクが案内するよ。こっちだよ」
 さすがに自慢するだけあって、神宮はさっさと改札から出てみんなを誘導した。もちろん乃愛琉のエスコートも忘れない。
 札幌の地下鉄は全部で3本あり、南北線、東西線、東豊線がさっぽろ駅と大通りを中心に放射線状に延びており、JRさっぽろ駅と地下鉄札幌駅は直結で繋がっているため、構外に出なくても乗り換えができるようになっている。
「新栄ってことは、東西線で福済駅からバスか」
 神宮は人数分の切符を買い、全員に渡す。大変手際が良く、引率の雅の上をいっている。
「あ、いいよ、神宮くん、ボクが出すから」
「じゃあ、あとで精算しましょう。ほら、乃愛琉くん、これ、ここに入れるんだよ」
 切符を改札に通すところまでケアする。とにかく気が回る。3年女子から人気があるというのも頷けないわけでもない。乃愛琉は少し神宮を見直していた。
「さすがに石見沢とは全然違うなぁ」
 すっかりお上りさん状態の真湖は改札におどおどしながら周りをキョロキョロする。
「真湖ちゃん、危ないよ、ちゃんと前見てないと」
 エスカレーターで突っ転びそうになった真湖を翔が支えた。
「あ、ごめん、ありがと」
「ううん」
 ここでいつもなら、軽口が飛び出すのだが、やはり今日の翔は何かが違った。
「ごめんね。あんま楽しくないでしょ?」
 真湖はやっぱり気になってそう言ってしまった。
「そんなことないよ。大丈夫」
「でも、なんか元気ないし」
「久しぶりの札幌だからね。って言っても、半年も経ってないか……。
 札幌に来るとどうしても、パパのこととか思い出しちゃうしさ。あ、ごめん。でも、別に悲しいとかってそういうことじゃなくって」
 やはり札幌への思いは色々あるのだろう。真湖は何と言うべきか迷った。
「ありがと、気にしてくれて、真湖ちゃん」
 翔は努めていつもの笑顔を取り戻した。
 両親が離婚したと言っていたはず。やはりそれは翔の心の中の傷になっているのかも知れない。ただ、その気持ちは真湖には計り知れないものがあった。

 大通りで、地下鉄を乗り継ぎ、バスに乗り換えてからしばらく歩く。雅がスマホで地図検索してたどり着いた頃にはすでに正午を迎えようとしていた。
 そして、ようやく、一行は新栄中学の校門に到着した。

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