2013年8月2日金曜日

「竹取の」第18夜<居待月>

(扉絵:ららんさん)
(作曲:てけさん)

「信嗣さんの話では、彼らが仕えている浅間大社と、アメツチの属しているらしい月読の一族とは長年対立しているらしい。ただ、彼が言うには、アメツチたちのことを月読の一族としか言わず、月面人という言い方ではなかった。浅間大社の主神であるコノハナノサクヤビメとツクヨミの対立が太古の昔から続いているっていう話なんだ」
「コノハナノ……サクヤビメ?」
 ちいちゃんは舌をかみそうになりながら、その神様の名前を復唱した。コノハナノサクヤビメは浅間大社に祀られている神様で、ツクヨミはお月様の神様だったはず。
「アメツチの説明を覚えていないか? 日本人と月面人の分岐となったのが、古事記に出てくる天孫ニニギがコノハナノサクヤビメと結婚したため、寿命が短くなったっていう説明」
「そう言えば、そんなこと言ってたっけー?」
 ちいちゃんは首をかしげた。
「そう、コノハナノサクヤビメはアマテラスの孫であるニニギの妻であり、浅間大社の主神なんだ。そしてこの二人のひ孫がヤマト・イワレヒコ、初代天皇である神武天皇なんだ」
「じゃあ、神話の世からずっと対立しているってことー?」
「対立の謂われについては信嗣さんもよく分かってないみたいだけど、彼が言うには竹泉の中に封印されているのはコノハナノサクヤビメの魂だって言うんだ。ここもアメツチの説明とは違う」
 『コノハナノサクヤビメの魂の封印を解いてはいけませぬ。もし解いてしまうと、コノハナノサクヤビメが示現し、瑠璃様はもう元には戻れなくなりますぞ』
 亮くんは信嗣さんから聞いた言葉をそのままなぞった。
「じゃあ、大変がことが分かったっていうのは、そのことなの?」
 わたしはいてもたってもいられない気持ちになった。私の中にカグヤエネルギーがあるだの、神様がいるだの、話を聞いているだけでもう気持ちが落ち着かない。
「ああ。アメツチはまた封印すれば元に戻ると言ったが、信嗣さんは戻らないと言っている。もし信嗣さんの言が正しいなら、封印は解くべきじゃない」
「二人とも、言っていることが違うのね。亮ちゃんなら、どっちを信じるの?」
「正直俺も分からん。あまりにもリスクがありすぎるから、どちらを信じるとか判断するのは難しいと思う」
 亮くんは深く悩んだ顔をしていた。そこに、譲さんがカウンター越しにコーヒーを差し出した。
「お前ら、何の話をしてんだ? 古事記とか、神話の話とか亮は相変わらずだなぁ…。はい、ロシア式の悪意どうぞ」
 わたしたちはコーヒーをそれぞれに受け取って手元に置いた。
「このブレンド、苦めだから、苦手な人は砂糖ミルクどうぞ」
 わたしは言われるままに、ミルクをたっぷりめに入れ、ノンシュガーを少し入れた。ドリップしたてのコーヒーのいい香りが広がった。
「謙さんは神話の世界とか信じるー?」
「んだよ、ちいまでそんなんかよ。……まあ、信じないこともないけどな……。ただ、俺もそういうことを素直に信じられるほどピュアな年頃じゃあねえんだよな。……ところで、竹泉さんって言ったっけ? かわいいよね」
 わたしはそんな謙さんの言葉に愛想笑いで応えた。わたしも大分慣れてきたのかな。
「おい、エロオヤジ。未成年にまで手ぇだしてんじゃねぇよ。だから来たくなかったんだよなぁ……」
「なに、亮の彼女なのか?」
 わたしはコーヒーを吹きそうになった。
「ち、ちげぇよ!」
 亮くんは思いっきり否定した。確かにそうではないけれど、そこまで否定されるとそれなりに傷つくんだけどなぁ。
「じゃあ、いいじゃんよ?」
「良くねぇよ。お前が手出したら、犯罪だ」
「じゃあ、2年もしたら成人だからいいよな?」
「いくつ離れてると思ってるんだ!?」
「お前と同じ年ってことは……15か? まあ、範囲内だよな」
「お前なぁ…」
 なんだかこの二人、親子漫才でもしてるような。なんか私は可笑しくなってくすりと笑ってしまった。
「ところで、さっきの神話の話だけど、そういうの詳しい人いるぜ。話聞きたいなら……そうだな……今日は来るかな……来るとしたら、多分もうすぐ現れるじゃないかな……」
「いや、いいよ。他人に話しするような事じゃないから。ああ……譲さん、今日俺達ここで話したことは他言無用で頼むよ」
「大丈夫、俺まで中二病には思われたくないからな」
「おま……」
 亮くんは顔を紅くした。
「ねぇ。この二人って、いっつもこんな感じなの?」
 わたしはこっそりちいちゃんに聞いてみた。
「うん、いっつもこんな感じー。可笑しいでしょ?」
 わたしたちは二人でくすくす笑った。
「もう、お前、あっち行ってろよ!」
「はいはい。じゃあ、ちょっと買い出し行ってくるから留守番頼むよ」
 そう言って、譲さんは店を出て行った。
「いいの? 出て行っちゃったけど」
「どうせこの時間は客も来ないからいいんじゃねぇの? 俺、昼間客がいるの見たことないし」
「よくそれで経営していけるね」
「ここ、おじさんの建物だからね。謙さんの親父さんな」
「あ、そうなの……?」
「譲さんの親、お医者さんなんだー。そこにあるみどりクリニックって病院あるでしょ?あそこの院長なのよ-」
「お医者さんなんだ? すごいね」
「まあ、地元によくいる当たり前の医者だけどな」
 道理で亮くんは頭がいいと思った。そういう家系なのね。
「ところで、さっきの話、今の地震とどういう関係があるのー?」
 ちいちゃんが話を元に戻した。
「ん。富士山本宮浅間大社というのは、元々富士山を鎮める為の神社なんだ。富士山っていまだに活火山なのは知ってるよな?」
「休火山じゃなかったの?」
「学校で教わったろ?」
「覚えてないー」
「確かに300年くらい噴火活動はしてないけれど、立派な活火山だよ。その噴火を抑えているのが富士山本宮浅間大社の主神であるコノハナノサクヤビメ。浅間大社のご神体は富士山そのものではあるんだが、その反面その活動を抑える役目を担っているのもこの神社だということだな」
「それで?」
「過去に富士山が噴火した時には必ず何らかの形でコノハナノサクヤビメが示現しているっていう話だ。つまり、コノハナノサクヤビメの封印を解くと、富士山が噴火するっていうこと」
「それがさっきの地震と関係があるっていうの?」
「まあ、俺もあんまり信じられなかったんだが、実際にさっきの地震は富士山が震源らしい」
 亮くんは携帯のブラウザで地震情報を表示した。たしかに震源は富士山の地域になっている。
「偶然にしてはできすぎだろ?」
「できすぎだね。その話もう少し詳しく教えてもらえないかな?」
 と、わたしたちの後ろから男性の声がした。いつの間に?振り向くと、そこには見たことのある顔があった。
「浦城先生!?」
 亮くんは素っ頓狂な声を上げた。
「やあ。久しぶりだね。ちょうど連絡しようと思ってたとこなんだ。……ところで、マスターはどこに行ったんだい?」
 確かに先日わたしの家に遊びに来ていた浦城先生だった。多少無精髭が濃くなっているので、少し印象は違ったけれど、確かにあの時に会った人だった。けど、ベルのついた扉の開いた音はしなかったのに。
「あ、謙さんですか? ちょっと、買い物に……先生、どうして? いつの間に店にいらっしゃったんですか?」
「あ、ああ……一応、ボクここの常連でね。あ……ああ、ちょっと裏口から。表から入るといろいろちょっとね。面割れてるもんだから。それで、いつも裏口から入らせてもらってるんだ」
 道理で物音がないまま入れたのか。
「それより、さっきの話続き聞かせてもらえないかな。すごく興味があるよ」
「あ……いえ……」
 亮くんは一瞬口ごもった。
「あ、もちろん、ボクは口外はしないよ。内緒だって言うんならここだけの話にしておいてあげるよ」
「そ、そうですか……。竹泉、どうする?いいのか?」
 亮くんはわたしに許可を求めた。わたしは黙って頷いた。どうせここまで知られたなら、あまり変わらないと思ったし、何より博識の亮くんにとっても難題だということが分かった今としては、少しでも多くの協力者がいた方が良いと思ったから。しかも、SF作家となれば、理解の範疇かどうかは別として、多少の不思議事象を含んでくれる気がしたから。
「じゃあ、最初からお話します。……事の始まりは、先日先生と初めてお会いした日の前日のことなんですが……」
 亮くんはわたしはアメツチに最初に遭遇した時のことから話し始めた。浦城先生は黙って彼の言葉をじっくりと聞いていた。しばらくすると、懐からメモ帳を取り出してなにかメモを始めた。わたしは黙って二人の様子を見ていた。

「ふむ……。まず、その話を信じる信じないは別として……ボクはまだその両者を見ていないわけだし……その話を少しボクなりにまとめてみようか」
 そう言って、浦城先生はメモに何かを書き足していた。
「キミたちは竹取物語は知ってるよな? 『かぐや姫』の話だ」
 先生はそう言って一呼吸置いた。わたしたちは、一緒に頷いた。アメツチノオオワカノミコことアメツチはそのかぐや姫の従者の末裔だと言っていた。
「かぐや姫は、竹から生まれて三ヶ月で成人し、不思議な力でおじいさんとおばあさんを裕福にした。複数の求婚者に対し難題を押しつけて失敗させ、天皇の求婚さえ拒否したという。そして十五夜の夜に従者に従い羽衣を着て月に戻るっていうのが、まあ一般的に知られているあらすじなんだが」
 わたしたちはうんうんと頷いた。
「実はこの話はかぐや姫が月に戻った後の後日伝もあるんだが、知ってるかい?」
「そうなんですかー? わたしはそこで終わりなんだと思ってましたー」
「その、富士氏が富士浅間大社と言ったという話を聞いた時にピンときたんだ。その……アメツチという月面人の言う月と、彼らの信仰する富士山との関係なんだが」
「そうなんです、そのあたりがよく分からないんです」
 それについては、わたしも疑問だった。
「かぐや姫が月に戻る時に天皇に残したものがある。不死の薬だ。帝はそれを受け取ったが、かぐや姫のいない世に不死の薬は用がないとして、天に一番近い山の火口に棄てるように家来に命じたという言い伝えがあるんだ。不死の薬を燃やした山だから、不死山、富士山となったという。それ以来その煙は天に向かって昇っているといわれている、というところで締めくくられている」
 その逸話はわたしも初めて聞いた話だった。
「さらに、竹取物語を研究している人の中には、かぐや姫はコノハナノサクヤビメが示現した姿だったとしている人もいる。確か、富士山本宮浅間大社には竹取物語と類似した伝承があって、やはり竹取をする翁が竹の中から生まれた子を育てたところ、富士まで行幸してきた帝に見初められ、後にコノハナノサクヤビメその人であったことが明らかにされるという話だったはずだ。それで、かぐや姫イコール、コノハナノサクヤビメという説になった。もしこの説が正しいならば、月と浅間大社の双方の言い分は一致していることになる。つまり、竹泉さんの中にかぐや姫、そしてコノハナノサクヤビメの魂が宿っているということになるな。ただし、ボクはその場合、示現という言い回しではなく、転生と言った方が正しいとは思うんだが」
「つまり、竹泉自身がかぐや姫の生まれ変わりってことですか?」
「まあ、その故事が事実であって、その節が正しければという仮定の下だが」
「でも、前にお話した時、『竹取物語』は史実に基づいていると仰ってましたよね?」
「それはあくまでもボク個人の考え方だからね。実際はどうだったかまでは分からない」
「でも実際にこれだけのことが起きてるんですよ?」
「悪いがボクが目の前でそれを見ないと信じることはできないな。ボクはね、現実と虚構を切り分けられるからこそありえない物語として小説を書いてきたんだよ。ある意味、それが虚構でなければボクの創作は成り立たないわけだからね」
 浦城先生は思ったより現実的な人だった。
「但し、逆を言えば、ボクが実際に目にすることがあれば、十分その話は信じることができるということだよ。それに、その封印を解くに従って、男の子を惹き付ける力が強くなってきているというのは、『竹取物語』になぞらえて考えると納得もいく」
 と思ったら、そうでもなかった。つまり自分でも見たいっていう意味かしらと思った。亮くんと似たタイプなのかしら。
「確かに、僕もあれを見るまでは半信半疑でしたから……」
 ちいちゃんに話を聞いて、嬉々としてわたしの家に来たのは誰だったかしらとツっこみたくなった。
「富士山の浅間大社に行ってみるのが手っ取り早いかも知れないな。来週ボクの別荘に行くときに寄ってみようか。前に話しただろう? ボクの別荘は富士市の海沿いにあるんだ。本殿であればそのまま車でも参拝できるところにある。奥宮は山頂だからさすがに無理だけどね。それより、明日から君たちも連休だろ? 明日から行くってわけにいかないのか?」
 確か、亮くんは予備校があるからと言っていたはず。
「大丈夫です。僕もできれば早い方が良いと思ってました」
「うちも大丈夫ですー!」
 ちいちゃんも即答した。
「わたしは……一応、親に聞いてみないと……」
 うちも連休の前半だろうが後半だろうが、両親ともに仕事なのは変わらないのだけれど。
「亮くん、予備校は?」
 わたしは念のために聞いてみた。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。勉強はいつでもできるし。それより、先生は大丈夫なんですか?」
「ボクはどこにいても仕事はできるからね」
「すみません……」
 わたしは頭を下げた。
「いや、気にしなくてもいいよ。それよりご両親がOK出してくれるといいね。あ、ボクの都合でって言っていいよ」
「あ、はい。一応メール送っておきます」
 わたしはママ宛にメールを送った。浦城先生の都合で日にちが変更になったと言い訳して。間もなくメールが返ってきて、明日からの富士旅行が決まった。

(作曲:てけさん)

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