2013年8月1日木曜日

「竹取の」第17夜<立待月>

(扉絵:ららんさん)
(作曲:てけさん)

 その夜、富士さんの式神が言った通りその後アメツチはわたしの部屋には現れなかった。
 翌日もわたしの周りは大騒ぎだった。まず登校中に3人から告白された。今度は全くの知らない人ではなかったけれど、クラスも違ったし、普段からそれほど仲の良いという人達ではなかったのに。それでも面と向かって話しかけてくる人はまだ少なくて、遠巻きにこちらを覗き見るように通り過ぎる男子学生が後を絶たなかった。
「絶対、これあの儀式のせいだぜ…」
 今日はわたしの家まで迎えに来てくれた亮くんが苦々しそうに言った。それでも亮くんはそれら男子生徒の邪魔をするつもりはないようで、わたしの横でただ黙ってその様子を伺うだけだった。そんな亮くんが舌打ちするする度に恥ずかしいやら後ろめたいやらで、わたしは始終下を向きっぱなしになっていた。
 玄関の下駄箱には昨日より多くの手紙が入っていて、靴が押しつぶされるくらいだった。
「瑠璃ちゃん、ちょっと貸してー」
 そんな山の中からちいちゃんは一通の手紙を取り出して、鞄から取り出した磁石を当てた。すると、その手紙はその磁石にぴたりとくっついた。
「ビンゴね。カミソリかしら。古典的ねぇ。これ、後で先生に報告しておくわね」
 と、ちいちゃんはにっこりと笑った。京茅衣子、恐るべし。
 教室に入ると昨日と同じように複数の男子がわたしの周りに集まってくる。昨日とは違って心の準備ができていたし、昨夜は儀式がなかったせいで体調も昨日ほど悪くなかったせいもあって、具合が悪くなることはなかったけれど、普段こうして注目されることに慣れていないのは確かだった。そして、何より周りの女子の視線がものすごく痛い。
「ねぇ、幸子、席代わって」
 わたしが席に座ると、隣の林戸さんが席を立って斜め前の吉川さんに席を交換してもらっていた。あからさまにわたしを避けての行動に思えた。昨日林戸さんに保健室に連れていってもらったところまでは覚えているのだけれど、あの後何があったかを良く覚えていない。何かあったのだろうかと少し心配になった。
「明日からどうすんの? 一緒に遊びに行かない?」
「せっかくの休みだしさー。カラオケとかどうよ?」
 わたしの周りに群がる男子達はこうして一生懸命あたしに声をかけてくるのだけれど、わたしは愛想笑いするのが精一杯。愛想笑いが苦笑いになってないかだけが心配だったけれど。
「ほらー、席座れー!」
 それでも授業のチャイムが鳴って先生が登壇すると、男子達はそれぞれの席に戻って行く。わたしはようやく解放されたような気になった。けれど今度は女子からの攻撃が待っていた。授業中にいろんな方向からメモ紙が飛んできて、
 『ブス』『調子にのんな』『死ね』『放課後学校裏に来い』等々、罵詈雑言やら呼び出しの嵐。しかも女子らしく、誰が書いたか分からないように、筆跡を変えたり、色々なところを経由して送ってきたりと、念の入れようだった。ただ、これについてはちいちゃんが今朝から忠告してくれていたから、精神的ダメージは低かったんだけれど。
「教科書隠されたり、靴に画鋲入ってたり、もうしょっちゅうよー。でも、いちいちそんなので凹んでたらやってられないじゃなーい?」
 と、ちいちゃんは登校途中に笑って話してくれたけれど、本当にちいちゃんってすごいなって改めて思った。
「でもね、一番多いのは、亮ちゃん絡みなのよねー。あんなヤツのどこがいいのかしらね?」
 と、亮くんの聞こえない小さな声で囁いた。やっぱり、亮くんとの関係を妬む子っているんだ? とわたしはびっくりした反面なんとなく理解できちゃう気持ちもあって、なんだか微妙な気分だった。
「おっと、ごめんなさい」
 休み時間に席を立とうとすると足をひっかけられ、机の上に筆箱を置いておけばわざと落とされ。何人かの女子はあからさまに意地悪をしてきた者もいたけれど、大半は裏でこそこそやっているか、こちらに聞こえるように噂話をするかだった。連休前の最後の登校日で本当に良かったと思った。これが一ヶ月も続いたら、さすがのわたしも耐えられそうにない。
 かと言って、連休が明ければ元に戻るという確証はなかったのだけれど。

 最後の授業が終わり、放課後を知らせるチャイムが鳴ると、真っ先に現れたのは亮くんだった。
「竹泉、帰るぞ。ちいもな」
 女子数名の舌打ちが聞こえたけれど、聞こえない振りしてちいちゃんと一緒に教室を出た。
「どうするー?」
「ファミレスにでも行くか? あー。でも、あんまり人のいないとこの方がいいかな……。あそこ行くか…あんまり行きたくないんだけど……」
「あそこ?」
「譲さんのとこ?」
「ああ」
 ちいちゃんにそう言われて、亮くんは仏頂面した。
「譲さん?」
「わたしたちのイトコなんだけど、ずっと年上の……お兄ちゃんみたいな感じの人なんだー。駅前の商店街の外れで喫茶店やってるの」
「へぇ」
 それは初耳だった。
「でもね、亮ちゃんがその人苦手でね」
「そんなことねーよ。早く行くぞ」
 亮くんは今度は周りに睨みをきかせながら玄関までわたしたちをエスコートしてくれた。授業が終わり次第速攻で教室を出てきたおかげで、登校時とは打って変わってほとんど邪魔がはいることなく駅前まで抜け出ることができた。そこから商店街に抜けて、ほぼアーケードの終わりくらいのところにその店はあった。『無頼人』という名前の喫茶店で、別の看板には『BAR』というネオン管もついているので、夜はお酒を提供するお店らしい。
「こんなとこ、高校生が入っていいの?」
「基本ダメだな。だけど俺たちは親戚だから、親戚を訪ねるっていう理由なら問題にはならないだろう? それにだからこそ他の高校生は入ってこないから内緒話もできるっていうな」
 亮くんが先頭を切って重々しい扉を開くと、カランコロンというレトロなベル音が鳴った。
「はい、いらっしゃ……なんだ、亮か……」
 中から渋い男性の声がした。
「なんだはないだろ。お言葉だな。しかし、相変わらず暇そうだな」
「お互い様だな。暇ってほどじゃないんだぜ。昨日の夜も結構忙しくてな」
「こんちゃー!」
「おじゃまします」
「お、珍しいな、ちいも一緒か。入れ入れ。ん?友達かい?」
 店に入ってみると外観から想像するよりは広かった。カウンターには中年と思われる男性が一人だけ立っていた。この人が譲さんという人なのかしら。イトコにしては、随分と年が離れているような……と、わたしはその顔を見てびっくりした。
「に、似てる……」
 思わず声に出してしまった。譲さんは亮くんにそっくりなのだ。
「でしょー?」
「似てねぇよ!」
 誰と言わずとも、即答で否定するあたり、本人もかなり意識しているのだろう。親子というには年が近いけれど、兄弟というには少し離れている。多分将来亮くんはこういう渋い大人になるんだろうなといとも簡単に想像できてしまうくらい似通っていた。違うのは譲さんの顎まわりに生えた、うっすらとした無精髭くらいだろうか。トレードマークの黒縁眼鏡までそっくりだった。
「譲さん、瑠璃ちゃん。わたしの親友なの。学校も一緒、クラスも一緒よー」
「ほう、ちいの親友なんだ? 初めまして、段逆譲(だんざかゆずる)と言います。いらっしゃい」
「あ、はい。竹泉瑠璃と言います。いつも茅衣子さんにはお世話になっております!」
 わたしは慌ててお辞儀をした。
「ああ、そんな堅苦しくしなくていいから。自分の家だと思ってくつろいで。三人とも、コーヒーでいいのかい?」
「はい」
「ロシア式の悪意、3丁入りました」
 わたしたちはカウンターに並んで座った。『ロシア式の悪意』ってなんだろうと思ってメニューをみたら、ブレンドコーヒーの名前だった。キリマンジャロメインのブレンドと書いてある。その他に、『フレンチ式の魅惑』とか『アメリカンな憂鬱』とかブレンドコーヒーにそれぞれ名前がついているらしい。このイトコたちって、なんとか式っていうのが好きなのかしら。
「それで早速なんだが、昨日の話。どこから話したらいいかな……」
 亮くんは話を切り出した。
「うん……。わたしも一応昨日調べてみたんだけど、浅間大社って、富士山の神社のことでいいのかしら?」
「そう。富士信嗣……信嗣さんと呼ぶけど、彼が言うにはそういうことらしい。俺が調べたところによると、確かに富士氏っていうのは代々浅間大社の大宮司を勤めていた家系らしいんだけど、随分前にその家系は途絶えている……」
 と、亮くんがそこまで話かけた時、ドンという大きな音がしたかと思うと、下から突き上げるような振動がわたしたちを襲った。
「じ、地震?」
 わたしたちはお互いを見合った。カウンターの中では謙さんが慌ててコーヒードリップの火を消した。
「大きいな……」
 亮くんは落ち着いていた。まるでこのことを予想していたかのように。
「落ち着いて。揺れは大きいけれど、そんなに長くは続かないはずだから……」
 わたしたちはしばらく揺れに身を任せるようにしてじっとしていた。やがて揺れは少しづつ弱まり、収まった。
「震源は……富士山かよ……」
 譲さんはスマートフォンを取り出して何かを調べていたと思うと、そう言った。
「やっぱりなのか…」
 亮くんはそう言って口に手をやった。若干焦りの色が見えた。
「やっぱりって、どういうことー?」
 揺れが収まったので、わたしたちも浮かせ駆けていた腰を椅子に戻した。
「いや、実は俺もあんまり真に受けないようにと自制してはいたんだが、今ので確証になった」
「確証って、どういうことー?」
「うん、これからゆっくり説明するよ」
 亮くんはそう言って、重い口を開けた。

(作曲:てけさん)

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