2013年8月8日木曜日

「竹取の」第24夜<二十四夜月>

(扉絵:ららんさん)
(作曲:てけさん)

「起きて。起きて下さい」
 わたしは誰かの声に目を覚ました。
「ママ、ごめん、もう少し寝かせて……。あと5分……って……あなた……誰?」
 わたしはいつもの通りにベッドで寝ていたつもりだったのだけれど、そうではなかったみたい。
「あれ?ここはどこ?」
 まわりは真っ白で何もない空間。そして、わたしの横には一人の女性が座っていた。
「ここは、あなたの心の中ですよ」
「わたしの……? ってことは、あなたが、繭の中の人?」
「そうです。あなたがずっと起こそうとしていたのがわたしです」
「と言うことは、コノハナサクヤビメ?」
「ええ。コノハナサクヤビメでもあり、また、他にも色々な名前で呼ばれております」
 その人は、よく教科書で見かけるような、古代人というか邪馬台国の人達のような姿形をしていた。麻でできていると思われる単純な衣服を腰紐で止めている感じ。髪は長い髪を両脇で結んでいる。優しそうな顔だけれど、凛とした表情で、高貴ささえ感じられる。
「神様って、こんな姿してるんですか?」
「ああ、これね。……実際にはわたしは実像があるわけではなくて、これはあなたの想像であって、そうね……いわゆるイメージと言う方がいいのかしら。姿だけじゃなく、話し方とか、通じ方とかもね。あなたがわかりやすいように自分で自分のイメージにしているのですよ」
 ということは、わたしの神話の世界の人のイメージがこれという意味らしい。わたしは自分の想像力のなさにがっかりした。
「じゃあ、あなたが繭の中から出てきたということは、封印が解けたということですか?」
「そうね。そうらしいわね。残念ながら……」
「じゃあ、大変! 富士山が噴火しちゃうんじゃないですか!?」
 わたしは慌てた。サクヤ姫の封印が解けたら、富士山噴火するという話をさっき聞いたばかりだったから。
「ああ、でも、それはね、多分大丈夫だと思うの。まだね」
「え? そうなんですか?」
「ええ。富士の山の地脈が活発化するまではまだ別のプロセスが必要なのです。信嗣さんはそれをご存知なかったようです」
「プロセス? そうなんですか? じゃあ、このままであれば、富士山の噴火を止められるのですか?」
 古代の神様がプロセスなんていう言葉を使うのは違和感がないわけではなかったけれど、まあ、分かりやすいことは確か。なんともご都合主義っぽい感じはするけれど。
「そうも言ってはいられないのです。このまま黙っていれば、姉のイワナガヒメが起きてしまいます。そうなれば、いずれはその日がきてしまいます」
「ところで、一つ聞いて良いですか? わたしはあなたの転生なのですか? それとも、わたしとは別の人なのですか?」
 前から聞いておきたいことだった。アメツチの説明では、あくまでもわたしの中にあるエネルギーであるとの説明だったから。
「それは、説明が難しいわね……。わたしはあなたであり、あなたではない。あなたはわたしであり、わたしではない。元々は一つのものから発生しているけれど、別れてしまったもの。そうね……喩えるなら、一卵性双生児は元々は同じ卵子から生まれているけれど、育っていくうちにそれぞれの個性がでて別人になるわよね。あれに似ているかも知れないわ。ただし、あなたは今肉体と持っているけれどわたしにはそれはない。あなたの肉体を借りることはできるけれど、それはあなたの個体。そこが大きな違いですね」
「かぐや姫の中にもあなたがいたのですか?」
「いえ、あの時はまた別です。というより、今が特別なのかも知れません。わたしが現世に現れる際にはわたしの魂そのものが降りて、その人となります。かぐや姫もその一人でした。そして、わたしはこの何千年もの間、何度も何度もこの地に降りて参りました。けれど、その度にここでは不幸が訪れるのです。そこでわたしは300年前にわたしは祈ったのです。次に降りる際にはできるだけ目立たないように、静かに暮らしていくために、何か方法はないかと。その結果今までたくさんの宿り木に自らを封印して現世に降りたのです」
「宿り木……」
「ごめんなさいね。そんな言い方してしまって」
「あ、いいえ」
 とは言ったものの、神様とは言え、わたしという宿り木にに棲まうようになったいきさつを聞くと、わたしの気持ちは複雑だった。
「でも、おかげでこの300年一度も見つからずに済みました。けれど、それは何も解決はしていないということに気がつきました。ただ、結論を先延ばししているだけなのだと」
「結論? 何の結論ですか?」
「その話をするには少し時間がかかるわ。ずっと昔の話から始めなくてはなりません。そして、その記憶は私自身がかけた封印のせいで朧気なのです。その記憶を取り戻すために、お願いがあります。富士山を噴火させないようにするためにもそれは必要なのです」
「もう乗りかかった舟ですから、なんでもやりますよ!」
 もうわたしもヤケだった。
「富士山の頂上に奥宮というのがあります。そこに行ってほしいのです」
「富士山の頂上ですか!?」
 富士登山はここ数年流行しているらしく、年々登山者が増えていると聞く。しかし、さすがに初心者には無理に思えた。しかも、今は4月下旬。
「そこでわたしの記憶の欠片を拾いに行きます。大昔、アメツチノオオワカノミコとわたしと姉上の間で何かがあったはずなのです。大変な何かが。それがこの悲劇を引き起こしているのです。その何かを知るために、わたしは富士山の山頂に登らなくては行けないはずなのです。今のわたしに分かるのはそれだけなのです」
「さすがに今頂上は無理……じゃないかしら……まだ5月にもなってないし」
 わたしは、道中見かけた富士山の姿を思い出した。山頂はまだ深く冠雪していた。
「なんとか行けないかしら」
「多分……無理かと……夏になったら大丈夫だとは思うんだけど?」
「そんな先までは待てないわ」
「そんなこと言われても……」
 わたしが困った風にオロオロしていると、なんだか回りがざわついてきた。さっきまでわたしたち以外の声や音が全くしなかったのが、色々な雑音が四方八方から迫ってきた。
「あ。そろそろあなた、起きる頃になったわ」
「え?」
「頼んだわよ。富士山の山頂。奥宮にわたしを連れていって」
「ちょっと、待ってください。それより、どうやって噴火を止めるんですか?」
「それは、奥宮に着いたら、分かります。頼みましたよ」
 雑音が大きくなっていくに従い、今度はサクヤ姫の姿がすーっと消えて行く。真っ白だった世界が、どんどんと暗くなっていき、やがて真っ暗になった。

「瑠璃ちゃん、瑠璃ちゃん、起きてー」
 目を開けると、ちいちゃんが脇にいて、わたしはベッドに寝ていた。
「ちい……ちゃん?」
「よかったー。瑠璃ちゃん起きたわよ!」
 ちいちゃんは振り向いて、叫んだ。
「竹泉、気がついたか?」
「瑠璃ちゃん、大丈夫かい?」
 すぐに亮くんと浦城先生だと気がついた。
「ここはどこ?」
「ボクの別荘だよ。あれからここまで車で戻ってきたんだ。キミはあの光に包まれて、失神してしまったらしい。もし朝まで起きなかったら病院に運ぶつもりだった」
「あの光……? ああ……」
 そう言われれば、月と富士の戦いに巻き込まれてわたしは気を失ったのを思い出した。
「あれからどうなったんですか?」
「二人とも消えた。一体どうなったのかは全く分からん」
「どうやら、信嗣さんは竹泉のことを……消してしまうつもりだったみたいだ」
 亮くんは、少し寂しそうにそう言った。頭にはタオルのような物を巻いていた。少し血が付いているのが見える。
「亮くん、頭……大丈夫?」
「ここに救急箱とかなくてね。とりあえず、応急処置だけはしたんだが」
「大丈夫です、これくらい。かすり傷ですから」
「亮くん、ごめんね」
「大丈夫だって。心配するな。それより、なんか寝言言ってたみたいだが。サクヤ姫とかなんとか……?」
「あ……。姫の封印が解けたみたいなんです。姫と話をしました」
「なんだって? 姫と話ができるのか?」
「はい。夢……の中なんでしょうか? 前に儀式をした時と同じ、何にもない空間で、わたしとサクヤ姫がいました。わたしの心の中だと、姫は言っていました」
 それから、わたしはサクヤ姫との会話の内容をみんなに伝えた。
「ふむ……。転生はしたけれど、その精神はは別々に育ってきたから、別の人格になってしまったということなのか……。転生前の人格が別人格として現れるという多重人格者の事例も世界には沢山あるからな。理解できないわけではない」
 先生はそう結論着けた。
「それより、富士山の山頂か。それはかなり難しい注文だな……もちろん山開きはまだしてないから、徒歩での登山は不可能だ。しかも、冬山登山となると素人には死ねというのに等しい。ボクは一度だけ登ったことがあるが、夏山でさえ素人にはかなりキツイ。ましてや、まだ山頂に雪が残っている状態では……」
 先生は顎に手をやり長考した。やはり姫の願いは無理難題なのだろうか。かぐや姫の時みたいに。
「ただ、無理というわけではないな」
 長考の後、先生の口からはそんな言葉が漏れた。
「思い当たりがあるんですか?」
 亮くんも驚いた。
「ふむ……前に知り合いのカメラマンが、ヘリコプターで山頂に撮影しに行ったことがあったはずだな……。明日朝聞いてみよう」
 さすがの先生だった。ヘリコプターって言葉が簡単に出るあたり。
「ところで、イワナガヒメって言ったかな? サクヤ姫は」
 話は変わった。
「そのような名前だったように思います。お姉さんだと言っていました」
「確かに、コノハナサクヤビメの姉は、イワナガヒメなんだが。そうか……話はそこまで遡るのか……」
「なんです? イワナガヒメというのは?」
 亮くんはそれに興味を示した。
「イワナガヒメはコノハナサクヤビメの姉で、天孫ニニギに一緒に嫁に出されたのだが、あまりに醜いためにニニギに返されたと言われている」
「姉妹で嫁にやられたということなんですか?」
「古代には、姉妹で同じ夫に嫁ぐということはよくあった。二人の父親であるオオヤマツミは、美人だがその子供は短命に終わるであろうコノハナサクヤビメと、醜いがその子供は長寿を約束されるであろうイワナガヒメを差し出したんだ。だが、ニニギがコノハナサクヤビメだけと結婚したので、それ以降の家系は短命になっているという伝説となっている。一般的には神の子であるはずの天皇に寿命があるのは何故かという疑問に対する理由付けのための逸話だと言われている」
「かわいくないからとかって、ひどーい」
 ちいちゃんは頬を膨らまして怒ったポーズをした。
「まあ、とにかく、イワナガヒメが起きるって言ったんだな?」
「はい、そうです」
「ということは、サクヤ姫の言う、プロセスというのにはイワナガヒメが関係しているってことになるな。しかも、その詳しい内容は富士山頂にまで行かなければ分からないと。こりゃ、困ったな」
「すみません」
「いや、それは、瑠璃ちゃんが謝ることじゃないよ。なんとかしてみる」
 と、その時、グラっと地面が揺れた。
「じ、地震…?」
 揺れはそれほど大きくはないが、部屋の中の物がゴトゴトと揺れた。
「さっきから何度も揺れてるんだ。多分、姫が目覚めたのと関係はあるんだろうな。ただ、即、噴火するわけじゃないと分かれば、少しは安心だが」
「これから、どうします?」
「まずはみんな今晩は休もう。明日朝ボクは知人のカメラマンに連絡してみて、ヘリのチャーターが可能かどうか確認してみる。あと、段逆くんは明日病院に行くか、少なくとも薬局で包帯と薬買って治療した方がいい」
「薬局で十分です。血も止まったみたいだし」
「じゃあ、明日朝リビングに集合ってことで。おやすみ」
 そう言って、先生は部屋を出て行った。
「じゃあ、俺も寝るわ」
「亮くん、ありがとうね」
「いや。竹泉こそ大変だろうけど、頑張れ」
「うん、頑張る」
「ちいは?」
「わたしはもう少し一緒にいるー」
「一緒に寝る?」
「そうねー。久しぶりに一緒に寝ちゃおうかー」
 私たちがキャッキャと盛り上がっているのを尻目に亮くんは部屋を出て行った。
「瑠璃ちゃん、本当に大丈夫?」
「……ん。わかんない。なんか、夢見てるようで、実感沸かないの」
 ちいちゃんは部屋着のままベッドに潜り込んできた。ベッドは大きめのキングサイズだったから、二人転がっても余裕だった。ちいちゃんはわたしの手を握って、
「大丈夫。瑠璃ちゃんは大丈夫だよ」
「うん、ありがとう」
 それからわたしたちは小学生以来のパジャマパーティよろしく、二人でベッドに並んで寝転がった。
「ねぇ、瑠璃ちゃんって、亮ちゃんのことどう思ってる?」
 口火を切ったのはちいちゃんからだった。
「ん? どうしたの急に? どうって……」
 今日パーキングエリアでもそれとなく亮くんのことを言われたこともあって、わたしもずっと気にはなっていたのだけれど。
「だってさ、亮ちゃん見てたら、瑠璃ちゃん好きなのバレバレなんだもの。しかも、ああやって体張って瑠璃ちゃん護って。それで瑠璃ちゃんが全然その気がないなら、亮ちゃん可哀想だなと思ってね。どう? 亮ちゃんのこと好き?」
 わたしは黙ってこくりと頷いた。そりゃあ、前から気にはなっていたし、ああやってわたしのことを護ってくれた姿とか見せられたら、好きにならないわけはない。だけれど、わたしが躊躇したのは、ちいちゃんが亮くんのことをどう思っているかということが未だに気になっていたからだった。
「そっかー、なら良かったー」
 ちいちゃんはそう言って、天井を見ながら布団の上で両手を組んだ。
「で、でも、ちいちゃんはどう思ってるの? 亮くんのこと?」
 わたしはちいちゃんの質問をそのまま返した。ずっと、ずっと気になっていたこと。
「んー? うん、好きだよー」
 胸がチクリと痛んだ。やっぱりそうなんだ。
「でもね、従兄妹としてね。兄妹としての感情以上じゃないと思う。いわゆる家族愛なのかなーって」
「でも、従兄妹だって、結婚できちゃうよ?」
 わたしは追い打ちを掛けてみた。
「できるねー。でも、多分、亮ちゃんとはそういう感情にはならないと思うんだ。それにね、亮ちゃんの心はわたしの方は向いてないし。今は瑠璃ちゃんだけしか見てないよ。わたしは長年見てきてるから分かるの」
 つまりは、ちいちゃんは亮くんに対してずっと片想いだったってことなんだろうか。それはそれで痛い。
「なによりね……」
 ちいちゃんは続けた。
「わたしは亮ちゃんも好きだし、瑠璃ちゃんも大好き。わたしの好きな人同士が好き合っているのが嬉しいの。だから、瑠璃ちゃんが亮ちゃんのこと好きって言ってくれたから、わたしは安心なの」
 わたしは言葉もなかった。
「ちっちゃい時にね、将来は結婚しようねーとか言ってたのよ、わたしたち。でも、それはずっとずっと昔のこと。多分、亮ちゃんも覚えていないし、わたしももうそんなつもりはないよ。
 昼にも言ったけれど、亮ちゃんって変に肩肘張ってるし、そういうとこ素直じゃない人だから、瑠璃ちゃんのこと好きだっていうのいつまでも言わないと思うんだー。特に今はサクヤ姫の影響があるから余計にね。でも、もし瑠璃ちゃんが亮ちゃんのこと好きでいてくれるなら、亮ちゃんから胸の裡を告げられるまで待っててもらえないかなー?」
「も、もちろん。わたしはいつまでも待つつもりだよ。それに、亮くん受験東京でしょ? そうなったら、遠距離とかになっちゃうし……」
「好き合っていたら、距離なんか関係ないよー。多分ね」
 ちいちゃんの語尾はちょっと自信なさげだった。
「ごめんね、ちいちゃん」
 わたしはちいちゃんがこういう話をしてくれたのはとっても嬉しかったし、でも、逆にとっても申し訳なくも感じていた。
「ぜんぜーん。謝らなくていいよー。ホント。わたしは嬉しいんだからね」
 そう言って、ちいちゃんはわたしの方を見た。満面の笑顔で。もし、ちいちゃんと亮くんが従兄妹じゃなかったらどうなっていただろう。そんな仮定の話を考えても詮もないことだとは思うけれど、そんなことを想像してしまう。
「わたし、亮くんのこと好きだよ」
「うん」
「わたし、亮くんのこと好きだよ」
「うん」
 わたしは、何度も何度も自分に言い聞かせるようにして言った。その度にちいちゃんは相槌を打ってくれた。何故だか涙が出た。ちいちゃんはそっとその涙を拭ってくれた。

(作曲:てけさん)

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